士龍覚醒

 鼓舞を使用した後、パリスに続く味方のために、まず魔法攻撃する者から倒さなければならないため集団から一人抜けだし先行した。パリスが指揮する隊員達も、ヒューゴのものほどではないが、ベネト村で製造した魔法防御効果がある防具を身につけている。騎馬や歩兵として戦う者には、まず攻撃を避けることを重点的に訓練しているため、そう簡単に魔法攻撃や弓矢で傷つくとは考えていない。だが、想定外のところから攻撃される可能性は減らすため、やはり遠距離攻撃されないようにすべきと考えている。


 獣紋でも鳥紋でも、魔法や固有能力を使用しようとすれば背中の紋章が光る。紋章の数が増えればそれだけ光は強くなるから戦場では目立つ。その光を目安にパリスは目標を定めて馬を操り、手前の敵兵を盾に、もしくは倒しながら目標へ近づいていく。


 もともと味方の絶対数は少ない。

 数の有利不利など関係無く、貴重な仲間だからできるなら一人も失いたくはない。

 仲間のために敵を減らす。

 そのことに集中してパリスは剣を振る。


 迫る敵の剣、身体の横を流れる魔法。

 鼓舞を使い、視野を広く持って集中しているパリスには、避けることも倒すことも難しくない。


 だが、騎乗している馬はそうはいかない。手綱さばきがいくら上達していても、馬の反応には限界がある。パリスの予測についてこれなくなり、馬を傷つけられ思うように動けなくなるのは避けたい。逃走時に馬が必要なら、味方の馬に乗ることもできるし、敵から奪ってもいい。

 敵中に入り込んだところで、馬から飛び降りてパリスは戦う。


 敵の混乱を誘うため、敵の馬を切って馬上の兵を落す。歩兵を無視し、魔法を使用しようとしている兵へ向けて駆ける。

 魔法や弓を使う兵は一般的に後衛に配置されるから、近くの兵を倒しながらパリスは敵陣の背後を目指す。パリスが背後にまわれば、味方側への攻撃に集中できなくなる。そして敵から距離を取らず乱戦気味に近接戦闘で倒していけば、パリス自身も魔法や弓による攻撃もされない。


 ヒューゴとパリスには敵に囲まれても有利に戦いを進められる技術がある。

 それを利用して敵集団を細切れにしていくのだ。


 パリスが敵後背から魔法兵や弓兵を倒していくと、パリス隊は敵の数が少ないところを目がけて突っ込む。敵の陣容が歪になったところで、敵中を掻き分けるように横へ突き進む。そうすることで、敵自身が盾代わりとなって包囲されずに済むのだ。もちろんこの戦法はそれなりの技量ある兵にしかできない。

 日頃から自身の技と味方の連携を磨いているからこそ可能になる。


 そして、パリス隊が通り過ぎ、隊列が乱れているところへセレリアが魔法を放ち、セレリア隊が魔法で痛んだ敵を潰していく。


 敵は千名ほど居たが、数の力を発揮できなくされてしまえば、パリス等にとっては目の前に居る数名を倒せばそれで箱馬車を逃走させることができ、敵の包囲網を突破することが可能になる。


 パリスが突入してさほど時間も経たないうちに、敵の遠距離攻撃は無効化され、パリス隊とセレリア達そして国王達の魔法により敵数は三割ほど減り、包囲殲滅を目指していた軍勢はもはや機能できなくなりつつあった。


