元老院説得

 帝都に戻ったシルベストは、元老院の面々と会う。皇位継承について本音で話し合うために個別に訪問した。

 元老院会議を召集させて意見を聞いた方が労力は少なく済む。だが、元老院は一度はシルベストの皇位継承に反対したのだから、個々の意見を内々に聞き、会議を招集した時に各員の面子を潰さぬように話を進める必要があった。


 シルベストが皇位継承する了承を得ることだけでなく、皇位に就いてからの安定的な政権運営も重要だ。勢力が衰えているとはいえ、余計な火種を残さぬよう注意する必要がシルベストにはある。


 ギリアムの行為……融和派貴族を抑圧したり、一般人を人質にとるという非難されるべき行為は広く知れ渡っている。元老院もそのことを知っている。だから、無紋ノン・クレストであってもシルベスト支持に立場を変える妥当な理由はあった。

 だが、本来は無紋ノン・クレストの皇帝が誕生するのは望ましくないという感情は元老院のうち何人かに残っている。


 ヒューゴとの約束もあり、たとえ皇帝であっても、無紋ノン・クレストであることを理由で相応しくないという判断する因習が残っていてはいけないとシルベストは考えている。


 もちろん、人の考えはそう簡単に変わるものではない。

 強制して変えるべきものでもない。

 

 だから対話を続けるしかない。

 理解を求めるしか無い。


 この姿勢を理解して貰えるようにと、シルベストは個別の話し合いを根気よく続けた。


 元老院側の面々も様々で、もとより無紋ノン・クレストを問題視していない者も居れば問題視している者も居る。問題視していない者については、皇太子シルベストと大将軍ギリアムとの間での武力闘争の結果、シルベストに軍配が上がったのだから、何も恐れること無く皇太子支持の姿勢を公にできる。


 問題は、ギリアム支持していた者達。


 ギリアムの軍事力を恐れてシルベストを支持しなかった者は、手のひらを返すことに躊躇はない。ギリアムが武力闘争の際に行った諸々を理由に、ギリアムを見誤っていたとしてシルベストへ鞍替えするのはおかしいことではないからだ。だが、無紋ノン・クレストの皇帝が過去に存在しなかった点に重き置いていた者達は、ギリアムが負けたといっても簡単に立場を変えられない。


 元老院の過半数以上は、既にシルベストの皇位継承に異論はない。多数派を形成した以上、元老院はシルベスト支持を打ち出せる。しかし、シルベストは無紋ノン・クレストの皇位継承を問題視する者達に、意見を変えるための逃げ道を作りたいと考えた。


 そこで、無紋ノン・クレストはずっと無紋ノン・クレストのままとは限らない実例を伝えた。

 ベネト村のアイナとナリサ、そしてヒューゴである。

 ヒューゴが力の面ではもっとも説得力がある。しかし、ヒューゴの背中にあるはずの紋章クレストは見えない。力を発揮するとき光るのだから紋章クレストはあるはずだ。だが、士龍は見えない紋章インビジブル・クレストだから通常は見えない。

 しかし、アイナとナリサの背には二つ羽の紋章クレストがあり、それは生まれながらに紋章クレストを持つ者と同じく見える。


 つまり、無紋ノン・クレストには幾種類かのタイプがある。

 大きく分けると、発現する紋章クレストが見えないで生まれた者と、紋章クレストを持たない者の二つに分かれる。前者には、皆が知る紋章を発現する者とヒューゴのような特殊な紋章を発現する者がいる。後者は、これから調査しなければ判らないが、紋章クレストが発現するきっかけに出会わなかった者と、発現する紋章クレストを持たない者がいるだろうと想像できる。


 これらを考えると、無紋ノン・クレストであるからと皇位継承させなかった場合、その者が後に紋章クレストを発現した場合トラブルが生じる可能性がある。無紋ノン・クレストだから資格無しとされたのだから、紋章クレストが発現した場合継承資格を持つことになり、再び継承争いが生じるかもしれない。考えようによっては、もともと資格はあったとも言えるのに、何故資格無しと判断したのかと問われることにもなる。


 将来のトラブルを未然に防ぐためにも、紋章クレストの有無は皇位継承資格で考慮すべきではないと、シルベストは説得して回った。


 因習に囚われた考えというのは、妥当な理屈として理解していても納得を阻む。無紋ノン・クレストを問題視していた者達も、シルベストの意見に理解は示してもなかなか納得はしなかった。


 だが、帝都に戻ってから二ヶ月間根気よく説得してまわり、次の内容で納得させることにシルベストは成功する。


 『シルベストとギリアムの間で、少なくない人命が失われる皇位継承争いが生じた。将来、このような争いが生じる可能性は残すべきではない。拠って、皇位継承資格を問う際、紋章クレストの有無は問題にしない』


 元老院に所属する貴族全員の納得が得られ、元老院の総意として承認された。

 

 これにより、シルベストの皇帝即位の式や日取りが決まる。

 帝都は安心と喜びに包まれ、新たな皇帝の誕生を待ち望む空気で包まれていた。

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