ギリアムとの対面
ラダールが持ち帰った手紙に書かれている内容から、パリス達は明日か明後日にはエル・クリストに到着する予定。セレリア隊の宿舎で、ヒューゴはセレリアと皇太子等の脱出作戦の詳細を詰めていた。
皇太子夫妻はレーブが、ガルージャ王国の王子はセレリアが、ズルム連合王国の王族達はヒューゴが、それぞれ救出してパリスが用意した馬車まで連れて行く。レーブの補佐は近衛兵が行うことになる。ヒューゴは最初、自分が皇太子夫妻を救出するつもりで居た。だが、日頃から一緒に居て王宮兵に顔も知られていて、王宮内の間取りも判っているレーブ達の方が自然に動けるから良いだろうということになる。
移動ルートの確認や王宮内の兵の動きなどを詳細に確認し、あとはパリス達の到着を待つばかりのところまで、ヒューゴとセレリアは詰めていた。
そんな二人のところへギリアムから夕食の招待が来る。
できれば敵情を掴んでおきたいという理由もあり、ヒューゴとセレリアは招待に応じることにした。
・・・・・
・・・
・
二人が招待されたのは、エル・クリスト郊外にあるギルアムが持つ別宅の一つであった。
ギリアムが用意した馬車から降りると、ギリアム家の
広々とした庭には椅子が用意されたテーブルが一つあり、ギリアムと奥方らしき婦人が座っていた。ギリアムの思惑が判らないまま、ヒューゴ達は毒でも入っていたらと用心しつつも、笑顔で食事をとる。
食後の酒がヒューゴ達のグラスに注がれ、これから仕事の話をするのだとギリアムが言うと奥方は家の中へ戻った。
「……さて、本題に入ろう」
ヒューゴとセレリアに視線を交互に送ってギリアムは口を開いた。表情は微笑んでいるが、瞳だけは鋭い。
「単刀直入に言うが……二人とも私の配下に入りたまえ」
ヒューゴとセレリアにはある程度想定内の誘いだったため驚く様子はなく答えも用意してある。
「閣下。私は帝国の軍人です。帝国軍の頂点にいらっしゃる閣下の配下に改めてなるという意味が判りません」
「……セレリア・シュルツ中尉ならばそう答えると思っていたよ。ヒューゴ君、君は?」
「僕は帝国民ではありませんし、なるつもりもございませんので、閣下の配下にはなれません」
フンッと鼻を鳴らし意味ありげな視線を向けてギリアムは訊いてくる。
「つまり……二人はこれからも私の敵にまわるということかね?」
「仰ることの意味が判りません。閣下が帝国の将軍であられる限り敵対することなどありえません」
「ここに至っても形式的な返答をするというのは……まぁ中尉の立場であれば仕方ないのか。で、ヒューゴ君は?」
「僕の身内や仲間に手を出されたら当然敵になります。その他は判りません」
セレリアはあくまでも立場に沿った形式的な答え、ヒューゴは答えとしてはつかみ所のない内容。どちらの答えもギリアムの求める答えにはほど遠い。
しかし、これらも予想の範囲内でギリアムにとっては面白くもない答えだった。
薄ら笑いとも苦笑ともとれる表情でギリアムは首を横に振る。
「二人とも面白みのない返答だ。ヒューゴ君、君のことは調べさせて貰った。
「保護というのはどういうことでしょうか?」
「言葉そのままだよ。隔離施設を作り、そこで仕事も食事も……生活に必要なものは全て用意しようじゃないか。
「そのようなことでしたら私だけでも可能なことです。取り引きの材料にもなりません」
「では逆に、味方にならないなら
ヒューゴのこめかみがピクッと動き、セレリアも何か言いたそうに口を開こうとした。
「挑発しても無駄です、閣下。その程度のことで僕が怒って暴言を吐くとでも? それとも恐れて、味方になると言うとお考えなのでしょうか?」
「フッ、挑発ではないさ。この大陸を制覇しようと考えるなら、ヌディア回廊を安全に通過できる体制は必要だ。
「共存するつもりはないと?」
「さてな。少なくとも現状のままでは無理ではないのかね? 君は私と敵対するつもりのようだからな」
