第三部 時代の終幕へ

第十一章 終わりの始まり

ルイムント加入

 皇妃が皇帝代理として就いた翌日、皇帝シルベストの葬儀がしめやかに行われた。

 帝都は、未来への希望を伴った明るい気分が一気に失われ沈んでいる。期待に溢れていただけに、その落ち込みようも激しい。王宮内でも、悲観して自殺する者が出なかっただけ良かったと言えるかもしれない。


 曇天の空模様が、帝国国民の未来を暗示しているように感じた者が多い。皇妃が皇室の血筋をまったく受け継いでいないという事実は、血筋による正統性の断絶への不安と、これまでウルシュタイン帝国皇帝クリスティアン・マキシム・フォン・ロードリアによる加護があると信じられてきた帝国への落胆を加速させた。


 ヒューゴは、レーブ・イリイチとその婚約者クラウディア・ルードヴィアを伴って本拠地へ戻ろうと宿を後にしようとしていた。宿を出ると、そこにはルイムント・クリフソスと近衛兵十数名が武装して待っていた。

 ルイムントはヒューゴの前まで来ると、おもむろに跪いた。

 何事かと驚き、ヒューゴは一歩後ずさりした。


「突然の来訪お許し下さい。本日参りましたのは、お願いがあってのことです。ヒューゴ様、我々をイーグル・フラッグスに加えて下さいませ」


 ルイムントがそう言うと、近衛兵等も武器を地面に置いて一斉に跪いた。


「ちょっと待って下さい。その前に顔を上げて下さい。僕は皆さんにそのような丁寧な挨拶されるような立場ではありません」


 皇室と王宮を守る近衛兵は、階級的には一般兵と変わらないが、一般兵とは比較にならない能力を持っている。忠誠心に篤く命を盾にしてでも皇室を守る勇気は称えられ、一目置かれる存在だ。

 その近衛兵等に跪かれては、士龍を使役していようと傭兵に過ぎないヒューゴには対応しづらかった。

 

「アレシア皇帝代理からは、お許しを得ております。何卒、我らにシルベスト様の仇を討つ機会を!」


 お願いをと顔をあげたルイムントの瞳からは、怒りと悔しさに満ちた涙が溢れていた。

 

「落ち着いて下さい。帝国軍に編入すればいいことではないのですか?」


 宿の正面であり、遠巻きに人の視線もある。甲冑を装備した物物しい様相の集団が跪いている様子は目立つ。

 しかし、この状況では立って話そうとしても無理に思え、とりあえず何とか落ち着いて話そうと、ヒューゴはルイムントの前に片足を折って腰を低くした。


「いえ、パトリツィア閣下とダヴィデ閣下から聞きました。ヒューゴ様はルビア王国の打倒を目指しておられると。また、ドニートを操ったディオシスが、ヒューゴ様こそ真の敵だと言っていました。ならば、これからどこまでまとまって戦いうるか判らない帝国軍に編入するより、イーグル・フラッグスでこの力を使っていただきたいと……。お願いでございます!」


 路面に額をつけんばかりに頭を下げ、絞り出すようにお願いしますと言う。

 

「アレシア様はお許しになったのですね?」

「はい、アレシア様に代わって、ディオシスの首をと仰られました」

「……そうですか」


 戦力は一人でも多いに越したことはない。ましてレーブも実力を認めるルイムントが加入してくれるのは心強い。他の近衛兵の力量も頼れるものだろう。

 しかし……。


「しばらく間、イーグル・フラッグスは情報収集を主体に動く予定です。その間は、魔獣退治や賊退治くらいしかお仕事はありませんし、給金も安いんですよ?」


 帝国軍が再度組織され機能するまでは、村々からの依頼が収入源だ。イーグル・フラッグスを雇う費用は、傭兵の相場としては安めに設定している。だから、帝国からの依頼が無くなると隊員への給金もさほど出せない。

