貴族の役割

 ルークとの結婚を内心では決めたものの、セレリアは事前にヒューゴに納得して貰いたいと考えている。ルークとも話したが、士龍を使役しているヒューゴは、帝国だけでなく大陸全体でも無視できなくなっている。ヒューゴが帝国との繋がりを現状程度には保っていて貰わなければ困るほどだ。


 セレリアが戦場から居なくなることが、ヒューゴとの約束を破ったと受け取られてはまずい。


 ヒューゴに助けを願い、ベネト村から出てこさせた責任がセレリアにはある。しかし、結婚したあとは自分が前線に出られるか判らない。状況次第では、夫となるルークが許してくれないかもしれないというのもあるが、家の存続のために跡継ぎを残さねばならない責任もある。これまでのように自分の意思だけでは行動できない。


 この点を理解して貰いたいとセレリアは願っている。

 帝都内にある公園のベンチで並んで座り、結婚の報告を聞いたヒューゴの反応をうかがう。


「おめでとうございます。パリスさんもきっと喜びますよ」


 事前にかなり心配していたにも関わらず、ヒューゴの返事は優しいものだった。


「あの、本当にごめんね? あなたを戦場へ引っ張り出したのは私なのに……」

「きっかけはセレリアさんでした。でも、ルビア王国をどうにかしたいと考えていたのですから、セレリアさんから声をかけていただかなくても、いずれ別の形で戦場へ出ていたでしょう。ですから僕のことは気にしないでください」

「そう言ってくれると助かる」


 期待していた反応が返ってきて、セレリアは胸をなで下ろす。


「それに僕は、セレリアさんに楽をして貰おうだなんて思っていませんよ」

「え?」

「帝都周辺を回って感じたのは、貴族はこのままではダメだということです」

「ん?」

「ダヴィデさんと話しながら感じたのは、今の貴族は領民に対して無責任だという点です」

「具体的には?」

「内乱で生じた権益争いでは、融和派と拡大派のどちらが勝利してもその利益は領民には与えられません。なのに、権益争いで必要なお金は領民から巻き上げていた」


 顔には出ていないけれど、怒りを感じさせるヒューゴの意見に、セレリアは幾人かの貴族の顔を思い浮かべる。

 権益争いは更なる権益を得るためであったり、既得権益を守るためのもの。

 領地の権益を守るということは、領民の生活を守るためとも言える。しかし、権益を守る行為が領民の生活を圧迫したのであれば、守られた後に損失を補填すべきだ。具体的には、増税したなら減税する期間を設けて、バランスをとる必要がある。

 領地運営が苦しく補填できないのであれば、その旨を伝え、謝罪し領主としての気持ちや考えを理解してもらえるよう努める必要があるだろう。

 だが、現実にはそこまでする領主はほとんどいない。それどころか、上げた税を下げずに維持する領主すらいる。

 つまり、領主の利益は守るけれど、領民の生活までは考慮していないのが現状。


 ヒューゴが無責任だと感じているのはこの点だろうと、セレリアは理解し眉をしかめた。

 

「それで、私を楽にはさせないというのはどういうこと?」

「貴族の……領主の見本になっていただきたいんです」

「……方法は私が考えるのね?」

「ハハハ、その通りです。もちろん、僕に手伝えることがあれば喜んでお手伝いします」


 笑顔でヒューゴは話している。しかし、その目は笑ってはいない。

 努力しても領主と領民の関係が改善されないようであれば、ヒューゴは貴族という存在を否定するとセレリアは感じた。

 パトリツィア等と話して、大まかに理解し始めた特殊な存在である皇龍にヒューゴが覚醒したとき、現実的に否定されるのだとも理解した。いや、今ですら、ヒューゴが帝国へ圧力をかけてくるようなら、貴族の在り方を大きく変えることもできなくはない。

 確かに、前線から離れても楽はさせてもらえなさそうだ。将来を考えると、前線で戦っていた方がかなり楽だ。


 セレリアは自分が抱えた責任の重さを実感し、ヒューゴの考えを更に確認しておく必要があると訊く。


「ヒューゴ。あなたは、貴族がどういう存在であるべきだと考えてるの?」

「昔はともかく、今は要らないですね。ベネト村で言えば、村長のような立場があれば地域は治まると思っています。ですから、領民から税を徴収しいろいろな命令する権利を持つなら、それなりの意義を示すべきでしょう? 国が職業兵を持たない時期なら、領民を守るための領主は必要でした。でも今はもう違う。ならば、時代や状況の変化にあわせた在り方があるべきではないでしょうか?」


 各領地の安全は誰が守っているのか? それは帝国軍だ。ならば、領主の存在意義を示せと、旧態依然とした意識でいるなら貴族は無価値だとヒューゴは言う。

 今回の内乱で果たした貴族の役割は、混乱の中心者だ。貴族が権威や権益を求めて分裂して戦ったのだ。無価値どころではない。内乱の原因そのものと言っても過言ではない。

 内乱を収めたのは帝国軍とヒューゴ等が中心。各部隊の隊長格に貴族出身者が多いとはいえ、その者でなければならない部隊がどれくらいあるだろう? そう考えると、貴族の意義にセレリアも疑問を感じないわけにはいかない。


 軍事面が帝国軍に依存するようになった今、領地の環境と領民の生活をより良くする領主でないなら、貴族の存在意義はないのだろう。そしてそれは中央や地方の役人と同じではいけない意味を持たなければならない。セレリアは今のところそう結論した。ルークも理解してくれるだろうとも思えた。


 戦闘ではない戦いを覚悟したセレリアは力強く言う。


「あなたを満足させられるか判らない。でも、やれるだけやってみる」


 ヒューゴと話しているうちに、現在の問題が見えてきた気がしていた。

 公園をそよぐ風にブラウンの髪が揺れる。


「あはは、偉そうなことを言ってしまいました。ただ、ダヴィデさんと回ってみて感じたことなんです」 

「いいわ。言われてみて判ったこともあるし、いえ、きっと前から気付いていた。でも見ないようにしてきたこと……。それじゃ行くね。ルークと話し合うことも残ってるから」


 ベンチから立ち上がって、セレリアは空を見上げる。


「……良い天気。次に会うのは即位式の日ね」

「そうなりますね。その後、僕等は帝都を離れますので……」

「私の領地……シュルツ領は中央方面基地より西だから、帝都よりはあなた方の本拠地にずいぶん近い。そのうち遊びに来てね」


 ヒューゴも立ち上がりセレリアと握手する。


「ええ、パリスさんと必ず」

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