内乱終結間近
司令グルシアスを帝国軍に捕えられたが、生き残ったルビア王国軍はヌディア回廊奥深くまで撤退した。ギリアム本隊との乱戦を経て、またヌディア山脈の左右両岩壁からイーグル・フラッグスからの遠距離攻撃を受けたために、その総数は侵攻時の半分四万程度まで減っていた。
ディオシスの目論見は別にして、一般的な評価は大惨敗であった。
ギリアム本隊も旗頭のギリアムは捕えられ、北方方面基地へ撤退しえた兵数は三万少々。ただし、戦死者はさほどではなく、減った兵力の多くはルークが指揮する部隊へ投降兵である。だが、拡大派の軍事力が大幅に減少したのは確かであり、融和派と対抗しうるレベルまでの再起は難しい。
皇太子シルベストを支持する融和派の大勝利であった。
この戦いで、ヒューゴとイーグル・フラッグスの名は帝国軍に深く知られることとなる。特に、空中からの攻撃を昼夜問わず行える戦力は、対空中戦の兵力を持たない組織には脅威と見られた。空中を利用した戦いする一部の魔獣程度と違い、魔法攻撃や飛竜の物理的な攻撃などの威力は、セリヌディア大陸中を探しても対抗しうる戦力はないのではないかと恐れられた。
戦争での勝利に必要な戦力は数ではなく、空を制する戦力。
そして制空戦力を有するのが、ヒューゴのイーグル・フラッグスのみ。
そのヒューゴとイーグル・フラッグスが皇太子を支持し協力している事実は、ギリアムが捕縛されている状況と共に、今回の戦闘の実情を聞いた拡大派貴族達の意思をくじいていた。ルークと統龍紋所持者二名が、兵を送って帝国領土中に今回の戦いの結果を喧伝したため、帝都帰還時に無駄な戦闘は生じず、このまま元老院も皇太子シルベストの皇位継承を認めるだろうと思われていた。
◇ ◇ ◇
イーグル・フラッグスは、南西方面基地と
本拠地にイーグル・フラッグスの大半を残し、ヒューゴとレーブの二名は皇太子等に同行している。ルイムント・クリフソス等近衛兵が皇太子夫婦の護衛をしているので、ヒューゴは拡大派貴族等に睨みを利かせるため、レーブはヒューゴの補佐として帝都へ向かっている。
馬を並べて進むヒューゴとレーブ。
馬上で明るい歌を口ずさんでいるレーブにヒューゴは笑いつつ訊く。
「レーブ、機嫌がいいね? 何かあったかい?」
「やっと男臭いところから抜けられて、クラウディアにも会えますからね」
クラウディア・ルードヴィアは、前回帝都で皇太子の護衛をしていたレーブの愛人になった女官だ。
「男臭いだなんて言ったら、セレリアさんやパリスさんに怒られちゃうんじゃないか?」
「あのお二人だけじゃないですか? セレナは怖いし、カディナちゃん達は愛を
「……クラウディアさんとは、結婚考えているのかい?」
ガルージャ王国でも幾人もの女性を渡り歩いたレーブだから、結婚なんかしませんよと答えるかとヒューゴは予想していた。だが……。
「それなんですよねぇ。私もそろそろ落ち着いたほうがいいのかなと」
「へぇ? イルハムやセレナが聞いたら驚くね」
馬上で腕組みして真剣に考え事をしている様子のレーブに、ヒューゴは意外さを感じていた。
「以前は、王宮に勤めていましたし、処分後も王都マーアムで暮らしていました。今はあちこちと移動しているでしょう?」
「それが何か問題なの?」
「ええ、女性を口説く時間が足りなくてですね」
「……」
レーブだからなぁと納得しつつも、ヒューゴとしては予想外の返答に言葉に詰まった。
「今のような生活が今後も続くでしょう? 多分、あと何年も」
「多分ね」
「この先何年も女性の居ない生活なんて耐えられないので、だったら落ち着いて、クラウディアに着いてきて貰おうかと……彼女ならセレナの手伝いもできますし……」
「……そういう考えは、女性に失礼なんじゃないかと僕は思うよ?」
「いえいえ、愛し合う二人が一緒に過ごせるのですから」
ここまで開き直っていると、ある意味すがすがしいとヒューゴは苦笑する。
「クラウディアさんとの時間は大切にして欲しいよ。でも、皇太子の警護も近衛兵任せにできないから頼んだよ?」
「それはお任せ下さい」
「僕は、帝都周辺の各貴族の領地をダヴィデさんと回って治安回復のお手伝いがあるからさ。宜しくね」
ギリアムを支持していた拡大派の勢力は大きく縮小したけれど、一部はまだ強硬な姿勢を崩していないと、情報を集めているパトリツィアがヒューゴに伝えた。貴族の領地をヒューゴが回るのも、強硬な貴族による暴動が生じる可能性を考慮してのもの。できるだけ戦闘を避けるために、飛竜に脅しの役目を与えれば降伏してくるだろうというダヴィデの意見に従ったのだ。
「もうすぐレーベン山脈ですね。あと一日か二日で帝都。早く甘い時間を過ごしたいですよ」
戦いではとても頼りになるレーブの楽しそうな様子を見て、愛する妻リナとゆっくり過ごせる時間が欲しいよなとヒューゴも思っていた。休みのたびにベネト村へ戻っている。だが、イーグル・フラッグスの体制が整うまでも、今回の内乱までの間も、対魔獣用の新たな武器を研究したり、ルビア王国攻略に向けた戦略を考えたりと忙しく、リナとゆっくり過ごす時間はもてなかった。
――皇太子が皇位継承し帝国の体制を整える準備ができたら、少し長めの休暇をイーグル・フラッグス全員でとろう。みんなにも鋭気を養ってほしいからなぁ。
ぽかぽかと温かい陽気、程よく涼しい気持ちの良い風、大きな面倒ごとを終えたヒューゴはしばらくぶりに気持ちを緊張から解き放っていた。
◇ 第九章 完 ◇
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