「話の順序が逆でございましょう。閣下が大陸の覇を狙うから僕は……敵になるかは別にして味方にはなれないだけです」
話をすり替えての説得は無理と見て、ギリアムは本質的な問いをヒューゴに投げる。
「大陸統一のどこが悪いのかね?」
「この大陸にある勢力にもいろいろあるからです。既に、ここエル・クリストだけ見ても、閣下の方針に馴染まない勢力を排除しようとしているではありませんか。その姿勢が正しいとは思えません」
「統治のために必要なことだ」
「ですから、閣下の統治方針にということでしょう?」
「そんなことは当たり前ではないか。政治とは統治方針にそって行うものだからな」
「では何故、閣下の統治方針には賛成しない僕を味方にしようと考えられるのでしょうか?」
「ヒューゴ君が敵にまわるとやっかいだからだ。妥協も政治だよ」
「そこです。敵にまわるとやっかいだからと僕を懐柔しようとする。では、僕と同じ考えの人が、閣下にとってやっかいでなければ排除という形をとるのでしょう。何故懐柔しようとしないかといえば、閣下にとって楽だからに過ぎないではないのですか? 懐柔するか、それとも排除するか、その違いは閣下の力量に左右されている。閣下の力量が僕を簡単に排除できるものであれば懐柔など考えやしない」
ヒューゴの主張に苛つきを感じ始め、ギリアムから余裕ある態度が消えている。
「何が言いたいのだ?」
「排除される方達が、大勢の民のためではなく、閣下の力量や資質次第で決まるというのはおかしいということです。それは国と国との間でも同じことでしょう」
「つまり君は、私が君を排除するのが面倒だから懐柔していると考えているのだね?」
「そうです。僕のことを調べたのでしょうからご存じでしょう。昔は
忌々しいと言いたげに、ギリアムはチッと舌を鳴らす。その後、目を逸らさずに見つめているヒューゴを見返し、話の方向を変えた。
「……君には力がある。どうして……それを使って権力などの他の力を求めないのだ?」
「穏やかに暮らせればそれで満足だからです」
「君が力を持って、大勢の人達に穏やかな暮らしを与えれば良いではないか。そうしないのは無責任ではないのかね?」
「家族や仲間が望むなら、できるだけのことはします。困っている人が居れば力を貸します。しかし、自分に力があるからといって、誰からも望まれていないのに大勢の人達に何かを与える……などというのは傲慢なだけです」
「私は傲慢だと言いたいのだね?」
「僕がそう思っているだけです。実際のところは判りません」
「……まぁ良い。どうやら君とは折り合えないようだ。……セレリア中尉、ヒューゴ君を私兵として頼りにしているのだから、君も彼と同じ考えと見てもいいのだね?」
「ヒューゴと私の考えが同じとは限りませんが……これ以上は敢えて言うことではないと思います」
「……判った。私は私の選んだ道を進む。……次に会うときは……ああ、確かにこれ以上口にするのは無粋だな」
ギリアムが立ち上がり、セレリアとヒューゴも立ち上がる。
「今日の君達は客だ。帰りの心配はいらない」
そう言うとギリアムは振り返ることもなく家の中へ入っていく。家令が入れ替わりで出てきて、セレリア達を馬車まで案内した。
車内で二人になり、ヒューゴは窓の外を眺め怪しい動きがないことを確認してセレリアに言う。
「ああは言っていましたが、闇討ちなどで狙ってくるかと思っていました」
「皇太子にはしているから?」
「ええ、セレリアさんと僕だけですからね」
「失敗して……自分が狙われる理由を私達に与えたくなかったのでしょうね」
「……なるほど」
二人が帰路へついているとき、ギリアムは私室で待機していた将校の一人に命じていた。
「……次の作戦を始めろ」
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