誤りの行方(ギリアム本隊迎撃戦)

 ギリアムが捕縛されても、ギリアム本隊はドニート等将官の働きで組織だった戦闘を続けてきた。次期皇帝候補という旗を失っても全軍が戦意を維持しえたのは、ルビア王国軍数万という大軍が味方についていたからであった。だから、ルビア王国軍が撤退を始めたと知ると士気は下がり、ドニート等がいくら激励しても戦闘継続可能な状態には戻らなかった。


「これまでか……」


 軍の立て直しは不可能と悟ったドニートは、ギリアムに次ぐ高級将校として全軍撤退を決める。

 前面にはゴーレムが生み出す壁、背後には撤退中のルビア王国軍、西にはドラグニ山があり、一見逃走可能に見えるのは東だけ。その東側から皇太子を支持する南西方面基地部隊が徐々に迫っている。


「全軍、後退! 後退時ぶつかるルビア王国軍とは極力戦闘を避けよ!」


 混乱するのは覚悟し、撤退中のルビア王国軍の合間を縫って少しでも多くの兵を拡大派として残すとドニートは決めた。だが、極限の疲労と敗戦が見えたことでパニックになった兵が多く、目の前を横切るルビア王国軍と戦闘状態に突入する。

 

「無謀だったか……」


 敵味方乱れた戦場では組織だった動きなどできず、自身の決断が過ちと気付いたが、撤退の銅鑼を鳴らしても混乱状態の戦場では統率がとれない。ドニートの他の将校達も指揮などできず、自分の身を守るのに必死であった。


 土煙が立ちこめ視界は悪く、敵を罵る兵等の大声だけが聞こえる。

 ドニートは敵の薄いところを一騎に駆け抜けるしかないと思いつつも、混乱から距離を置いてどちらへ進めば良いのか迷っていた。


◇ ◇ ◇


『後ろで予定外の戦いが始まったみたいだぞ』


 ヌディア回廊を西へ走る箱馬車の中、一人座席に座るディオシスにククク……と含み笑い声をあげてヒュドラが話しかけた。セレリアが襲撃してきた際にディオシスが魔獣化した兵が、隊列後ろで確認した状況を受け取ったヒュドラが言う。


『おまえと手を組んだ側の帝国軍が、敗走途中でこちらの軍と衝突したようだな』


 ヒュドラの大雑把な説明を聞いても、王都へ戻ったあとのことを考えているディオシスはさほど関心を示さない。ディオシス以外誰も居ない箱馬車の中、小さな窓から見えるグレートヌディア山脈の岩壁を見つめながらつぶやく。


「……この馬車にも影響が出そうか?」


『後ろの影響はない。回廊の両側上部にいる敵兵からの攻撃の方に多少は危険があるくらいだ』


 以前、グルシアスがベネト村を攻めた際、撤退のタイミングを狙ってグレートヌディア山脈の岩壁から遠距離攻撃を受けた。その報告をディオシスは受け取っていたから、現状は予想している。しかし、遠距離からの攻撃ではこの箱馬車には傷をつけることはできない。雷系攻撃でなければ、防御系魔法をかけた薄い鉄板に覆われた馬も傷つくことはないだろう。


「ならば、問題はない。それに、戦死者が増えた方がおまえには都合が良いのだろう?」


 口元を歪めて皮肉気味にヒュドラに言う。


『それはそうだがな。次の戦いまで時間が必要なのだから急ぐこともない』


 やけに余裕ある返答にディオシスはフンッと鼻を鳴らす。


「完全体とかいう段階が見えてきたからか? 余裕あるな」


『余裕などない。完全体になろうと我だけで戦いに勝てるわけではないからな。人も魔獣も準備せねばなるまい。そう苛々するな』


 箱馬車の扉を叩く音がする。ディオシスが横を見ると、窓から兵の姿があった。

 席を立ち扉を少し開けると、箱馬車の速度に合わせて馬を走らせながら兵が報告してきた。


「閣下、敵の将校を捕えました。いかがしましょう?」

「将校の名は判っているのか?」

「ハッ、ドニート・ラクスベル帝国軍北方方面軍司令と思われます」


 ドニート・ラクスベルの名はディオシスも知っている。統龍紋所持者の次に有名な帝国軍の指揮官だ。特に目立った能力は持ち合わせていないが勇猛な指揮官だと聞いている。上級貴族という有利な立場を活かしつつ、魔獣退治の戦功を積み重ねて北方方面軍司令に就いた男だ。

 今回の内乱でギリアム側に付いたとは聞いていたが、まさか撤退中に捕縛できるとは……。


 もう帰国するだけと考えていたところへ意外な大物を捕えられた。彼を何かに利用できないか、ディオシスは考える。


「よし、ここに連れてこい」


 ドニートの利用方法を思いついたディオシスは、口端を片方あげて兵に指示する。

 箱馬車の扉を閉め、席に腰を下ろした。


「成功しなくても損にはならん。うまくいけば、帝国の内乱は続き、こちらに必要な時間が稼げるな」


『遊びか?』


「ああ、遊びだ。おまえが成長して手に入れた力を試してみるよい機会を貰った。敗戦でおもしろくなかったところだ。せいぜい楽しむとしよう」


『何を企んでいるのか知らんが、おまえの苛つきが少しでも解消されるなら良いことだな』


 再び扉が叩かれる。ドニートをもう連れてきたのかと扉を開けた。だが、先ほどとは違う兵が居た。


「閣下、グルシアス司令が敵に捕えられました。各隊の将校が撤退の指揮を執っていますが、いかがいたしましょう?」

「このまま撤退を続けよ。グルシアスの件は放っておけ」

「ハッ? 宜しいので?」

「同じ事を二度も言わせるな!」


 怪訝な表情で指示を受け取った兵を睨んだあと、ディオシスは扉を閉め席に戻る。


「これは使えるな。……ここに来て、おみやげを二つも手に入れられるとはな」


 




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