南方の噂

 皇太子シルベストと共にヒューゴとレーブは帝都エル・クリストへ向かい、パリスはセレナ、カディナ、サーラを連れてイーグル・フラッグスの本拠地へ向かっていた。澄み渡る空にはマークスが周囲を監視するように、大きくそしてゆったりと翼を広げて舞っている。


 一行は、ドラグニ山を降りたあと、バスケットへ拠る。


 いざという時はイーグル・フラッグスの隊員が宿泊できるようにと、バスケットの近くに宿舎を建設している。代金の支払いと建築完了の日程などをセレナが確認している間、パリスはカディナとサーラとバスケットで商われている商品を見て回っていた。


 内乱が終わったばかりで品数や種類は多いとは言えない。だが、いろんな地方から来る商人が見せる商品は、カディナとサーラを喜ばせていた。


「パリスさん! この髪飾り可愛いと思いませんか?」

 

 このところだいぶ明るさを取り戻してきたカディナはパリスの手を引いて、年頃の女の子らしく帝都で作られた品のいいアクセサリーに関心を示す。


「このお肉もっと量があれば、みなさんにジネットさんから教えて貰った料理を楽しんで貰えるのになぁ」


 ベネト村でジネットやリナから料理を教えて貰ったサーラは、いろんな食材を眺めている。


「カディナ、その髪飾りはあなたにとても似合うわ。サーラ……そうねぇ、その量じゃ足りないわね。でも、お肉ならラダールかマークスに獲ってきてもらえるわ。本拠地についたらそうしましょう」


 剣術や体術に夢中だったパリスは、ベネト村で付き合っていた友達はほとんどが男子で、同年代の女子はリナくらい。家では末っ子で、年下のカディナとサーラは妹同然でパリスは姉気分を味わいながら、バスケットでの二人との買い物を楽しんでいた。


「よう! パリス!」


 手をあげて元気よく声をかけてきたのは、ベネト村の仲間のうちでも仲の良いラウド。ヒューゴの二歳上で、パリスの四歳年上のいたずらっ子のような光を浮かべる茶色の瞳が印象的。いつもはドラグニ山で狩りをして生活している。

 ヒューゴがガルージャ王国から連れてきたナリサと結婚し、子供も生まれて間もない。


「久しぶりね。ナリサさんは元気?」

「ああ、リナやアイナさんと活き活きとして仕事しているよ。ま、息子も元気に育ってるし楽しい生活さ」


 ラウドは、パリスの亡くなった婚約者ミゴールと幼馴染みでとても仲良かった。だからか、日頃は忘れているミゴールのことをふと思い出す。男勝りで家に入らないだろうと自分も周囲も思っていて、そんなパリスを受け入れてパートナーに欲してくれたミゴールを思い出して切ない。けれど、ミゴールが亡くなってからもうじき十年になるので、その切なさに浸りきりになることはなかった。


「そう。ナリサさんを大事にしなきゃダメよ? ずっと結婚したいって言っていたラウドのところに来てくれた貴重な女性なんだから」

「あっはっは、そりゃ大事にするさ。でも、みんなと一緒に仕事するのも、村の人達とのおしゃべりも楽しくて仕方ないようでさ? それに子育てもあるから大変だろ? 俺がもっとのんびりしてくれと頼んでもダメなんだ」 


 今は二つ羽のナリサだが、元は無紋ノン・クレストだった。ガルージャ王国ではルビア王国ほど酷くはないけれど差別されていて、みんなと一緒に同じような生活を送れなかった。ベネト村では無紋ノン・クレストだからといって差別されることはない。その上紋章が発現し、自分にできることの範囲が広がったため、生活が楽しくて仕方ないのだろうと、パリスは理解した。

 ヒューゴがベネト村へ来た当時を思い出すと、周囲をいつも気にしていて、自分の存在を過剰なまでに卑下していた。ナリサも同じだったのだろうと容易に想像できる。

 きっと生活も仕事も張り切っているんだろうと、パリスは微笑ましく感じていた。


「稼ぎもラウドよりいいんじゃないの?」

「そうなんだよ。嫁が頑張ってるんだ。俺としても頑張らないわけにいかないだろ? 親父にも笑われちゃうしさ」

「ああ、だから獲物をバスケットへ卸しに来たのね?」


 ラウドはバスケットに滅多に来ない。村の男が持ち回りで務めている警護の役割が回ってきたら来る程度だとパリスは聞いていた。


「ご名答! ドラグニ山でしか獲れない肉は、ここの方が高く売れるからな」

「で、高く売れたの?」

「おうよ。ベネト村の倍近くの値段で売れたぜ。まるまると肥えたドラグニシープの雌三頭、帝都へ向かう行商人が全部買ってくれた。ナリサも喜んでくれるぜ。……パリスはこれから本拠地へ戻る途中か?」

