承認の五貴族
帝都に着いたセレリア・シュルツは、ウル・シュタイン帝国初代皇帝クリスティアン・マキシム・フォン・ロードリアの娘達五名が嫁いだ家……承認の五貴族と呼ばれる家の当主達と久しぶりに顔を合せていた。承認の五貴族とは、クリスティアンの長女が嫁いだアルペンハイム家、次女が嫁いだバルリング家、三女が嫁いだブラウアー家、四女が嫁いだフンツェル家、五女が嫁いだシュルツ家の五貴族を指して言う。
承認の五貴族は、新たな皇帝の地位が正統であることを認めるとされている。元老院が法的な面での承認を、五貴族はクリスティアンの後継を裏付ける意味での承認をする役割を担っている。これはウル・シュタイン帝国初代皇帝が決めたことであった。
だが、皇帝即位に元老院の承認は絶対必要だが、ガン・シュタイン帝国においては五貴族の承認は必ずしも必要ではない。ウル・シュタイン帝国が分裂し、ガン・シュタイン帝国が建国した際、五貴族の承認は後付けで行われたためである。それでもガン・シュタイン帝国二代目以降の皇帝はクリスティアンの意思を尊重し、皇帝即位の際には五貴族の承認を求めてきた。
皇太子シルベストが元老院説得に成功したので、承認の五貴族は新皇帝即位に向けて帝都に集まってきたのである。帝都エル・クリスト隣接地に領地を持つアルペンハイム家へ五貴族の現当主は訪れている。
庭にテーブル二つを置き、各々座ってアルペンハイム家現当主エルマー・アルペンハイムの声を待っていた。
エルマーは、四十代後半のいかつい容貌が特徴的で、たたずまいも凜としている。厳格な意思を感じさせる瞳もアルペンハイム家当主としての威厳を漂わせている。
「……こたびの内乱も終わり、シルベスト殿下の皇帝即位も決まった。まことに喜ばしい限りである。我々は当初の予定通り殿下の即位を承認の五貴族の名において認めるだけである。これで一安心のはずだが、一つ懸念がある」
エルマーは一人席から立ち、五貴族の代表としての挨拶を始める。五貴族の集いの開始が告げられ、挨拶を終えたあと、エルマーはセレリアを見つめて懸念があると添えた。
「シュルツ家は男子に恵まれず、セレリアが次期当主候補のままである。確定した当主不在のまま五貴族の承認を行って良いのか……私には判断できない。そこで皆の意見を聞きたいと思う」
エルマーはセレリアを含む全員が頷いているのを確認したのち言葉を続ける。
「私個人は……アルペンハイム家当主としては、こたびの内乱でも、今までも帝国の権威と治安を守るために前線での務めを果たしてきたセレリアは当主の資格があり、その地位に値すると考えている。つまり、シュルツ家当主として認めようと思う。皆の意見は?」
言い終えたエルマーは着席し、水の入ったグラスを口へ運ぶ。
「では私が続いて……」
エルマーとほぼ同じ年齢だが、堅さの目立つ彼とは異なり優雅な所作でカール・バルリングが立ち上がる。細身で優しい風貌のカールは笑みを浮かべて話し始めた。
「セレリアが、シュルツ家当主の立場を担える力量を見せたことに異論はありません。……ですが、まだ一人身な点が気になります。今回の承認で、五貴族の一員として役割を担っていただくことにも反対するつもりはありませんが……。後継ぎを持ちうる立場を……つまりシュルツ家の存続を保ちうる立場になっていただかないことには、当主としていかがなものかと考えます」
「今回の承認では役割を務めて貰うが、当主として承認するのはセレリアが伴侶を持つまで待つべきではと?」
カールの主張を静かに聞き終えたエルマーが確認する。
「ええ、エルマー殿の言う通りです。我ら五貴族は、形式的とは言え、皇帝の地位を承認する立場にあり、帝国の存続と並んで家を守っていくべき立場にあり、責任があります。その責務を果たしうる立場を担ってこそ当主と呼ばれるに相応しいのではないでしょうか?」
「なるほど」
「カール殿の意見には聞くべきところがある」
