不可思議な戦況(ギリアム本隊迎撃戦)
南西方面基地部隊司令ルーク・ブラシールもまた予想外の敵との戦闘で方針転換を余儀なくされていた。
予定通りならば、睡眠を連日邪魔され疲弊したギリアム本隊を距離を置いて牽制し、飛竜に翻弄されているところを突いて隊列を瓦解させ降伏に追い込むはずであった。
だが、目前に迫るのはルビア王国軍。斥候の報告によると九万近くの兵力。疲弊しているとは言え、八万以上のルビア王国軍と併せると十七万の巨大戦力との戦闘が予想される。
「飛竜で援護して貰えるとしても、慎重に対処しないとこちらも大怪我する」
ルークは配下の将校に防御厚めの隊列を組めと指示する。具体的には前列に防具の厚い歩兵を揃え、その後ろに回復魔法を使える鳥紋所持者を抱える部隊を配置した。中列には魔法を使える獣紋所持者と弓兵を。後列と左右に騎兵を配置した。
敵が大軍で押し寄せてきた際には退きながら兵力を削り、飛竜の牽制によって比較的少数が突出してきた時だけ包囲殲滅する。要は持久戦の指示であった。
遠征してきた分帝国軍よりは疲労を感じているはずで、物資の補給に難があるルビア王国軍と対する際、しばしば使われる持久防衛戦をルークは選択した。
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戦端が開かれてからしばらく経った時、戦況を観察していたルークはルビア王国軍の動きに強い違和感を感じていた。
攻勢に出るはずのルビア王国軍の動きが想像以上に鈍い。まるで、兵の損失を恐れる少数軍のような運用だった。
――遠征してきたのだから、攻撃の姿勢が強くなくてはおかしい。しかし、あれではまるで撤退の隙を狙う……敗軍の動きのようではないか……。
ルビア王国軍の指揮官はグルシアス・ラメイノク。奇をてらわない堅実な運用する歴戦の指揮官で、ルークも何度か戦場で対峙したことのある将だ。
そのグルシアスが、突出して一戦しては隊を下げ、隊列を整え直している。飛竜が左右と後背を襲うと、再び突出してくる。しかし、こちらの隙を見つけ、そこへダメージを与えようとする動きは無い。
――これでは少しずつ兵力を減らしていくだけで勝機など訪れない。何故、そんな戦い方を……。
先ほど、マークスに乗ったパリスがギリアム捕縛成功を報告してきた。ギリアム本隊はドニート等一部将校の踏ん張りで総崩れはしていないが、八万の兵力を生かすような戦いを見込める状態ではないらしい。
ドラグニ山方面からは、帝国軍も苦しんだゴーレムの壁によって徐々に押し込まれ、山側からはイーグル・フラッグスによる魔法と弓、そして上空からは飛竜が襲ってくる。その状況下で総崩れしていないのは、ドニート等の健闘に拠るものだ。
だが、戦場に着く前にかなり疲労させられているのだ。持ちこたえられるのもあと少しだろう。
つまり、ルビア王国軍には援軍の当てもない。持久戦に付き合う必要などないどころか、短期決戦に持ち込み、乱戦状態の中で勝機を見いだすしかないはずだ。
しかし、動きは鈍く、どう見ても撤退のための戦いをしているようにしかみえない。
――ならば、何故撤退しない? ルビア王国軍との戦いはそもそも想定していなかった。こちらの戦い方を見れば追撃する気持ちはないのも、グルシアスならば判るだろうに。!? 撤退したいができない理由が、我が軍の他にある……そういうことか?
「セレリア小隊長を呼んでくれ!」
ルークは近くに居た兵に指示する。
ユルゲン夫妻を救出し合流した後、セレリア小隊は夫妻を南西方面基地へ送るために十名を護衛として付け、その他は予備兵として待機している。ルークの予想を裏付ける懸念を確認するには、セレリア小隊の優れた機動力が有効と考えた。
テントでセレリアの到着を待つ間、ルークは戦況を整理していた。
「ご用でしょうか?」
セレリアが副官のヤーザンを連れてテントに入ってきた。
「ああ、一つ頼みたいことがある。ルビア王国軍後陣に国王もしくは宰相が居る可能性が高い。戦場を大きく迂回し敵後陣の様子を確認して欲しいのだ」
ルークの指示は、要は偵察だ。だが、偵察だけなら斥候でよいはず。にもかかわらずセレリアを呼んだということには意味がある。ただ情報を集めるだけでなく、目標に攻撃を仕掛け危機感を煽ろうというのだ。セレリアはルークの意図を読んで確認する。
「……目標を確認したなら、一撃入れてくれば良い……ということですね?」
「話が早い。その通り。目標が居なければ確認だけして戻ってきて貰いたい」
「了解しました。では!」
一礼して司令部用テントからセレリアは出て行く。ブラウンの長髪を揺らし勇ましく去って行ったセレリアをルークは頼もしく見送る。
――私の予想通りなら、セレリア小隊からの攻撃を受けた国王か宰相は撤退する。その後グルシアスもルビア王国軍全体の撤退を始めるだろう。どういう思惑があるのかまでは判らないが、グルシアスの不可解な対応は後陣に理由があるはず。もし、セレリア小隊から攻撃されても黒幕が撤退しないなら、また別の探りを入れるさ。
現状でも戦局が有利なのは変わらない。だが、今回の目的はギリアム本隊を降伏に追い込むこと。ならば、ルビア王国軍を撤退させれば援軍の期待は消え失せ、その時は早まるはず。南西方面基地部隊の消耗も更に減り、最終目標である帝都奪還も楽になる。
時折報告に来る将校からの報告を確認しながら、ルーク・ブラシールは次の戦いへ向けて、戦局の早期終結を画策していた。
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