第八章 覇と和と
帝国内の変化
ガン・シュタイン帝国現皇帝フランツ・シュテファン・フォン・ロードリアが四十歳で即位して二十五年、帝国の方針は融和を基本としていた。国家間、身分階級間、国民間等それぞれの融和による外交および統治を旨とし、他国にはない統龍二体による資源生産を生かした豊かで平和な国家運営している。
ルビア王国のような利害反する国家とでも極力争いを避け、領土拡大路線とは距離を置いてきた。
先のガルージャ王国との争いの後も、国内の資源を確保した上ではあるが、物資を提供して食糧確保に難が生じがちなガルージャ王国国内の食糧事情の改善に協力している。貴族階級と平民階級の間で生じがちな権利確保での衝突も、既得権を尊重しつつも双方に損が生じないよう調整し、職種で異なる利害の平均化を志していた。
どのような体制であっても、不満を持つ者は存在する。現体制でももちろん不満や息苦しさを抱える者は居るが、他の時代と比べると比較的少ないと言えた。
だが、数が少ないというだけでは安定した国家を維持できない。
特に権力欲と野望に溢れる者が権力を持っているとき、大勢の意思などとは無関係に国家は乱れがちである。
……新帝国歴三百六十三年、比較的穏やかだったガン・シュタイン帝国に影が射そうとしていた。
皇帝フランツ・シュテファン・フォン・ロードリア崩御。
この報が明らかになったとき、ガン・シュタイン帝国は皇位継承闘争が生じた。
◇ ◇ ◇
新帝国歴三百六十年第一次フルホト荒野迎撃戦以降、ルビア王国による帝国侵略の動きはない。時折、帝国海岸部の村で大陸西側に生息する魔獣の出現はあったが、大きな事件にはならずに済んできた。
ヒューゴの傭兵隊、イーグル・フラッグスは隊員数も百名と大幅に増えた。帝国軍であれば中隊規模のうち小さな隊程度までの組織となっている。隊員の八割はガルージャ王国出身で、残りはヒューゴの傭兵隊で働きたいと個別に申し込んで来た者達で構成されている。
隊長はヒューゴ、副隊長にパリスとイルハム、第一小隊はレーブ率いる騎馬隊、第二小隊はダニーロ率いる魔法術士隊、第三小隊はフレッド率いる弓兵隊、第四小隊はケーディア率いる騎馬隊。
パリスとイルハムにはそれぞれ十名の直轄兵がいる。パリスは騎馬隊、イルハムは歩兵隊。
第一小隊は三十名、第二小隊は十名、第三小隊は二十名、第四小隊は二十名。
隊の編成は、戦争時を睨んで一応の形をとっているが、日常は任務によって個別に編成して対応している。
第一次フルホト荒野迎撃戦を終えたあと、イルハムとレーブが戻ってきた際、セレナが事前に予想していた通りに数十名の傭兵隊参加希望者がガルージャ王国からやってきた。当初二十名程度分しか用意していなかったため宿舎が足りず、大急ぎで追加工事を発注することになった。
イーグル・フラッグスは通常、帝国軍からの……セレリア経由がほとんどだが……魔獣退治や賊の討伐を請け負い、隊の運営費を稼いでいた。だが、更に多数の隊員確保を目指すなら資金源は必要というセレナの提案に基づき、行商人や村の警護も請け負っている。
サーラとカディナは、ヒューゴの希望に反してイーグル・フラッグスの本拠地に戻ってきた。サーラは今年十二歳になりカディナは十五歳になる。隊員の大幅増により宿舎や訓練施設の掃除や食事の用意、ラダール達の面倒などで本拠地で一番忙しいのは彼女達ではないかという状況。
だが、隊員達から娘や妹のように可愛がられ、最初は人見知りが激しかったカディナも笑顔をしばしば見せるようになっているし、サーラはどこに居ても楽しそう。そんな状態なものだから、ベネト村へ戻って……とはヒューゴも言いづらく、彼女達の仕事が軽くなるようにと同じ年頃の男の子か女の子を探す毎日だ。