ルドガー・ブラウアーとユーベン・フンツェルが頷いてカールに同意する。
「当主を名乗る力量はあるが、足りない点がある。どうやら皆同じ考えのようだ。セレリア殿はどう考えているのか……教えていただけるか?」
セレリアを除く四貴族の意見は一致しているようだと判断したエルマーは、セレリアの意見を確認する。
カールが座ったのでセレリアが立ち、一つ礼をする。
「まず、まだ当主として認められていない私が、今回の承認に加わること認めて下さって御礼申し上げます。新たな皇帝を承認するという名誉ある立場にいられること、身に余る光栄と存じます」
エルマー等四貴族は、穏やかな表情でセレリアに頷く。
「家の存続を担う責任について皆様が懸念されるのは当然です。今までは、次期当主として相応しい実績を積むことにのみ力を注いで参りました。戦場を駆ける狼のごとき私ゆえに恐れられているせいか、婚姻のお話も悲しいことに今だございません」
微笑みを浮かべたセレリアは、ひと息置いて自身の決意を伝える。
「皆様から当主の力量ありと認めていただいたこの機に軍籍を退くと決めました。家を守るため、私自身も御縁を求めるつもりですが、皆様にも良いお話がありましたら、是非、ご紹介くださいませ」
「ほう。それではシュルツ家を守ることに力を注ぐと?」
エルマーがテーブルに身を乗り出して確認し、セレリアは頷く。
「はい、左様でございます。私も二十代の終わりが近づいております。血を残すにはいささか遅い年齢になろうとしておりますので急ぎ伴侶をと」
セレリアは座り、四貴族は腕を組んで考え込む。
「実は……一つお話があるのです」
四貴族ではセレリアの次に若いルドガー・ブラウアーが遠慮がちに口を開いた。
「お話とは、どういうことかな?」
エルマーが興味深そうに問う。ルドガーはセレリアに視線を向けて続きを話す。
「セレリア殿はルーク・ブラシール殿とはお知り合いでしたな?」
「はい、上官ですので」
「実は、ブラシール家から内々で、セレリア殿の婿にルーク殿をと相談されたのです」
「ん? 戦功をいくつもあげているルーク殿は私も知っている。ご長子ではなかったか?」
他の面々と比べるとやや丸みを帯びたユーベン・フンツェルが驚いたように訊く。
「それなのですが、ブラシール家のご事情で……」
貴族の家では、長子ではなく次子や婚外子に家を相続させる動きが強くなることがしばしばある。そう言った場合、自家よりも地位の高い家へ長子を婿入りさせて長子の名誉を守り、家内の争いを治めようとする。
セレリアのシュルツ家は、その勢力はどうあれ名門である。ブラシール家の長男が婿入りしても十分名誉なことだ。貴族の間でも祝福される話でもある。
ブラシール家のお家騒動を治めつつ、機会を利用して利益も求めようとしている話。
内情を考えると、ルドガーが遠慮がちに伝えたのも当然であった。
「……ですので、もしもセレリア殿のお考えに沿うようでしたら、ブラシール家との間に入るのはやぶさかではありません。いかがでしょうか? と言っても、この場ですぐにとはいきますまい。皇帝陛下の即位式まではまだ間がありますので、ゆっくりとお考えいただければ」
ルークの人柄もその能力もセレリアは良く知っている。婿入りして貰えるならば、一般的に見れば婚期を逃しつつあるセレリアには願ってもない相手だろう。しかし、予想もしていなかった話であり、ブラシール家が内々でもめているならばじっくりと考えるべきでもあろう。
「とても有り難いお話です。ですが急なお話ですので、ルドガー殿のお言葉に甘えてしっかりと考えてからお返事させていただきたいと思います」
ルドガーへセレリアは丁寧に御礼を伝える。ルドガーはニコリと笑い「ええ、満足いくまで考えてからお決めください」と答えた。
その後再び、シルベストの皇帝承認の話に移り五貴族全員の賛成が得られた。
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