シルベスト即位

 王座の間最奥にある王座の上、金細工が施された王冠が置かれている。前皇帝が存命であれば、その手で新たな皇帝に戴冠させる。だが、前皇帝亡き状況下、新皇帝が自らの手で王冠を自らの頭に載せる。壁際に元老院の面々や承認の五貴族、そして多くの将官等が厳かな表情で立ち並ぶ中、赤いカーペットの上を皇太子シルベスト・シュテファン・フォン・ロードリアは王座に向けてゆっくりと泰然とした態度で向かっている。


 王座に着いたシルベストは一旦跪いて礼を示し、その後王冠を手に取り自らの頭に載せ立ち上がる。

 シルベストが振り向くと、元老院の代表が新皇帝の誕生を声高々に宣言した。


「ここに皇帝シルベスト・シュテファン・フォン・ロードリアの誕生を祝す! 皇帝シルベスト、万歳!」


 近衛兵等警備の者達は剣を掲げ、その他の臨席者は「皇帝シルベスト、万歳!」と唱和した。

 

 王座の間から、シルベストは王宮正面にある広いベランダへ向かう。その後ろを元老院と五貴族が粛粛と続いた。

 ベランダに着いたシルベストは王宮前に集まった帝国国民に向けて手を上げる。

 

 「皇帝万歳!」という怒号に似た声が国民達の所々からあがる。続いて、全員が口々に新たな皇帝を称える声で祝福と歓迎の意をしめした。


 帝国の新たな出発。

 誰も彼も皆が、内乱前の活気ある日々が戻ってくると期待していた。

 そして新たな施政方針が、皇帝シルベストの名で発布される。


 基本方針は前皇帝時代と変わらない。但し、紋章クレストの有無による就職時の不利には厳罰を処すという方針が加えられた点には、貴族のみならず一般国民からも疑問の声があがった。

 統龍の将来の扱いやグレートヌディア山脈地域の扱いについては、広く根回ししてからとして、この日は隠された。


 その日、内乱の本格的終結を実感した国民らは喜び、帝都エル・クリストは一晩中お祝いの声で溢れた。


 翌日、皇帝シルベストは、最初にギリアムを大将軍から将軍位に下げる決定をする。


「……これはどういうことだ。官位を一段階下げるだけだと?」


 王座に座るシルベストの前に跪いて裁きを待っていたギリアムは、自分に与えられた新たな地位に驚いた。自らには死刑も覚悟していたが、家族へは恩赦を願おうと身構えていたところに、少しの想定もしていなかった結果が言い渡されたからだ。

 目を丸くしたギリアムに微笑みを向けてシルベストは言う。

 

「ギリアム……いえ、伯父上、もう争いは終わったのです。伯父上の力は帝国にまだまだ必要なのです。私にお力をお貸しいただけませんか?」


 ギリアムへの罰が官位一段下げるだけというシルベストの意見には、否定的な意見が強かった。

 しかし、龍族を帝国軍の枠組みから外す予定がある以上ギリアムの能力は非常に惜しかった。また、ギリアムを厳しく処断した場合、これまでの法に従ってザッカルム家へも何らかの裁定を行わなければならない。

 シルベストにはまだ跡継ぎがいない。だから、この時点で皇室直系に近い血類を失うわけにはいかない。

 これらをシルベストは強く主張し、その為にはギリアムを生かし、同時に目の届くところへ置くと周囲を説得した。


「……皇帝陛下、この恩情……決して忘れませぬ。このギリアム・ザッカルム、陛下にこの命を捧げましょう」


 ギリアムはドニートが司令をしていた北方方面基地司令への就任をシルベストは伝え言葉を続けた。


「それと伯父上、一つお願いがあるのです。ご息女のジュリアを私の養女に預からせてはいただけませんか?」


 ジュリア・ザッカルムは成人したばかりの十五歳。ギリアムの側室の子で、生まれながらに二つ羽の紋章を持つ将来を期待された娘。


 シルベストの性格をよく知るギリアムは、その意図をすぐ察した。

 人質として預けよということではない。それはシルベストの性格や考え方に大きく反する。


 シルベストには跡継ぎがいない。ギリアムには三十歳を越えた長男ヴァレリオ・ザッカルムとジュリアが居る。だから、ザッカルム家はヴァレリオが継ぎ、シルベストの後継にジュリアの夫をと、そしてジュリアの夫の候補には、多分、皇室傍系を考えているのだとも。

 ザッカルム家はヴァレリオの代でも皇位には就けない。だが、ジュリアを通して皇室の中心に居続けられるようにとシルベストは考えたに違いない。

 

「陛下……こたびの私の所業にも関わらず……。はい、ジュリアを宜しくお願い申し上げます」


 床に擦り付けんばかりに頭を下げ、ギリアムは忠誠を固く誓い、左右に並ぶ将官等の列の後ろへ下がる。

 次に、ドニートの番であった。

 兵に左右から見張られながら、王座の間へドニートは入ってきた。


 ドニートは旧ギリアム軍を率いて自ら投降した。だから、拘束具で縛られてはいない。

 だが、投稿先の中央方面基地で面談したダヴィデから注意を促されている。命令を受けたドニートの左右に立つ兵は、集中しているように見える。


 跪いたドニートにシルベストは王座から声をかける。

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