魔獣化兵(ギリアム本隊迎撃戦)
セレリアは戦場を大きく北へ迂回し、ルビア王国軍後背に迫っていた。隊は三十名を選抜。魔法攻撃可能な兵はセレリアを含めて四名、弓で攻撃する者十名、他は槍騎兵である。敵に発見されないよう山側の森に隠れ、偵察からの報告を聞いていた。
最後尾に鉄板で覆われた箱馬車が一台あり、その周囲をおよそ十名の歩兵が守備しているとのこと。
必ずしも敵を倒す必要はない。箱馬車の中に誰が居るのかを知り、敵の後背を襲う余裕が南西方面基地部隊にあることを知らしめるのが目的だ。
「敵の箱馬車が鉄で覆われているということは、火系や氷系の魔法と弓矢で攻撃するだけでは中の人物を恐れさせられない。箱馬車に何カ所かある窓を壊し、中へ火系魔法を放り込む必要がある」
箱馬車の前後左右には採光用の小さなガラス窓がある。そのガラス窓を壊して中へ火系魔法を入れるには、箱馬車へ接近しなくてはならない。守備兵の注意を逸らすか箱馬車から離さないと運任せの作業になる。
そこで、十名の弓兵で先に攻撃して敵を引き付ける。弓兵の護衛には魔法使える者三名と騎兵十名を残す。敵が反撃のために近づいてきたら、セレリアと騎兵六名は箱馬車へ向かう。守備兵全員が弓兵に向かってくるとは考えられないから、数名の守備兵は残っているはず。残りの兵を倒しつつ箱馬車の窓を壊してセレリアが魔法を中へ放つ。
目的を達成したら再び北側へ撤退する。
そう話していた時、上空からセレリアの名を呼びながらパリスが木々の合間を縫って降りてきた。
「セレリアさーん、遊撃任務ですか?」
マークスから降りて近づく。明るい空のように青い瞳をキラキラさせてパリスは笑顔だった。
セレリアは、自分を慕ってくれるパリスが今も昔と変わらず同じ態度なことにクスリと微笑む。
――今では私より強くなったのに、この子は変わらないわね。
抱きついてきそうな勢いで近づいてきたパリスは、セレリアの前で立ち止まり周囲の兵を見回す。
セレリアと隊員の数が三十名程度と気づく。本隊から遠く離れているから遊撃任務かと思ったが、この人数では違うとパリスは考える。
「この数だと、遊撃というわけじゃないみたいですね」
「ちょっと攻撃はするけれど、偵察が主任務なの」
軽く頷いて任務のあらましをセレリアは説明する。それを聞いたパリスは即座に協力を申し出た。
「じゃあ、攻撃支援しますよ」
自分の隊には雷系魔法使えるものが居ない。だから窓を破って馬車の中へと考えた。しかし、パリスが手伝ってくれるのであれば話は別だ。威力が弱くても人も馬も麻痺させられる雷系魔法は対生物攻撃では使い勝手が良い。先に攻撃して貰えれば、敵兵は無力化できるし馬も使えなくなる。
「そう? 箱馬車と守備兵を魔法で攻撃してくれる?」
「いいですよ。あとマークスで飛び回り、迎撃してくる敵の攪乱もしますね」
「とても助かるわ。パリスちゃんが騒ぎを起こしたら私達も行動に移るね」
パリスが参加し多少変更した作戦内容を部下にセレリアは伝える。皆が理解したところでパリスに、始めてくれる? と願う。
では! と頷いたパリスは、足早にマークスに乗り上昇していった。
パリスが行動開始したのに併せ、セレリア隊もルビア王国軍へ向けて馬に乗り駆け出す。敵の姿が見え始めたところで、上空からマークスが降下している様子が見え、セレリアは馬の足をやや速めた。
「行くわよ! 健闘を祈る!」
腰から抜いた剣を敵に向けて叫び、馬の足をいっそう速める。セレリアの動きに合わせ、隊員達もまた敵に向け速度をあげた。
やや黄色の光がパリスから箱馬車の辺りに射し、周囲の守備兵と馬が倒れる。セレリア達の接近に気付いた兵も居ただろうが、反撃してくる様子はない。
「攻撃!」
セレリアの指示の声が響く。予定通り、矢と魔法がフラフラと立つ敵兵向けて放たれる。為す術無く倒れる敵兵を確認し、槍を手にした兵数名が箱馬車目がけて突っ込んでいった。箱馬車の陰から痺れから多少回復した敵兵が数名現れ、箱馬車攻撃に参加していない味方が応戦した。
ガシン! と音を立てて割れた窓に向けて魔法が放たれる。
敵軍の後陣のうち、セレリア達の襲撃に気付いた兵、およそ三十騎が叫びながら近づいてきた。
「ディオシス様!」
「宰相閣下を守れ!」
――ルーク司令が予想したとおり、宰相ディオシス自らが出てきていたのね。
目的を達成したセレリアは、撤退の声を上げようとした。
「チッ、小うるさいハエが!」
箱馬車の扉を開け、スラリとした体躯を持つ短く刈られた金髪の整った顔のディオシスが出てきた。ディオシスは煌びやかな鎧に赤黒い光を纏い、手を胸にゆっくりと当て、その手を前へ突き出して叫んだ。
「命尽きるまで敵を喰え!」
赤黒い光がディオシスから周囲にサッと広がる。すると今まで地面で呻いていた敵兵が、何事もなかったかのように立ち上がり、間を置かずに攻撃してきた。
その動きは自らの身体がどうなろうと構わず、とにかく敵に攻撃を当てられればよいという捨て身のものだった。目は血走り、一般兵とは思えないほど速く力強い攻撃を見せる。
「全員撤退!」
指示を出したセレリアと箱馬車を攻撃した騎兵六名が
セレリアは、剣を振り上げた敵の腕を切り胸を突く。切れたところからは血が噴き出したが、敵兵の動きは止まらない。このままでは攻撃を受けてしまうと馬をひるがえし敵との距離をとる。
――何これ……痛みを感じていないの?
横を見ると、味方も敵の反応に戸惑っている。命を捨てて襲う様子にぶるっと寒気を感じ、セレリアの背中に冷たい汗が流れる。
「宰相閣下が魔獣化を使われたぞ!」
「宰相閣下を狙った敵を生きて返すな!」
敵後陣から近づく兵等の叫びが聞こえる。
――これが噂の魔獣化。首を落さない限り戦い続けそうね……。
攻撃が当たり怪我を負っても、少しも怯まず反撃してくる敵というのがやっかいだ。
戦いの経験を積んだ兵ほど、当てた攻撃に返ってくる反応を予想して次の攻撃を行う。経験の多い者ほどその予想が正確で、だから先手をとることも防御の反応も早い。
だが、魔獣化された兵の動きは経験で覚えた反応をしない。
つまり、予測ができない。それどころか、こう攻撃したら次は……という予想で動く者にとっては、逆に経験が邪魔になる。
――戦闘経験を数多く積んだ私の隊には不利だ。
「敵に構うな! 撤退を優先せよ!」
セレリア自身も馬を返して逃走する。
――パリスちゃんのおかげで、馬が使いものにならないのが有り難いわね。
追撃されるとしても、後から続いてきた普通の兵で魔獣化された兵でない。
味方が攻撃をやめ防御しつつ撤退していく様子を見て、セレリアも馬の速度をあげる。
――魔獣化された兵の対策しなくては……アレはまともに当たって良い敵ではない。
時折背後を確認し、ルークへの報告を急がなければとセレリアは馬にムチをあてた。
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