帝都からの逃走

 皇太子夫婦、ガルージャ王国ならびにズルム連合王国の救出対象の方々を馬車に乗せ、ヒューゴ達はエル・クリストを離れていた。途中、何も妨害らしき行動が見られず、迎撃のため緊張していたヒューゴ達は拍子抜けした。

 だが、皇太子の救出にすら何も動きがなかったのはギリアムの目的を考えるとおかしすぎるとヒューゴもセレリアも感じていた。他の誰を監視していなくても皇太子にだけは目を光らせているはずなのに、王宮からもエル・クリストから出る時も何の動きもないのは不自然だった。


 帝都脱出の妨害よりも確実に皇太子の命脈を絶つ手段を行うとしたら……と集団の最後尾でヒューゴは考えていた。そして一つの考えに行き着いた。


「セレリアさん。僕等の本拠地への途中で伏兵を隠すとしたら……どこが良いと思いますか?」

「……レーベン山脈から出る街道の両脇にある森でしょうね」

「街道を通らずに、山脈を越えられる道はありますか?」

「敵襲があると考えてるのね?」

「はい。……皇太子を確実に亡き者にするために挟撃戦もしくは包囲殲滅戦を仕掛けてくるだろうと」

「こちらは、私の隊を含めても五十名居ないから……」

「そうです。多分ですが、数千名以上の部隊で包囲するつもりではないかと」

「なるほどね。そう考えればエル・クリストから脱出する際に何の動きもなかったのは理解できる。脱出の妨害に余計な人員をかけず伏兵に回したのね」

「他の融和派の領地も監視しているでしょうから、人員不足なのかもしれませんが」

「私達は南西方面へ移動している。ここからだとエル・クリストからイーグル・フラッグスの本拠地方面への街道しかレーベン山脈を抜ける道はないわ。かといって北側へ回っていては、別の部隊も派遣されて敵数が増える可能性が高くなる」

「……では、今は使っていない砦や廃城のようなものはないでしょうか?」


 ヒューゴの言葉を聞いてセレリアは少しの間考えていた。

 

「……もうしばらくこのまま進んでいくと海側に小さな森があって、そこの中央辺りに廃城があるわ」

「そこへ向かい、今夜はそこへ泊まりましょう」

「どうするの?」

 

 ヒューゴ達を包囲殲滅しようとするなら、レーベン山脈を抜けきらない辺りで進行方向を押さえ、進めない間に左右と背後から襲うのが一番成功率が高い。前後はともかく左右は登りになり逃げにくいから、そう考えるのが普通だ。だから、レーベン山脈に入る前にいろいろと準備をしておきたい。

 しかし、敵に情報を与えたくないので、敵の目が光っているかもしれない村の宿では都合が悪い。

 敵は、皇太子を含めてヒューゴ達を殲滅したいのだから、準備もしていない予定外の場所で襲い逃げられるのを嫌い、森の周囲を監視してヒューゴ達が出てくるのを待つ。


 ヒューゴの説明を聞き終えたセレリアは納得し、一行は小さな森の中にある廃城を目指した。

 

・・・・・

・・・


 翌日、ヒューゴ達は朝早くに廃城から出発し、昼過ぎにレーベン山脈を分けて続く道に入る。二頭立ての箱馬車三台の先頭にセレリア率いる二十名背後にパリス率いる二十名の騎馬兵が、前後に長く隊列を組んで護衛していた。

 両脇に木々を生やしたなだらかな山裾がある街道の道幅はヌディア回廊よりやや狭く、馬車がすれ違う程度には広いが三台並んでは通れそうもない。エル・クリストの状況が騒がしいせいか、人通りはほとんどない。