 敵の混乱状況を感じてセレリアはパリスを拾い、イーグル・フラッグス本拠地目指して逃走し始める。


・・・・・

・・・


 パリス等が箱馬車の脱出に成功しつつあったころ、ヒューゴは敵の追撃を防ぐべく、一人で敵の左右と後陣と戦っていた。既に数十名の敵兵が倒れ戦闘不能にされている。

 だが三方から包囲され間断なく襲い来る敵の前に、ヒューゴの息は荒くなっていた。


『強情な奴だ。そろそろお前も限界だろう?』


 ――もう少し……もう少しなんだ……。


 魔法攻撃を避けながら、箱馬車を追おうとする敵集団の鼻先に駆け敵を屠っていく。


『だが、今のままでは逃げられなくなるぞ』


 体力の限界が近いことを士龍はヒューゴに伝える。


 ――判ってる。でも、僕等は数が少ない。ここでこいつらを足止めしておかなければ、みんなも逃げられなくなる。


『お前が使っている士龍の力がどういうものなのか、今は判っているのだろう?』


 ヒューゴが使っている士龍の力とは、人間が無意識に抑えている力を解放しえるようにする力だ。

 人は、肉体の力を無意識に抑えている。それは訓練で鍛えた肉体の持つ力を全て使った場合、その力は反動で自身を傷つけるからだ。だから自身が傷つかない範囲でしか肉体の力を使わないように、人は無意識に制御している。

 今使っている士龍の力とは、肉体の力全てを使って動き攻撃しても、自身の身体にダメージが与えられることのないようにする肉体防御の力と言っていい。

 つまりヒューゴはヒューゴ自身の力を解放しているに過ぎない。

 ヒューゴが日頃から鍛えている肉体のポテンシャルを全て使い切っている状態だ。ヒューゴの肉体で可能なことを可能な限り使用している状態。

 だから、当然いつまでもこの状態を維持できるわけではない。体力や気力が尽きればそこで士龍の力も使えなくなる。


 その限界が近づいていると士龍はヒューゴに伝えているのだ。


『おまえは無紋ノン・クレストであることを自身の誇りとするために、おまえ自身がもともと持つ力を解放することでしか、我の力を使おうとしてこなかった』


 ――ああ、そうだ。


 敵兵を切りながら、ヒューゴは士龍との対話を続ける。


『だがな。その思いは紋章の有無で人を判断する者と根底で同じなのだ。おまえにももう判っているだろう?』


 ――判りたくないんだ。


『そろそろ命の危険も迫っているというのに強情だな。まぁ、その強情さ故に、肉体的には前皇龍紋所持者を既に越えている。だが……それだけではダメだ。精神も成長しなければ皇龍の定めには届かない』


 ――どうしろというんだ。


『受け入れろ。我を……そしてこの世界を受け入れろ。そして受け入れた先をどうしたら良いのかを考えるのだ。思考し成長せよ』


 ――とりあえず、今は何を受け入れろと言うんだ。


無紋ノン・クレストであった時の思いを残しつつ、士龍の主となった今のお前の全てを受け入れろ』


 ――受け入れたらどうなるんだ?


『おまえは士龍となる』


 ――竜になってしまうのか?


『そうではない。より正確に言えば、おまえは我を取り込み、我の力を全て自由に使える存在になる。人の姿のまま士龍となるのだ』


 敵の剣がヒューゴの足をかすめる。皮膚が切れた程度で怪我としてはどうということもないのだが、疲労で動きが鈍っているのは確か。このままでは倒されるのも時間の問題だろう。

 皇太子を救ったからには、ギリアムがヒューゴ達を敵視してくる。ベネト村やウルム村の安全も考えなければならないのだから、今ここで殺されるわけにはいかない。

 ヒューゴはまだ迷っていたが、覚悟を決める。


 ――判った。士龍を受け入れよう。


『よし、ではあとは我に任せておけ』


 士龍に許可を伝えるとヒューゴは意識を敵に集中し剣を振る。横から迫ってきた敵の一撃を避け、背後に回ろうとする敵の更に向こう側へ駆けた。


 ジワジワと身体が熱くなってきて、胸の奥から何かが全身へ広がってきた。その熱が首から頭へと伝わったとき、体内からガンッという衝撃があり敵から離れた。その衝撃で身体が膨れ上がるかとヒューゴは感じた。


