配置構想
ダヴィデとともにヒューゴは帝都周辺を見回り、各領地を内乱発生前の状況へ戻していった。民家であれば二軒ほどはある大きな飛竜が翼を広げて降りてきて、その背からダヴィデとヒューゴが領主を呼び出す。
融和派の領主であれば歓迎し、拡大派の領主であれば恐れて指示に従うことを約束する。八万の兵力を擁したギリアム軍が飛竜の前に為す術もなかったとパトリツィアが広めたので、千や二千ほど兵力があろうと立ち向かえる相手ではないことを皆知っていた。融和派の領地をかすめ取っていた者は謝罪して返還し、暴動の手引きをしていた者は手を引いた。
およそ半月で帝都周辺の治安は回復し、内乱前の状況にある程度近づいた。
ある程度と限定しなければならない理由は、一度は敵対した融和派と拡大派の間に深い溝が生じていたことによる。領地間の交流がギクシャクしているのだ。領地間の物流や人の移動で、疑いを捨てきれずに慎重な検査をするようになっている。疑う側も疑われる側も気持ちの良いものではないから、生じた溝がなかなか埋まりそうにはない。
こればかりは時間が解決することを期待するしかないと、ダヴィデはヒューゴにあきらめ顔で説明した。
帝都へ戻り宿へ着くと、レーブが待っていた。
「パリスさんから連絡が来ています」とアーテルハヤブサが持ってきた手紙をヒューゴへ渡す。
内容は、ガルージャ王国の沿岸部に、セリヌディア大陸南西部に生息する魔獣が出没しているようなので調査したいとのこと。
「んー、パリスさんに行って貰うのはいいとしても、他に誰か着いていってもらいたいな。ガルージャ王国全域を調べるのだから、土地を知っている人がいないとなぁ」
マークスで移動するのだから、迷子になることを心配しているわけではない。土地ごとに風習があり、中には地元の住民にとって大事で軽々しく触れてはいけないこともある。そういった土地ごとの事情をパリスは知らない。仮に、住民とトラブルになるようなことがあれば、魔獣の調査や討伐がしにくくなることもある。最悪、調査も討伐もできなくなることも考えられる。
「私が行ってもいいですよ。拡大派が大人しくなった今、ここは近衛に任せても大丈夫でしょう。クラウディアを連れて本拠地へ戻り、パリスさんと合流してガルージャ王国へ向かえばいいかと」
確かに、ギリアムの復権が見込めず後釜もいない。拡大派の勢力は減衰している。今更、皇太子を害しても得になることはない。レーブが付き添うなら、パリスも安心して動けるだろう。
しかし……、
「クラウディアさんと結婚の話は?」
「ええ、しますよ。彼女はギリアムのところへ女官として入ったので、もうじきお役御免になります」
「そうだね」
「そしたら駆け落ちしようという話になっています」
「はぁっ? どうして? 貴族のお嬢様なんだから立派な式を挙げられるんじゃ……」
「それです。彼女の家が立派な貴族なので、ガルージャ王国出身で今は一介の傭兵の私との結婚など許して貰えそうにないのです」
貴族の娘を娶るときにありがちな問題で、レーブの説明にヒューゴは納得する。しかし、以前と違い、ヒューゴ等の後ろ盾には皇太子や統龍紋所持者がいる。長子を貰うというのなら、皇太子等の後押しがあってもさすがに難しいだろう。だが、娘を貰い受けるくらいなら……。
「そこは……皇太子とかパトリツィアさんに頼んで間に入って貰うことも……」
「いえいえ、それでは面白くありません」
「レーブはそうかもしれないけれど、クラウディアさんはどう考えてるの?」
「背徳感があって情熱的でロマンティックで素敵……だそうですので」
「……え? そうなの? レーブに感化されてるんじゃ?」
「そこは似たもの……ということで」
クラウディアを自慢したいのか、それとも別の思惑があるのか、レーブはニヤリと笑う。
ヒューゴはため息をつく。仲間が貴族の娘をかどわかしたと言われるのは困るけれど、そうするしかレーブとクラウディオの結婚は成立しないだろう。ならば、仲間の幸せのために、かどわかしたと批判される程度は受け入れるしかない。この件を借りとして、クラウディアの実家ルードヴィア家と話をつけられるよう、パトリツィア等に根回ししてもらおうとヒューゴは諦める。
「はぁ、良いパートナーを見つけたものだね。……二人がそれでいいなら、僕が口を挟むようなことじゃない。じゃあ、駆け落ち決行日が決まったら教えてくれ」
「はい! それと、一つお願いがあるのですが……」
「ん? なんだい?」
「結婚する以上、宿泊所暮らしというのはなんですので、家を建てたいのですが宜しいでしょうか?」
なるほど、本拠地にある宿泊施設の各部屋は、一人住まいを想定して作られている。夫婦や家族でとなると、かなり不便なのは確かだ。だが、本拠地は敵からの攻撃も想定している場所だ。飛竜に守らせているとは言っても安全と言えるか判らない。
「ねぇレーブ。ベネト村にじゃダメかな?」
「んー、クラウディアに危険があっては……ということですね? ですが、カディナちゃん達も居ますよ?」
「実は、先の内乱のとき考えたんだけど、僕等の本拠地は出先にしたいんだ。本当の本拠地はベネト村にしてね」
「その話はセレナにしましたか?」
「いや、まだなんだ。でも、戦闘員以外はベネト村に置いた方が少しは安心できるでしょ?」
「それはそうですね。魔獣はともかく大軍で攻められる心配はないですから」
「だから、レーブとクラウディアさんの結婚を機に、非戦闘員はベネト村でという体制を作り、セレナは別として、カディナとサーラもベネト村で暮らして貰おうと思っているんだ」
「戦略的にも正しいと思いますよ。守るべき場所が複数だと戦力も分けなければなりませんからね」
「じゃあ、賛成してくれるかい?」
「まぁ、いつもそばに居て貰えないのはちと寂しいですが……確かに安心できますね」
「その代り、レーブには
「ふむ、それは有り難いですね。半日あればベネト村と往復できる……」
「フフフ、そこはもう少し楽にしてあげるよ。飛竜を巡回させるから、そのついでにね」
「ということは……」
「ああ、毎日通うこともできる」
「ありがとうございます。ではベネト村に家を建てます! さてと、そう決まったらクラウディアにも話してきます」
ガルージャ王国の件は気になる。だが、パリス等の調査が終わるまではどうにもできない。ならば、その間にイーグル・フラッグスの体制を整えておきたい。
ヒューゴは、非常時以外の生活では、仲間に少しでも楽に暮らして貰おうと願っている。
そして、リナと早く会いたいとも思っていた。
ヒューゴの宿部屋から出て行く、嬉しそうなレーブのように仲間にも同じように喜んで欲しいと思っていた。
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