交換(ギリアム本隊迎撃戦)

 マークスに乗ってパリスが飛び上がったのを確認すると、ヒューゴはイルハムを見る。


「ご心配はいりません。後はお任せ下さい」


 力強く頷くイルハムの肩に手を置いて、頼んだよとヒューゴは微笑む。


「じゃあ、行きましょう」


 既に馬上の皇太子に声をかけてヒューゴは馬の手綱を取り騎乗した。皇太子はベネト村で製造した魔法防御に優れた銀製の防具を着込んでいる。無紋ノン・クレストだからと武術と体術は鍛えてきた皇太子だが、魔法防御だけは自身の力でどうにもできない。ギリアム軍が皇太子を狙って攻撃してこないだろう。だが、戦場が混乱した場合は、予想外の攻撃が向けられることもある。

 万が一に備えて皇太子の防具は用意されていた。


 ヒューゴも愛妻リナが魔法を込めてくれた……鷹が刻印された防具をしっかり着込んでいる。

 

「打ち合わせ通り……多少の衝撃はありますが、気をしっかり持って下されば大丈夫です」

「ああ、判っている。君達だけを危険に晒すわけにはいかない。多少のリスクくらい何ともないさ」


 二人はコクリと頷き、ハァッ! と気合を入れて手綱をたわませ馬の首に叩きつける。




 ドラグニ山を降り、二人が駒を並べてヌディア回廊出口方面へ進んでいくと、横にずらっと並んだギリアム本隊が見えてきた。

 二人は徐々に近づいてくる敵を前に、手綱を引いて馬の足を止める。


「ヒューゴよ、無理はするなよ……と言いたいが、そうもいかないな。だが、必ず無事で再び会おう」

「ご心配はいりません。パリスさんなら必ずうまくやってくれます。こういうときの彼女は失敗しないと僕は知っているんです」

「羨ましいな。私にはそこまで信頼できる友は居ない」

「友じゃありませんよ。僕とパリスさんは兄妹のようなもので家族なんです」

 

  緊張している皇太子シルベストに笑顔を返したあと、ヒューゴは真顔に戻す。


「そうだったな……。そろそろあちらに集中したほうが良さそうだ」


 ギリアムの隊から、一台の箱馬車と十数名の騎兵がゆっくりと近づいてきたのを見てシルベストが緊張を強める。箱馬車を囲むように近づく騎馬の中から一騎が早足で近づいてきた。

 一目で将校と判る、金で縁取られた鎧を纏う馬上の兵は皇太子へ一礼した後、大きな声で呼びかけた。


「皇太子殿下! ご一緒していただきます!」

「ドニート、何を焦っている。人質の姿も見せず交換の条件も話さずに、皇太子の我を連れて行けると思っているのか?」


 毅然と言い放った皇太子には、さすがに皇族らしい頭が下がるような威厳があった。ドニートは内心の焦りを見破られたことを恥いるように一礼し、背後の兵に何かを伝える。兵が箱馬車の扉を開け、中から子供を抱き抱えた三十台前くらいの男性と女性が出てきた。


「失礼いたしました。殿下とヒューゴを拘束したらあの人質を解放しましょう。ドニート・ラクスベルの誇りにかけてお約束は守らせていただきます」


 横のヒューゴを見ると頷いていたので、皇太子はドニートに判ったと伝えた。

 四名の騎兵が近づいてきて、皇太子とヒューゴに馬から降り抵抗するなと言う。

 大人しく二人が馬から降りると、兵達はまずヒューゴの胴体と足を鉄の鎖で縛り上げる。その後皇太子を縄で縛り馬に乗せた。皇太子を馬に乗せると、ヒューゴを縛っている鎖に縄を括り付けた。その縄をもって兵等は馬に乗る。兵が縄を引っ張ると、足が括られているヒューゴはドンと前倒しされた。


「ヒューゴ!」


 振り向いて様子を見た皇太子が叫ぶ。地面に顔をこすりつけられているヒューゴからは返事はない。

 横に並んだドニートに向けて皇太子は睨む。


「人質への扱いが酷すぎるではないか!」

「相手は士龍です。あれでも優しいと思いますが?」

「ヒューゴは罪人ではない!」

「殿下、ここは戦場です。罪人かどうかなど関係ありません。あの者が脅威か否かです。それよりお約束通り、こちらの人質は解放いたします」


 ドニートが手をあげると、人質の三名を再び乗せた箱馬車は騎馬四名に守られながら東に向けて走り出す。北側からは南西方面基地部隊が迫っているので、それを避けるルートを選ぶのだろうとシルベストは感じた。

 

「あの者達は戦場を避けさせ帝都へ戻します。ギリアム閣下から慰謝料も後ほど与えられるでしょう」


 用済みになったからと勝手に帰れと放り出すのではなく。

 迷惑をかけたが平民だから我慢しろというのでもなく。

 それなりの対応はしようとするのは、人質を利用したことへのギリアムの羞恥心の現れだろうとシルベストは理解し安心した。敵対しているとは言え、皇族のギリアムに誇りが残っていて良かったとも感じていた。


 ――さぁ、これからが本番だ。伯父ギリアムと対面するのはいつ以来になるかな……。


 引きずられるヒューゴの様子をチラチラと見て、打ち合わせの通り進むよう皇太子シルベストは願い、気持ちを引き締めた。

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