戦闘開始(ギリアム本隊迎撃戦)

 ルビア王国宰相ディオシスから、帝国軍南西方面基地部隊との戦闘を命じられたルビア王国北東方面軍司令グルシアス・ラメイノクは耳を疑った。

 当初の作戦目標はウルム村占領であり、魔獣および魔獣兵を利用した戦術を立案されていた。それがヌディア回廊を抜け、南西方面基地部隊を避けてグレートヌディア山脈に沿って北へ転身する間際に予定変更を命じられた。ギリアム本隊が南側のベネト村側敵部隊と戦闘し、その北東地点で南西方面基地部隊と、それも魔獣および魔獣兵を利用せずに戦えというのだ。


 遭遇戦という偶然生じる計画外の戦闘はある。しかし、そうでないならば事前に敵の情報を集め、念入りに練って作戦を立て勝算を高めてから戦う。今回は、敵戦力の全容も明らかではなく、敵に飛竜の存在が確認されているのだから撤退し出直すべき状況。

 にもかかわらず、連携訓練を積んできた魔獣等は投入しない上に戦闘を行うという。


「この状況では指揮できません。ディオシス閣下、お願いです。撤退許可を!」


 鉄板で覆われ防御力を高めた箱馬車の中でディオシスにグルシアスは懇願する。

 

「それはできない。ここで帝国軍にダメージを少しでも与えておく必要があるのだ」


 ディオシスは刺すような鋭い瞳を向け、グルシアスの進言は即座に却下される。


「どうしてですか! 宰相閣下も現状が圧倒的不利なのはご理解されているはずです!」

「勝敗を無視してでもやらねばならない戦いというのはあるだろう?」

「それは首都防衛のような絶対的防衛戦での戦いに限ります。またそのような戦いは戦後の妥協点と見つけるための戦いとなります。わざわざ遠征し消耗戦を仕掛けるなど聞いたことがありません」

「貴殿が指揮できないというならば、私が替わるだけのこと。そして貴殿は敵前逃亡の罪で捕えることとなる。それで良いのだな?」


 自分一人が処罰されるだけで済むのならいい。大勢の命を守るためと諦めもつく。

 だが、ディオシスの指揮の下ではどれほどの兵が犠牲となるか判らない。これまで長い間厳しい訓練に耐え、労苦を共にしてきた兵を一人でも多く無事にルビア王国へ返したい。そのためにはグルシアスが指揮を執ったほうが……。


 だが、どうしたらいいのか。有効な戦術が見つからない中、グルシアスが指揮を執って良いのかと悩んだ。


「貴殿の思うままに指揮すれば良いのだ。作戦目標変更は私の決断。結果の責任は貴殿に問わない。やってくれるな?」

「一つだけ確認させてください。撤退指示は……」


 縋るような気持ちで、グルシアスはディオシスから判断はグルシアスに任せると言質を取りたかった。

 だが……。


「許可するまでは戦闘継続だ」


 頑として譲らない意思をディオシスは示す。もはや翻意をうながすことはできないとグルシアスは悟る。力なく言葉を失い瞳を閉じて頷き、グルシアスは戦闘指揮を執ることを承諾した。


・・・・・

・・・


『これでいい。我らの糧を手に入れるための戦いだ』


 グルシアスが馬車から降りた後、ヒュドラはディオシスに言葉をかける。


 ――これで後戻りはできなくなった。


 ディオシスは背を馬車の壁に預けて瞳を閉じる。この戦いは大敗するだろう。勝てる要素は見当たらないのだから、予想すら必要もない確定した事実だ。全軍の五割も失えば、ディオシスが許可しなくても撤退という名の逃亡が始まる。敵の攻勢を支えられないのだから自然とそうなる。勝利に繋がるならば兵の損失を恐れたことは無い。魔獣兵とは命を捨てた兵であり、兵の損失などを気にしていたら使えない。ディオシスの戦術は魔獣兵を中心において行われてきた。今更兵の損失など……と思わないでもない。

 しかし、それらは勝利のためだった。今回のように負け戦のために兵を損失させてきたことはない。

 その点がこの戦闘においてのディオシスの気持ちを暗くする。


 また、帰国後には国王アウゲネス・ロマークから敗戦の責任をきつく問われるだろう。作戦の内容を知れば宰相の地位を奪われるのも確実だ。敗戦するにしても許されうる程度というものがある。

 部下からの進言をうけ敗戦濃厚と知っていて戦闘を始め、そして大敗が確定して後に撤退する。結果、多くの兵力を失うのだ。

 許される点がまったく見当たらない。ディオシスが国王ならば、弟であろうと処刑に値すると考えるだろう。いや、アウゲネスも同じように考えるかもしれない。


 だから帰国してすぐにでも兄アウゲネスを暗殺しなければならない。そうしなければディオシスの目的は達せられなくなる。


「人並みに家族への愛情などというものが残っていたのだな」


 胸の痛みを感じディオシスはつぶやいた。


『ではここで止めるか? まだ間に合うぞ』

 

 止める? 今更止めることなどできないとディオシスは判っている。最近は自分がディオシスなのかヒュドラなのか判らなくなる時すらある。もうそこまで一体化している。尽きることなく湧き上がる龍族への怨念を止めらないのだ。

 国民からの怨嗟も今では心地良く感じる。

 負けるという事実さえ受け入れられるなら、大勢の兵が命を失うことも快感だろう。


 だが、兄アウゲネスもと考えると引っかかる何かが残っている。


 ――私は何のために戦うのだ。


『我らの野望のためだ』


 ――我ら……か……。


 大陸の覇権を握ると決めたのは、何のためでいつからだっただろうかと思い出そうとした。だが、馬車の外で鳴る戦闘開始の銅鑼の音が聞こえ、ディオシスは考えることを止めた。

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