 隊列の周囲を監視するように馬で移動しつつ、ヒューゴとレーブは付き従っていた。


 夕刻近くまで何も問題はなく、ヒューゴ達の心中とは別に、このままレーベン山脈を抜けられるのではないかと感じていた者も一行の中には居たかもしれない。

 しかし、予想というものは悪いものほど当たりやすい。

 上空でラダールのグァアアアという声が聞こえてすぐに、両脇の森を抜けて隊列前方に一団が現れる。事前の打ち合わせ通り、セレリアが魔法防御魔法を箱馬車にかける。

 ヒューゴとレーブをセレリア隊と共に箱馬車の護衛に残して、パリスは隊員を率いて前方へ駆けた。二十名の隊員の先頭を駆けるパリスは強烈なオレンジ色の光を背中から放ち、馬上で剣を振り上げている。その光はパリスに続く隊員達を包みこんでいった。


 左右と後方に迫る敵兵を睨みながら、パリス達の様子をチラッと見てヒューゴはつぶやく。

 

を使ったか……。僕のことは知らされているだろうけど、パリスさんの力は知らない。敵もさぞ驚くことだろうな」


 は三つ牙の紋章を持つパリスの支援魔法。パリスが率いる集団全員から恐怖を取り除き集中力と士気をあげる。勇猛で集中している兵は強い。数にあぐらをかいている兵では持ちこたえられない突進力を持つ。わずか二十名であろうと、前方の敵集団がおよそ千名居ようと千切るのは難しくない。

 ましてパリスは鼓舞により、予測力と判断力まで底上げされる。全力ではないとはいえ士龍の力を使ってヒューゴが戦っても、パリスに一撃を与えるのは容易なことではない。そのパリスが鼓舞によって、その武力と指揮能力が上昇しているのだ。敵兵は、ヒューゴ等に気を回している余裕などない。


 気がかりがあるとすれば、パリスが熱くなって視野が狭くなることだった。パリスの父ダビドはその点を特に心配していた。だが、今回の戦いではヒューゴはさほど心配していない。

 昨夜の打ち合わせで、パリスの役割は敵の殲滅ではなく敵集団の分断だと念押ししてある。パリスが熱くなり敵の殲滅に動いたら、千切られ小隊化した敵兵を殲滅する役目のセレリア隊との連携が難しくなる点を理解しているはずだからだ。


 パリス隊が千切り、セレリア隊が潰し、その後を箱馬車の中からズルム連合王国の国王二人……三つ牙の獣紋所持者が魔法で残った兵を掃討しながら敵包囲を抜ける。

 ヒューゴを除く全戦力での一点突破が、数に劣るヒューゴ達の作戦であった。


 ちなみに万が一を考えて、皇太子夫婦はマークスに乗ってイーグル・フラッグス本拠地へ昨夜のうちに向かって貰っている。つまり箱馬車の一台には誰も乗せていない。中には油と酒を染みこませた枯れ木が詰まっている。

 パリス等が前方の敵に突進した後に残していく。その後一団が包囲網を抜けたあと敵が中を確認しようとする時を見計らって魔法を放って燃やす。街道の中央に燃えさかる物体があれば、街道を避け走りにくいけれど安全な山裾を通ろうとするだろう。多少なりとも追撃の足を遅くするためであり、進路を限定する方策だ。

 進路が限定され密集して移動してくる敵に範囲魔法を撃てば、効率よく敵の数を減らせる。

 

 それに……味方の逃走時間を稼ぐため、殿しんがりはヒューゴが務める。多少包囲されたところでヒューゴならば敗れるようなことはない。

 ただし、ヌディア回廊でルビア王国軍本隊を襲った時と異なり、前から来る敵だけに気をつけていれば良いという状況にはならない。四方から迫る敵を相手にする必要があり、体力と精神力の消耗と疲労はヒューゴと言えど無視できるものではない。短時間で効率よく敵を減らしていかなければならない。そうしないと、士龍の力を使うために通常より多く消費する体力や精神力の負担が大きくなり、逃走できなくなる可能性もある。


 実際、敵は数千名も居るのだから、途切れない攻撃を相手にどこまでやれるか、ヒューゴにも自信はない。魔法防御の効果がある防具を身につけているとはいえ、魔法攻撃が当たればヒューゴでもダメージを受けるため常時神経を張り巡らせていなければならないだろう。


 パリスが先行したのを見て、少し曇った空の下、ヒューゴも自分の役割を果たす覚悟を決める。

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