 イーグル・フラッグスの隊員のほとんどはガルージャ王国出身。ルビア王国への復讐心を抱いている者ばかりだ。また、ヒューゴは伝説の英雄バルークの再来と見られ、その下で働くことを喜んでいる。だから給金の多寡にはさほど拘らない。ヒューゴとしては可能な限り払っているが、それでも任務を思えば安いと心苦しく感じている。


 まして、いくらディオシスを恨んでいて力になる者達と判っていても、近衛兵だった者を雇うとなると……と気後れしている。


「給金など要りませぬ。私も後ろの者達も自分の貯えでやっていく覚悟はできています」

「そうはいかないですよ」

「ヒューゴ様、加えてあげてください。私からもお願いします。イルハムもきっと私同様に願うでしょう」


 ルイムント等と同じくディオシスに恨みを持つレーブが、横からヒューゴに言う。

 レーブの真剣な言葉を聞いて、イルハムを思い浮かべる。ガルージャ王国国王の実弟ハリド・アル=アリーフが、ルビア王国で殺された際の血涙を流しそうなイルハムの表情は今でも忘れられない。

 自分自身もルビア王国への復讐を誓っているヒューゴには、ルイムントの願いをこれ以上退けることはできなかった。


「……では、ルイムントさん、お願いがあります」

「何で御座いましょう?」

「僕等は本拠地へ戻り、予定している調査に動かなければなりません。その仕事を終えたらベネト村へ行きます」

「はい」

「ルイムントさん達は、帝都近辺の状況とシュルツ領周辺を調査してください。その後ベネト村へ来て下さいますか?」

「それは?」


「皇妃様とパトリツィアさん達は帝国の安定に努力するでしょう。その努力は、貴族等の協力がなければ結果に繋がりません。それでなくても内乱のゴタゴタがとりあえず収まった状況です。実際は、まだ不安定です。」

「つまり、内乱の際と同じように混乱を望む者達が動くかもしれないと?」

「ええ、帝都周辺にその兆しが無いか調査して欲しいんです。もし気配があるようでしたら、セレリアさん……セレリア・シュルツまで伝えて欲しいんです」


「ヒューゴ様へは後で宜しいんですか?」

「僕は傭兵です。依頼が無ければ帝国内のことには勝手に手を出せません。ですがセレリアさんなら、ルークさんも居るし……」

「判りました。ではご指示に従って調査致しましょう。その後、ベネト村へ向かいます」

「宜しくお願いします。ベネト村へは、ドラグニ山の麓にあるバスケットで僕の名前を出せば、誰かが必ず案内してくれます」

「判りました。ではベネト村で再会いたしましょう」


 そう言って、胸に手を当てて一礼し、ルイムントは他の近衛兵等を連れてその場を去った。


「レーブ、彼らが離れたあと、皇妃の護衛は?」

「ギリアム等が信用できる兵を集めて補充するでしょうね」


 レーブの返事を聞くと、腕を組んでヒューゴは少し考える。


「クラウディアさん、帝都に口の堅い信用できる方は居ますか?」

「おります。私の弟ですが……私がギリアム閣下の女官となった際この帝都に来て拡大派の動きを伝えていました」

「では、帝都でおかしな動きが起きたら連絡して貰えるようお願いできますか?」

「はい。大丈夫だと思います。シルベスト様が亡くなって、弟も帝国のこれからを危惧していると思いますので」


 クラウディアにヒューゴはコクリと頷く


「レーブ、アーテルハヤブサを渡して、クラウディアさんの弟さんが本拠地と連絡とれるようにしてくれるかい?」

「お安いご用です。とすると……ヒューゴ様は先に戻られる?」

「そうしようと思う。皇帝が殺害されてから、急いでルビア王国を調べなければと……何か胸騒ぎがするんだ」

「判りました。では、こちらの準備が済んだらクラウディアとベネト村へ向かいます」

「うん、お願い」


 レーブがクラウディアと腕を組んで去る。

 二人を見送ったあと、ラダールに乗るためヒューゴは帝都の外へ向かった。

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