『……フフフフフ……これほどまでに力を解放するのはいつ以来だろう……』


 ヒューゴの背から紫色の光が広がっていく。

 ヒューゴを包み込むように、そして更に広がり周囲の敵へと……。


 その光に触れた敵は、押されるように下がっていく。

 紫の壁があるように、光の中には入れずにいる。


「な、なんだ!?」


 光の中へ近づけずに動揺する敵の様子に、ヒューゴも驚いている。

 遠くの敵が、ヒューゴを指さして何か叫んでいる。


 ――どうなってるんだ。


『おまえには判らぬであろうが、この光は龍の形をとっている。そしてこの光が士龍われだ。正確には、我の力が龍の形をとっているのだがな。この光の中には統龍であろうと入ってこれはせぬよ』


 ――では、このまま逃げればいいのか?


『そうしてもいいが、この際だ、おまえは自分が手にした力の一部くらい知っておけ』


 士龍の言葉が途切れると、光の外側に風が強く吹き始めたのが判った。

 敵兵の鎧の隙間からはみ出た布が風にあおられ、馬も風の吹く方へよろめいている。

 だんだん強くなる風のせいで、敵兵は立っていることすらできなくなりつつある。


『では、ゆくぞ!』


 目の前で小さな……と言っても、民家ほどの大きさの竜巻が生じ、土埃とともに敵兵を巻き込んでいる。

 竜巻はどんどん大きくなって、上端が上空の雲に向けて伸びていく。ただ大きくなるだけでなく、敵兵のかたまっている方向へ徐々に速度をあげて移動し始めた。


『紅龍は炎、蒼龍は水、金龍は雷、銀龍は氷、そして我は大気を操る』


 ――皇龍は?


『……皇龍の定めに至れば判る。さぁ、士龍となった今、おまえは風に乗ることもできる。……このようにな』


 紫の光に包まれたヒューゴは竜巻に沿うように上昇していく。竜巻の近くを風に乗って上昇しているというのに、風の動きを感じない。光の中だけが閉じられた世界のようにヒューゴは感じている。

 

 ――え?


『ラダールを呼べ』


 敵の魔法に対抗する細かい指示ができないからと、ヒューゴはラダールを上空で待機させていた。


「来てくれ! ラダール」


 士龍に従ってラダールを呼ぶ。ヒューゴの状態を確かめるように周囲をゆっくりと旋回し、そしてヒューゴの足下に滑るように入ってきた。いつものようにラダールに跨がろうとすると紫の光がスウッと消える。


『これからは先ほどの自分をイメージせよ。それで士龍となれる。あと……』


 ――まだあるのかい?


『士龍となったからには、眷属の飛竜どもがやってくる。まぁ、ドラグニ・イーグルと付き合ってきたおまえだ。特に心配はいらないだろう』


 ――火竜や屠龍みたいに何頭も来るのか?


『飛竜は数が少ない。せいぜい三十頭ってところだ』


 ――だが、餌とか……待機させておくための場所は必要だろ?


『ラダールと同じように考えれば良い。餌を獲ってこいと放せば勝手に食事を済ませてくる。あと小屋など要らぬ。統龍紋所持者がどれほど離れている場所に居る竜とでも会話できるのと同じで、おまえもできるからな。それより……』


 ――それより?


『生身の人間が士龍となって龍の力を使ったのだ。これまでのように士龍の力を利用して人間の持つ力を最大限活かしてきたのと違う状況になる』


 ――どういうことだ?


『おまえは、その反動でもうじき起きていられなくなる』


 ――はぁ?


『なに、心配することはない。体力と精神力が疲労から回復したら目覚める』


 ――そういうことは最初に言っておいてくれ。……あ、ホントに眠くなってきた……。


「ラダール……僕は少し休む……セレリアさんのところへ連れて行ってくれ……た……の……む……ね……」


 耐えられないほどの睡魔が意識を奪い、ラダールに抱きついてヒューゴは眠った。


『フッ、たいした奴だ。……我の身体をもうじき起こせるだろう……』

 

 士龍の言葉はヒューゴには聞こえない。

 ラダールはパリス等が逃走した方角へ旋回し、その大きく広い翼をゆっくりと羽ばたかせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る