帝都のヒューゴ

 人口三十万を超える帝国最大の都市エル・クリストは、ガン・シュタイン帝国の首都であり、文化と経済の中心。馬で一日程度の距離には多くの……数千から数万の人口の村々があり各貴族の領地となっている。エル・クリストを中心とした豊かな平野南西部には、比較的標高の低い山々が連なるフリーデン山脈がある。東から北にかけての平野部を越えると海に突き当たる。

 ウル・シュタイン帝国皇帝クリスティアン・マキシム・フォン・ロードリアが定めたセリヌディア大陸東部から大陸全体に帝国の威容を示す帝都である。

 

 ヒューゴはレーブを伴いセレリアと共に、エル・クリストへ訪れている。

 依頼された魔獣退治を一日で終え、ギリアムとの初の面談は済ませ、ゼナリオの王太子アレハンドラ・アル=バブカルとの懇談も終わり、今日で滞在四日目。予定されていた用を全て終えたら、レーブを皇太子の護衛に残してヒューゴだけは本拠地へ戻れるはずであった。

 だが、ヒューゴの帰還を許さない状況がエル・クリストにはある。

 

 エル・クリストとその周辺の村々で、領土拡大派による融和派への騒動が生じていた。融和派に属する貴族の領地では領民の一部が暴動を頻繁に起こし、領主貴族は領地の治安維持に忙殺されている。また融和派に近い職人ギルドや商会への圧力……仕事の妨害も生じ、状況が過激化した場合は内乱へ向かう空気が日ごとに濃くなっている。


 セレリアの治めるシュルツ家領地はフリーデン山脈を越えた西側にあり、今のところ騒動とは無縁。だが、現状の動きが拡大していけばと考えると他人事と無視することはできない。また、融和派の苦境を無視するつもりなどセレリアにはない。


 ギリアムから来る……現状を思えばどうでも良いと言える些細な仕事がなければ、融和派貴族達と相談しあって騒動の鎮圧を手伝っているはずである。エル・クリストと周辺の魔獣生育地域調査など、ギリアムの直接指示でもなければセレリアがすべき任務ではないのだ。

 セレリアが自由に動けないので、融和派貴族からの依頼にヒューゴが動いている状態だった。

 

 ここでも問題はある。

 各領地で生じた騒動鎮圧に向かえられればヒューゴにとっても楽なのだ。だが、融和派は最初からは武力を用いないという姿勢があり、それが領民に支持されているために暴動鎮圧には話し合いでの対応が主になる。騒動鎮圧ではヒューゴの出番はほぼ無いのが実情だ。


 ではヒューゴは何をしているかと言えば、エル・クリストに滞在するガルージャ王国からの人質カスルーア・アル=アリーフと、ズルム連合代表国ゼナリオおよびアスダンの国王一家をエル・クリストから脱出させるための準備を整えている。これは帝国皇太子シルベストからの依頼で行っていた。


 拡大派ギリアムが皇帝となった場合、周辺諸国への要求や締め付けが厳しくなると予想されている。その際、人質になりうるカスルーアが居るとガルージャ王国は抵抗できないだろう。また、ルビア王国属領となっているズルム連合王国には当面手出しできないが、将来的にはガルージャ王国と同じ状況になる可能性がある。その際に利用されないために手を打っておこうというのだ。


 ギリアムから依頼された魔獣討伐は、ベネト村の猟師であれば一人もしくは二人居れば十分対応可能な内容であり、ヒューゴをエル・クリストへ呼び出すのが本来の目的と判っていなければ受けない仕事であった。簡単な仕事だと判っていたために、イーグル・フラッグスの隊員は連れてこなかった。それが失敗だった。

 

 カスルーア達を脱出させる際に必要となる人員が居ないため、早めに動くことができずにいる。


 ――今更後悔しても仕方ない。とにかくパリスさんに隊員を連れて来てもらわなければ……。


 ヒューゴは、予定している任務の内容を詳細に記した手紙を持たせて本拠地へラダールを送る。

 ラダールならば三日もあれば本拠地へ届けるだろう。パリス達がエル・クリストに到着するのはおよそ十五日後になると予想し、それまでの間にエル・クリストの状況を調べることとした。


 王宮内の情報収集はレーブに任せ、ヒューゴはギリアムに用意された宿を拠点として、貴族達の勢力や関係、そしてこのところ生じている騒動の実情を調べていた。


 ここまでで判ったことは、格の高い貴族には融和派が多く、それ以外の貴族には領土拡大派が多いと言うこと。融和派は現状維持派であり保守的な性格の貴族が多い。その理由は既得権を維持したいという気持ちがある貴族が多いのだろうとヒューゴは感じている。

 新興貴族に領土拡大派が多いのは、逆に、既得権打破もしくは新たな既得権を手に入れたい貴族が多いからとヒューゴは感じていた。


 いろいろと調べてみると、固定化された社会に不満を持つ者はギリアムに対しての期待が大きいということが判る。無紋ノン・クレストとして既存の社会では貶められてきたヒューゴには、ギリアムを支持する者達の気持ちは判る。

 だが、亡くなった前皇帝フランツ・シュテファン・フォン・ロードリアの治世は、ルビア王国と比較すると温和であり開明的な姿勢であった。階級間の移動や婚姻、経済的格差の是正、既得権の緩和など、急進的な対応こそ避けてはいたが、多くの面で緩やかな変化を進めていた。

 つまり、過度な不満や強い軋轢のない治世であったし、長い目で見ると将来に希望がある施策をしていたと言える。


 そう考えると、短期間で利益を得ようとするこらえ性のない者達がギリアムを支持し、領土拡大派に加わっているとヒューゴには見えた。変化を急ぎすぎる姿勢がセレリアには危険に見えるのだろうとも思えた。


 ――変化を急ぐべき面と急がない方が良い面を分ければいいだけのように思えるな。でも、きっと難しいことなんだろう。問題は、視点をどこに置くべきかということなのだろうが、政治に関わっている貴族の視点には、正直どちらにも期待できない。


 戦争は極力避けるという点では、ヒューゴはセレリアに基本的には賛成だ。ルビア王国が自領の外へ出てこないならば、私怨を抑えて様子見に徹してもいい気持ちはある。ルビア王国以外には領土拡大の意思は見られないのだから、融和派の方針に賛成でもある。

 その点では、大陸統一による平和を求める領土拡大派と、ヒューゴの見方は異なっている。

 対ルビア王国に関しては、積極的に攻撃の意思を見せるべきとも考えているので、融和派とも異なっているのだが。


 ――今の体制のままでも問題はあるだろう。でも領土拡大派には無紋ノン・クレストを含めた庶民の生活改善の視点がない。そう考えると、対ルビア王国だけでなく国内治安の面でもセレリアさん側に立ったほうが僕には都合が良いな。

 ……体制を変える……か……どうしたらいいんだろうな……。まあ、今の僕にはどうすることもできない話だ。

 当面は、何かあっても動きやすいようにしとくしかないよな。



 求める社会像が見えない中、ヒューゴはレーブからの報告を待つ。

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