シルベスト救出(ギリアム本隊迎撃戦)

 騎乗したギリアムが、両腕が身体から離れないよう更に後ろ手も縛られた皇太子シルベストの前に馬を寄せる。人質への対応に、ギリアムにもまだ誇りが残っていたと安心したが、目の前で勝ち誇り笑みを浮かべるギリアムを見て、やはりこういう人なのだとシルベストは失望する。

 人質を利用するという手段をとった以上、卑怯のそしりは免れない。しかし、卑怯な手段を使ったことすら忘れているかのように、ギリアムからは勝利の空気だけが感じられた。


「シルベストよ。久しぶりだな」

「伯父上、随分と嬉しそうですね」

 

 歓喜を光に変えた瞳でギリアムはシルベストを見ている。シルベストは苦笑して言葉を返した。苦笑の意味を悟ったギリアムは、少し沈黙したあと胸を張る。


「……言いたいことは判るがな。勝利が全てを正当化するのだ」

「私とヒューゴをどうしようと?」

「おまえは帝都まで連れて行く。私が皇位に就くところをおまえに見せてやる」

「それで気が済むのですか?」


 シルベストの言を敗者の負け惜しみと受け取ったギリアムは、目尻を下げて満足そうである。


「気が済む? ああ、そうだ。ずっと兄の陰であった私が陽の下に出る。今度はおまえが陰となり、私が味わってきた悔しさを感じるのだ。それを思うと、積年の心の澱みが晴れていくようだ」

「……。それでヒューゴはどうするのですか? 処刑なさるのですか?」

「もちろんだ。子が居ないおまえは生かしておいても構わない。だが、士龍アレはダメだ。計画の邪魔でしかないからな」


 シルベストは十歳年下の正妻アレシア・シャルロッテとの間に子が居ない。結婚してから十数年経つが、腰までの栗色の髪を持つアレシアを慈しみ側室はいない。本来なら皇太子であるシルベストは後継ぎをもうける必要があり、側室を置くべきと周囲から諫められても仕方がない立場だ。だが、無紋ノン・クレストであったためか勧められる機会は少なく、シルベストもアレシアとの生活を大切にしていたため側室を置いては居ない。


 無紋ノン・クレストであるために皇室として異質な視線を向けられ、更に子も為せないとシルベストは囁かれている。しかし、もし側室を置いて子が出来たら責任はアレシアに向く。シルベストはそれを嫌った。

 子供が居ない。このことはアレシアを愛するシルベストにとって、無紋ノン・クレストであること以上に触れられたくないこと。

 人質とされようと飄然ひょうぜんとしていたシルベストが殺気を身に纏う。


「私に子が居ようと同じなのでは?」

「フフフ……兄と違い私なら後継を指名するからか?」

「伯父上にはヴァレリオ殿がいらっしゃる。外でもうけた方も含めたら……」

「そういうことだ。おまえと違い、跡継ぎを選べる。皇室の務めを果たしていないおまえは、皇位に就く資格無しと言えるのではないか?」


 勝ち誇るように目を細め、シルベストに笑みを向ける。

 ここで怒りを見せてもギリアムを喜ばせるだけと気づき、シルベストは昂ぶった気持ちを落ち着けた。

 

「……それで、ヒューゴをどうしようと?」


 騎兵二名が縄で引き釣り、シルベスト達を追い越して隊の方へ向かうのを見てシルベストは訊く。


士龍アレは半端な攻撃では処刑できん。兵に包囲させ魔法と弓で命を貰うさ」


 笑みが消え不安が残る固い表情のギリアムはシルベストの横に馬を並べ、ズルズルと引きずられていくヒューゴを眺める。


「たった一人に?」

「何を言う。統龍紋所持者と同じく、士龍アレは龍族を率いている。一人だなどと油断などできん」

「しかし、目の前にはヒューゴしかおりません。皇帝になろうという伯父上が、一人をなぶり殺ししようというのですか?」

「ああそうだ。そして、死んだと確認するまでは徹底的にやる」


 縄を放した騎兵がヒューゴを置いて離れていく。そして鎖で巻かれたヒューゴを包囲するように兵が集まってきた。

 兵等から少し外れたところで、ドニートがギリアムを見て合図を待っている。


 

「今度会ったら殺すって言ったわよねぇええ!」


 まだ霧が漂う上空から怒号にも似た叫び声が聞こえる。その叫びを合図にしたかのように、ヒューゴの身体が紫色の光で包まれた。


「早く撃て! 魔法も弓も可能な限り早く!」

「敵襲だ! 閣下を守れぇえ!」


 ドニートの指示に従い、ヒューゴ目がけて様々な光の魔法が放たれ、同時に弓も襲いかかった。

 ギリアムとシルベストの周囲に、瞬く間に騎兵が数十騎集まる。


「皇太子! 気合いで耐えて!」


 急速度で降下してきたマークスに乗ったパリスの背からオレンジ色の強い光が輝いている。


環状雷撃檻ライトニング・サークル・ケージ!!」


 パリスの剣先から、ギリアムを中心とした集団にドンという響きをあげて雷撃が落ちる。落下した地点から円状に光が広がり、触れた馬はいななき痙攣して横倒しとなった。

 何が起きるか事前に知っていたシルベストは、馬の下敷きにならぬよう腹を足で蹴り自ら馬から飛び離れる。地面を転がり、座り込むようになんとか身体を起こした。


 もう一撃! という叫びと共に再び強い黄色の光が地面に広がる。

 魔法防御力に優れた防具を着込んでいるとはいえ、気をしっかりと持っていないと意識を失いそうな強い衝撃がシルベストを襲った。次の瞬間、大きな鷲が目の前に現れたかと思うと、その太く固い爪でシルベストの身体は掴まれる。バサァッという羽音、身体をしっかりと締め付ける圧力のあと、身体を起こそうとするギリアムや兵等が眼下に離れていくのが見えた。


「しばらく我慢してくださいね!」


 ぐんぐんと上昇する鷲の身体で見えないところからパリスの声が聞こえる。意識を保つだけで一杯一杯のシルベストは、数多くの光と弓に襲われ包まれている紫色の光を見守る。


 ――ヒューゴ、無事で戻ってきてくれ……。

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