「ええそう。この二人とあともう一人とね」


 ラウドと初対面のカディナとサーラは、名を名乗ってペコリと頭を下げて挨拶する。


「俺はラウド。ヒューゴとパリスとは幼馴染だ。見かけたらいつでも気軽に声をかけてくれ」

「二人とも無紋ノン・クレストなの。その辺をちゃんと判って付き合ってね」


 無紋ノン・クレストの件は、ベネト村だったら周囲を気にせず話すが、バスケットでは一応周りを気にしてパリスはラウドに小声て伝えた。

 ラウドも一応周囲に気は遣って声は小さめにしたけれど、カディナとサーラにニカッと笑顔を向けて話す。


無紋ノン・クレスト? んなもん、気にすることはないぜ? ヒューゴはさ? 無紋ノン・クレストだったけれど俺よりも、いや他の仲間達より強かったし、どんなことでもすげぇ努力するから何でも俺より上手だった。だからみんなに頼られてた。俺の嫁さんナリサも前は無紋ノン・クレストだった。紋章が発現して今は二つ羽持ちだけど、無紋ノン・クレストだった頃に惚れたしな。大事なのは、仲間として一緒に頑張っていけるかどうかだ。な?」


 無紋ノン・クレストでも気にすることはないというラウドの話をジッとカディナとサーラは聞いていた。その二人を守るようにパリスは抱きかかえ、親しい仲間達の気持ちを代表するように耳元で優しく話す。


「二人とも判っているよね? イーグル・フラッグスの隊員達も、大切な仲間として見ているからね」


 カディナ達はコクリと頷く。


「パリス、身体には気をつけろよ? ヒューゴにもそう伝えてくれ。そして村へ戻ってきたら、また一緒に騒ごうぜ? お嬢ちゃん達もまたな! じゃあ、俺はそろそろ行くよ」


 パリス達三人に笑いかけ、手を振ってラウドは立ち去る。その背にパリスも声をかけた。


「ええ、ラウドも元気で。ナリサにも宜しく伝えておいて」


 カディナとサーラも、最初ラウドに会った時には少し緊張を見せていたが。だが今は穏やかな表情でラウドを見送っている。


「さ、セレナがそろそろ戻ってくる。そしたら一緒にご飯を食べましょう」


 パリスは二人と手を繋ぎ、賑やかな広場を休憩できる場所を探すように歩き出した。


・・・・・

・・・


 セレナと合流したパリス達は、食堂の席に座り昼食をとる。その後、幌付き馬車に乗って本拠地へ向かった。

 バスケットから本拠地までは一日半ほどかかる。途中野宿することになるから、天気が良い間に、少しでも近づいておくつもりだ。

 

 陽気の良い温かさに、幌の中で昼寝するカディナとサーラ。御者台で手綱を持つパリス。その横でセレナは何事か考え事をしている。


「何か揉め事の情報でも入ったの?」


 馬車に乗ってからずっと考えているセレナにパリスは訊く。


「宿舎工事のためにガルージャ王国から来た大工の話がちょっと気になったので……」


 苦笑してセレナはパリスに答える。


「どういうこと?」

「ガルージャ王国の沿岸部で、これまで出会ったことのない魔獣が出没するようになったらしいんです」

「沿岸部とだけ言うのだから、複数の場所で出没してる?」


 表情を確認するようにパリスはセレナを見る。


「ええ、そうなんです。ベネト村、ウルム村、そして聞くところによると、帝国の北部沿岸……グレートヌディア山脈に近いところで、セリヌディア大陸西部方面で生息する魔獣が現れました。もしかすると、ガルージャ王国でも同じようなことが起きている可能性があります」

「なんか嫌な感じね」

「王国兵が討伐しているので大事おおごとにはなっていないようですが気になって……」


 セレナは眉間に皺を寄せ、知的な黒い瞳が暗くなっている。


「ヒューゴと連絡をとってからになるけど、調べたほうがいいかも。ガルージャ王国はイーグル・フラッグスを支援してくれているもの。できることがあるなら手助けしたいわ」

「帝国との戦いのあと、国民総出で努力してきたおかげで、荒れた土地もだいぶ回復してきました。賊も減ってきたところです。国民生活が安定するかどうか、今が大事な時ですからトラブルに悩まされたくないです」


 二人は口を閉じ、それぞれに何事かを考えている。


「本拠地に戻ったらヒューゴにアーテルハヤブサを飛ばし、イルハムや他の仲間とも相談して、いつでも向かえるように準備もしましょう。何なら、私がマークスで飛んで状況を確認してきてもいい」


 上空を旋回しながらパリス達についてくる大きな鷲に目をやり、「私とマークスなら、広い範囲を調べられるし……」とパリスは付け加えた。


「ありがとうございます。判らないことばかりなのに、考えてばかりいても仕方ないですね」


 気分を変えるようとセレナは振り向いて、幌の中を確認する。


「二人とも気持ちよさそうに眠ってる。この陽気が続いてくれるといいですねぇ」

「そうね」

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