絶望と祈り(ギリアム本隊迎撃戦)

 ギリアム本隊では、ギリアムとドニートが皇太子とヒューゴからの返事を待っている。返答が来るまでと、箱馬車の中で二人はの結果について話し合っていた。


「皇太子とヒューゴが来なかったときはどうされるおつもりですか?」


 二人がこちらの要望通り来たなら、ヒューゴは処刑し皇太子は捕縛する予定だろうということはドニートにも予測できる。ヒューゴは帝国民ではないし傭兵だ。処刑したところで帝国民から非難されることはない。皇太子は、暗殺などでギリアムが皇太子の死に知らぬ存ぜぬを通せるような状況ならば良いが、明らかにギリアムが関与していると判る状況では殺せない。皇太子を支持する貴族はもちろん前皇帝を支持していた国民からの非難を浴び、ギリアムが皇位に就くことを問題視する者が大勢出てくるからだ。


 だが、人質のことを知っても二人が来なかったらどうするのか?


 ドニートが人質にしたのは地方貴族で、政治闘争の結果命を落すこともしばしばありうる立場の者だ。しかし、ギリアムが人質にしたのは、無紋ノン・クレストとは言えまだ子供とその両親で、ただの民間人だ。皇位継承争いに民間人を人質にしたという事実が公に知られれば、それだけで皇位継承資格無しと国民の多数から非難されるのは間違いない。

 地方貴族を人質にしたのとは大きく異なり、評判にかなりの差がでる。


 皇太子とヒューゴがこちらの要望をはねつけ人質との交換に応じなかった場合、人質への対応を間違えるとギリアムは皇位継承争いから脱落する。

 人質の存在を隠すために、他の兵から見られないよう箱馬車の一台に三名を乗せ、ギリアム直轄の兵によって食事が届けられている。しかし、その不自然さを訝しむ者は既に居て、ギリアムが平民を人質をとっていることは大勢の兵の知るところとなっている。表では誰もが知らぬ顔をしているけれど、陰では噂となっているとドニートの耳には入ってきている。

 だから人質交換に失敗した場合の対応は慎重にしなければならない。

 こっそりと処刑しても、その事実はすぐに隊中に広まる。兵の多くは貴族ではなく平民出身だ。無関係の平民が皇族の権力争いの結果、理不尽にも人質にされ処刑されたとなれば、大将軍であるギリアムが皇位に就く際の大きな抵抗となるだろう。


 前皇帝の融和政策の影響で、貴族と平民との間に垣根はあっても、平民が一方的に貴族の自由にされる存在ではなくなっているのだから。


 自分の将来を左右するギリアムの行動はドニートにとって、単なる上官の行動と言って開き直れないほど影響がある。だから、人質交換失敗時の対応に強い関心を持たないわけにはいかない。


「私自ら謝罪した後、今後、生活の心配は要らぬよう十分な金を渡すと約し、兵に自宅まで送らせる」


 ギリアムの目は真剣で嘘ではないと確信させる光があった。それならばと少しホッとしたドニートは、表情を和らげ確認のつもりで続けて訊く。


「では、皇太子とヒューゴが来た時はどうなさるのです?」


 皇太子を捕縛するのは難しくない。問題はヒューゴだ。

 これまでのヒューゴの戦歴を聞いて、ドニートには処刑などできるのだろうかと疑問を抱いている。

 ギリアムは瞳をやや伏せて答える。


「皇太子は捕縛し帝都へ連れ帰る。……ヒューゴは……人質を帰さず……無抵抗を要求し……その場で処刑する」

「それが可能だと?」

「……正直、判らん。無抵抗だとしても、士龍化したヒューゴに魔法や刃が通用するのか……。何も判らん。だが、ヒューゴを味方にできないからにはやらねばならないのだ」

「……ギリアム閣下……」


 やらねばならないと辛そうに口にするギリアムの気持ちがドニートには判る。

 多分、不可能だろうと理解しつつもやらなければ、そこでギリアムの野望は潰える。それだけではない。皇太子と敵対したからには、内乱終結後のギリアムは従前の地位を失うだけではないだろう。それはドニートも同様だ。

 なればこそ、やらねばならないと口にしないわけにはいかない。

 追い詰められているギリアムの姿は、ドニートも一緒なのだ。


 皇位継承争いには統龍紋所持者は直接関与してこないと、ギリアムもドニートも踏んでいた。だが、竜を使わないのは予想通りだったが、皇太子の支援に回るという予想外の行動をとった。統龍紋所持者が支持しているという事実は貴族の間にも広がっている。何より元老院が、統龍紋所持者が皇太子支持に回ったことで動揺しているという。内乱前は元老院の支持を得て有利だったギリアムだが、皇太子自身の口から、皇位継承争いから降りると言わせなければギリアムが不利な状況に変わっている。


 皇太子が降りても、戦争に統龍の利用を拒む士龍ヒューゴが居れば統龍を利用した大陸統一はできない。統龍紋所持者二名が皇太子支持なのは、ヒューゴの姿勢に大きく影響されているからだとギリアムもドニートも考えている。皇帝の命令には絶対服従する統龍紋所持者が、方針が分かれている皇位継承争いに関与するはずはないのだと考えていたのだ。

 しかし、士龍ヒューゴの姿勢を知る統龍紋所持者は、どのみち戦争に統龍の利用はできないならば、ヒューゴが支持している皇太子をと動いたに決まっている。 


 統龍紋所持者達はそれぞれ、現状可能な範囲で自分の意思に従っただけなのだが、ギリアム達はそれを知らない。知らないからこそ、ヒューゴの影響力を過剰に恐れている。

 もちろん知ったとしても、ギリアムとドニートの絶望が変わるわけではない。

 それでも、彼らは士龍ヒューゴさえ居なければという思いに縋るしかないのだ。


「さぁ、そろそろ外で待とう。兵等の空気も感じておきたいからな」


 ギリアムが椅子から立ち、箱馬車から降りようとする。ドニートもまたその後を追う。

 二人の表情には、期待というよりも祈りに近い悲痛さが感じられる。


 だいぶモヤも薄くなったが、ギリアム達は先の見えない状況に気持ちを引き締めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る