ギリアム捕縛(ギリアム本隊迎撃戦)

「今度会ったら殺すって言ったわよねぇええ!」


 上空のパリスの叫び声が、身動きできないよう縛られ地面に横倒しになっているヒューゴの耳に届く。


 ――よし! これで皇太子は任せられる。士龍、力を貸してくれ。


 意識の中で士龍に呼びかけ、身体に力を入れた。


『おまえの望むままにするがいい』


 ――部分的な士龍化は可能だな?


 士龍の反応を感じるとヒューゴは希望する使用法を訊く。


『士龍化可能時間の延長、そして解除後必要な疲労回復時間の短縮を希望するのだな。問題ない。イメージするがいい』


 ――その前に、この鎖を切らなきゃ動けないな。


『士龍の力を引き出してから引きちぎれば良かろう』


 言われるままに竜となった自分をヒューゴはイメージする。身体が紫色に輝き出した。しかし、以前士龍化したときのような士龍本来の大きさまで光は広がらず、ヒューゴの身体を薄く包み込んでいる。体内からあふれ出る力を、その場で必要なだけ使うよう制御している。


 横たわったまま、肘に力を込めて両脇を押さえている鎖を外側へ押し出すと、グググと伸びやがてバンッと千切れた。

 この間もギリアム軍からの魔法と弓がヒューゴを襲っている。だが、紫色の光に当たると、魔法も矢も弾けてヒューゴにダメージを与えられない。

 手首を縛る鎖を引きちぎったあと、足首の鎖を両手で引っ張って千切る。

 そして敵の攻撃を気にもせずに立ち上がった。


「……化物だ」


 いくら攻撃してもダメージを与えられない様子に恐れる敵兵の声が聞こえる。

 身体の自由を取り戻し立ち上がったヒューゴはギリアムの姿を探した。グルッと見回すと、取り囲む兵達の外側に、両手を上にあげ、オレンジ色の光を自身と周囲にまで広げているギリアムを発見した。

 ギリアムははがねを使用して、自分と味方の防御力を上げているのだろう。だが、ヒューゴはギリアムを捕まえることしか頭にはない。


 ――士龍、飛竜でギリアムを捕まえてくれ。そして僕と一緒にみんなのところへ連れて行ってくれ。


『判った。連れて行くだけでいいのだな?』


 ――ああ、そうだよ。どのみち、はがねの力が有効な間は攻撃しても無駄だろうし、もともと捕縛が目的だからね。


 グガァア! と鳴声が聞こえ、一頭の飛竜がヒューゴの真横へ舞い降りてきた。

 バサァッと黒く大きな翼をはためかせると、飛竜への有効な攻撃手段を知らない周囲の兵達は驚き恐れ後退していく。ヒューゴは地面を蹴って、前脚も地面に付け周囲を睨む飛竜の背に乗った。


 ――じゃあ、頼むよ。


 士龍からの返事はなかった。だが、飛竜はまさに獣のように四本の足でズシンズシンとギリアムへ近づいていく。


「閣下を守れ!」


 剣を振り上げたドニートがギリアムの前に立ち守る構えを見せる。その回りに兵等も集まってきた。そして槍を突き出し、魔法を放ち、飛竜の接近を阻もうと動き出す。大勢の兵の背後でひときわ強くオレンジ色に光るギリアムは、ヒューゴをしっかと見据え逃げる素振りも見せない。


 ――いい覚悟だ。勇敢な人物なのは間違いない。だけど、その勇敢さを別に向けてくれたなら良かったのに。


「なぎ払え!」


 ヒューゴの命令に従い、飛竜はその巨体をグルッと転回し、太く長い尾をギリアムの前面に立つドニート等にぶつけた。ザザザッと地をこする音のあと、バンッという衝撃音とともにギリアムの前面の兵等が横へ弾き飛ばされていく。

 通常ならば命を落すほどの衝撃。だが、はがねの力で強化されているから怪我もしない。大きく弾かれて遠くへただ離れていくだけ。


「あの男を捕まえろ!」


 弾かれ倒された兵達が立ち上がるのを見て、ヒューゴはギリアムを指さし飛竜へ命令する。背に乗る動きは見えないだろう。だが、ヒューゴのイメージは飛竜に伝わる。

 頭を少し上げてガァとひと鳴きすると、ギリアム目がけて突進し前脚でガシッと捕えた。


「離せ!」


 どれほど強く握られようと怪我もしないだろうとヒューゴは判断し、ギリアムの叫びを無視して飛竜へ再び命令した。


「戻るぞ!」


 近づく兵に目も向けず、ヒューゴは飛竜の首をしっかと捕まえた。バサッバサッと翼をはためかせ、黒く大きな鱗に覆われた両足を曲げ、そして伸ばして飛竜は地面を蹴った。


「待て! この卑怯者、降りてこい! 閣下を返せ!」


 剣から炎系魔法を放ちながらドニートが飛竜の足下から叫ぶ。

 

 ――人質とっておきながら好き勝手なことを……。ふんっ、言わせておくさ。士龍、飛竜三体で帝国軍とルビア王国軍を牽制し、南西方面基地部隊の援護してくれ。


『判った。牽制だけでいいのか?』


 ――ああ、牽制だけでいいよ。ギリアム軍は帝国軍だからできるだけ殺したくないし、ルビア王国軍は南西方面基地部隊とうちのガルージャ王国出身者が倒すから。


 イーグル・フラッグスはガルージャ王国出身者が多い。そして彼らの心にはいつも王弟ハリド・アル=アリーフを攫い殺したルビア王国への恨みが渦巻いている。機会があるなら、その恨みを晴らさせてあげようとヒューゴは考えてた。

 別に全滅させる必要はない。そこまでしなくてもいい。とにかく彼らには鬱憤を晴らす機会が必要なのだ。

 そしてわざわざヌディア回廊を出てきた今回はちょうどいい機会。

 どうせルビア王国軍は国へ戻るしか手はないのだ。せいぜいイーグル・フラッグスの仲間達のにえとなって貰おう。


「総指揮官のギリアムは捕えた。飛竜で牽制されるルビア王国軍も軍の運用に制限が出る。負ける要素はこちらには無いはず。僕が全体を見て、万が一には備えるとするさ」


 もう光を放っていないヒューゴは、飛竜の背で皆が待つドラグニ山へ向かった。

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