ドラグニ山帰還後(ギリアム本隊迎撃戦)

 多少の予定外が生じたものの、目の前の戦いは事前の作戦通りに進んでいる。

 だから、戦いに直接参加しないヒューゴと皇太子シルベストは捕縛したギリアムとその後について話し合う。

 

 捕縛したギリアムを連れて行き、現在の拡大派による帝都支配から解放する。無関係の帝国民と融和派貴族を人質にしたことや、武力でシルベストを亡き者にして皇位に就こうとしたことを公に発表する。

 その上で元老院にシルベストの皇位継承認可を迫る。

 シルベスト皇位継承までの基本的な方針は簡単に決まった。内乱が起きた時点から想定していた路線なので、パトリツィアとダヴィデもあっさりと同意した。


 問題は、シルベストが皇位に就いてからの帝国の体制と方針だ。

 ヒューゴが皇太子に協力する条件は次の三つ。

 セリヌディア大陸で紋章の有無による差別を無くす。

 統龍を含む龍族を国家間戦争で利用しないこと。

 グレートヌディア山脈一帯の独立地域としての承認。

 

 これらを守らなければ、士龍ヒューゴが帝国の敵になることもありうる。シルベストは約束を守るつもりでいるが、貴族を含めた帝国民の反発は予想される。その上、ルビア王国との戦争も控えているため、龍族の利用をすぐ止めるというわけにはいかない。

 シルベストと統龍紋所持者二名は、何か良い方策はないかと腕組みして苦慮していた。


「僕だってそんなに我が儘じゃありません。約束したことを全てすぐに実行しろだなんて言いませんよ。ただ皇位に就く際、公の前で宣言はしていただきたいと思っています」


 シルベスト達が何に悩んでいるのか察したヒューゴは助け船を出す。それならばとシルベストは頷き、今後の予定と方針は決まった。細かいところは、この内乱が終結したあとにということになる。


 ギリアムをベネト村の建物へ拘束することを決め、ヒューゴは俯瞰ふかんを使って戦況の確認を始めた。


 ギリアム本隊はほぼ組織だった戦闘は出来なくなっている。ドニート等一部将校のおかげで総崩れしていないというだけだった。あと少し時間が過ぎたら、降伏勧告のタイミングだろうとヒューゴは感じた。


 また、ルビア王国軍も南西方面基地部隊の前に撤退を始めている。ヌディア回廊に入ったら、左右の崖に潜ませているイーグル・フラッグスの面々により魔法と矢による攻撃を受けるはずだ。そこでできるだけ兵力を削っておけば、帝国領侵攻の次の時期はだいぶ遅れさせられるだろう。

 

 ヒューゴは目をあけ俯瞰を止め、ゴーレムによる壁を敵の部隊へゆっくりと近づけていくようイルハムへ指示する。そして……。


「さすがイルハムだな。ゴーレムの鉄壁のおかげで戦いが楽でいいよ」

「空中戦か空中輸送可能な敵が居ないので」

「そうだね。でも今回でルビア王国軍にこちらには飛竜とゴーレムが居ることを知られた。次は対策してくるだろうね」

「対策ですか?」

「ああ、空からの攻撃が来ると知っていたら、陣形を前衛中衛後衛という形ではなく円にする。そうすれば全方位どちらから攻めてきても、魔法での反撃が可能になる。これだけでも味方の移動を気にすることがなくなるから戦いは楽になる。また、防御面はもちろん戦略戦術面でも工夫するだろうね」


 イルハムも戦いの経験は多い。ヒューゴよりも場数は経験しているから、指摘されたことには納得している。しかし、空からの攻撃となるとヒューゴを相手にしなければ皆無と考えると、言われたように柔軟な対応してこれるのかと疑問に感じていた。


「なるほど。でも敵がヒューゴ様と同じように考えるでしょうか?」

「それは確実だよね。だって今まで通りじゃ勝てないのは十分判っただろうからさ。攻めてくるからには対策を打つよ」

「それはそうでしょうが……」

「ま、いいさ。それよりイルハムもルビア王国軍への攻撃に参加したかっただろうに……すまないね」


 ヌディア回廊ベネト村側の崖にはレーブが指揮した一団が、ウルム村側にはゼナリオ国王太子アレハンドラ・アル=バブカルが指揮した一団がルビア王国軍撤退の時を待ち構えている。ルビア王国側から飛竜が威嚇する予定なので、敵の撤退速度は遅くなる。そこへ頭上から魔法や矢が飛んでくるのだ。敵兵力の損害が大きくなるのは必然。

 ゴーレムを使うために紋章をオレンジに光らせているイルハムも、もう既に結果が見えているギリアム本隊との戦いではなく、恨みを晴らしたいルビア王国軍の殲滅に加わりたいだろうとヒューゴは考えていた。


「いえ、お気遣い無く。ヒューゴ様が仰ったように、ルビア王国軍との戦いはこれが最後ではありません。次回があります」

「まあね。今回のように帝国軍との戦いが無くなれば、ルビア王国との戦いだけに集中できるかもしれないね」

「何か懸念でも?」

「今は思い当たるものはないよ。でも、帝国に内乱が起きるなんて思ってもいなかったからさ。予想外のことが起きても不思議じゃないと思ってるだけだよ」


 そうですかと答え、イルハムはゴーレムの操作に集中する。予想外が起きるかもと言ったヒューゴ自身も、自分の言葉が将来実現するとはまだ微塵も想定していなかった。

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