本拠地移動

 帝都でレーブ等と分かれたヒューゴはラダールで本拠地へ戻る。一棟で十五名が生活できるよう設計されている宿泊施設は今や十棟にまで増えている。ヒューゴの帰還を見つけたカディナとサーラがその一つから駆けてくる。


「おかえりなさぁーい」


 二人の表情は明るく、どうやら何事も起こらずに過ごしていたようだ。

 ヒューゴも笑顔を見せて駆け寄る二人の肩に手を置いた。


「ただいま。元気にしていたかい?」

「ええ、私もサーラも元気よ」


 いつもなら社交性のあるサーラが先に口を開いて、どちらかというと遠慮がちなカディナはその後に続く。それが先に話しかけてきたのだから、カディナもだいぶ明るくなったとヒューゴは嬉しかった。


「パリスさんがヒューゴさんを待ってますよ」


 サーラは、ヒューゴの腕を抱えて宿泊施設へ引っ張っていこうとする。


 ――仲間の顔を見ると、やっぱりホッとするな。


 ヒューゴは二人に引かれて歩きながら、気持ちが緩んでいるのを自覚した。


 施設の一つに入ると「お帰りなさい」と、玄関から入ってすぐの幾つかテーブルと椅子が置いてある空間で、雑談していたであろう隊員達からの声。


「ただいま」


 ベネト村も同じだが、温かく迎えてくれる帰る場所があるというのは有り難くて、ヒューゴはとにかく嬉しくなる。些細なことかもしれない。でも、ヒューゴにとって大切な場所。

 挨拶を返しながら、一人一人の様子を確認する。


「お帰り、ヒューゴ。……あれ? レーブは?」


 肩までの金髪を揺らして二階から降りてきたパリスが、ヒューゴを見つけて声をかける。


「ただいま。レーブとは帝都で分かれて先に戻ってきた」

「そう……。ガルージャ王国の件は、レーブが戻ってきてから?」

「そうなるね。そう焦らなくてもガルージャ王国は大丈夫さ。サマド国王はイルハムよりも強力なゴーレム使いだ。知らない魔獣が出ても心配はいらない」

「それは判ってるけれど、どうも気に入らないの」

「ああ、パリスの気持ちも判ってる。あと数日だけ待ってよ」


 この反応も昔から変わらない。パリスは、やるべきことがあるとすぐ手をつけて片付けてしまわなければ落ち着かない。慣れ親しんだパリスの様子に、先ほどから感じている自分の居場所への嬉しさが増す。


「セレナはどこだい? みんなにも先に伝えておくけれど、本拠地はここじゃなくベネト村へと変える。ここは出張所にしようと考えている。理由は、皆の安全と、ルビア王国への本格的な攻勢に入るためだ」

「え? そうなの?」

「ああ、シルベスト皇帝が殺害されアレシア皇妃が代理を務めることになったのは、もうみんな知っているだろう?」


 アーテルハヤブサで帝都の状況は報告してある。本拠地の変更根拠にまだ理解が追いついていないパリスも他の隊員達と同様に頷く。


「これからの帝国軍がどのような体制になり、どのように動くか判らない。だから、これまでのように、この本拠地で南西方面基地部隊との連携を取ることが可能なのかも判らない」

「つまり、ベネト村やバスケットから離れて、ここに居る意味が今のところないということ?」

「そうだよ。それに、ヌディア回廊に少しでも近い場所に居て、ルビア王国の動きに早めに対処できるようにもしたい」

「逆にこちらから攻めこむことも?」

「その通り……と言いたいけれど、僕等だけじゃまだ力不足だ。それに、攻め込むにしても向こうの情報を集めてからでなくちゃいけない」

「んー、情報収集に動くの?」

「ああ、攻めるにしても、備えるにしても情報が足りないからね」


 見回すと、対ルビア王国の準備と理解した隊員達の目に復讐に向けたやや強い光が浮かんでいる。本来の目的に少しずつ近づいている空気をヒューゴの言葉から感じ取っている。

 

「判った。それで、ここの扱いをセレナと相談するのね?」

「そういうこと。当面は必要ないけれど潰すことはないし、いずれ必要になるだろうからね」


 玄関の扉を開けて、セレナが入ってきた。黒い瞳がヒューゴを見つけると、おかえりなさいと声をかけた。


「……ええ、私も同じ事を考えておりました」


 ヒューゴの本拠地移転案を聞いたセレナはすぐ頷いた。


「ここには飛竜一体を残し、酔いどれ通りに隊員を送りましょう」

「ここは無人にする?」

「はい。大勢の滞在が不要なら、ここよりも酔いどれ通りの方が便利です。賊等に利用されないようにだけしておけばいいかと」

「じゃあ、バスケットと酔いどれ通りに数名ずつ置き、それにベネト村を加えローテーション組んで巡回する?」

「いえ、そこにウルム村とユルゲン様が治めるブロベルグを加え、アーテルハヤブサによる連絡網で行います」


 人が動くよりもアーテルハヤブサを利用した方が情報伝達は早い。広い地域を網羅できる点も優れている。ヒューゴはセレナの意見の方が正しいと判断した。


「それで行こう。イルハムと相談して、各地に滞在する隊員を決めてくれるかい?」

「判りました。それで、ガルージャ王国へ向かうのはパリスさんとレーブで宜しいかと思いますが、ルビア王国へはどうしましょう?」

「ヌディア回廊を使わずに、ズルム連合王国方面から調べたいんでね。飛竜を一体使うつもりだ。だから、三名選んでくれるかい?」

「誰でも宜しいんですか?」

「そうだね。うちの隊員なら誰が行っても偵察任務ならこなせるでしょ?」

「……魔獣と遭遇した場合は逃げると考えて良いのですね?」

「ああ、その通り。情報収集以外のことは一切しないで欲しい」


 イーグル・フラッグスの面々は、そこらの兵より相当厳しく訓練されている。武術・体術・魔法においてほぼ小隊長レベル以上の力を持っている。

 そんな力量ある者が市井に居るわけはない。戦ったら目立ってしまう。

 どこからディオシスの耳に入るか判らないから、それは避けたいとヒューゴは考えている。


「判りました。では早速そちらの人員も決めておきます」


 各地へ派遣する隊員は、翌日出発し、ヒューゴとパリスを除く隊員は準備出来次第ベネト村へ向かうこととなった。

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