今日はセレリアからの依頼を、ヒューゴとセレナは聞いている。
「……というわけで、帝都周辺を騒がせている魔獣退治をお願いしたいの」
「それは構いませんが、今日はわざわざここまで来たのはどうしてなのですか?」
アーテルハヤブサによる連絡網がセレリアとイーグル・フラッグスの間にはある。セレリアがイーグル・フラッグスの本拠地まで来るには一日半もかけて馬で来る他はない。連絡網を使えば一日で四度は情報の受け渡しができるのだから、自身で来るのにはそれなりの理由があるはずだ。
「ギリアム閣下からの依頼をとうとう断り切れなくなったの」
「……以前からの?」
ヒューゴの顔を一度見たいとギリアムが望んでいるということは、パトリツィアからもセレリアからもヒューゴは聞いていた。
誰も敢えて口にしないけれど、これまでのセレリアへの過度に抑制的な対応の裏にはギリアムが居るというのはセレリア隊とイーグル・フラッグスにおいて暗黙の了解であった。ゆえに、ヒューゴ等はギリアムとの面会を避けてきたのだ。
「そう。今回の依頼もギリアム閣下自らが私宛で……イーグル・フラッグスのヒューゴに依頼せよと来たものなの」
「ということは、僕自身が出向かなければならない?」
「そういうことね。私もパトリツィア閣下もここまで断り続けていたし、聞こえないフリをしてきたのだけれど、もう無理なの」
「無理というと?」
「ズルム連合王国のゼナリオとアスダンの国王ご夫婦をルビア王国から助けたでしょう? あとゼナリオの王太子もね」
「ええ、それがどうかしましたか?」
「皆さんは帝都に滞在されているのだけれど、ヒューゴにまだお礼していないからどうしてもと仰られて、それをシルベスト・シュテファン・フォン・ロードリア皇太子がお許しになられたの」
皇帝フランツ・シュテファン・フォン・ロードリアの急な崩御の後、シルベスト・シュテファン・フォン・ロードリア皇太子が皇帝に即位すると一般的には思われていた。しかし、前皇帝の異母弟であるギリアム・ザッカルム・フォン・ロードリアと元老院が、皇太子が
近々早急に次期皇帝を定めねばならず、現在の帝都はシルベストを推す親皇帝路線融和派とギリアムを推す反皇帝路線拡大派による水面下の争いが生じていた。
そのような状況下だから、遠縁とは言え皇室の血筋を持ち、皇位継承式の際には列席し継承承認する立場のセレリアも、帝都に赴く際には身辺に十分の注意を払う必要がある。状況が落ち着くまで親皇帝派のセレリアはもちろん帝都に赴きたくなどない。
しかし、皇太子自らが許可した要望に応えないわけにもいかず、ヒューゴを伴って帝都へ行こうというのだとヒューゴは理解した。
「セレリアさんが承諾した理由はそれだけですか?」
「……シルベスト皇太子を守りたい」
「そうだと思いました」
「……ギリアム閣下は覇を目指すという。大陸の統一によってな。だが、歴史上それを為し得たのは、クリスティアン・マキシム・フォン・ロードリア……ウル・シュタイン帝国初代にして唯一人の皇帝しか居ないの……」
思い悩む表情でセレリアは説明を続ける。
大陸は広く、様々な民族が住み、各民族の価値観は異なる。様々な集団の利害は対立し、クリスティアン皇帝が没したあとすぐウル・シュタイン帝国は分裂した。
皇龍紋の力で全統龍に命令を下したと言われるクリスティアン皇帝のみが為し得たことを、ギリアム閣下は自分にも可能で、そして大陸統一しなくてはガン・シュタイン帝国の真の平和はないという。
ギリアムの考えを理解できないこともないが、セレリアには納得できない点がある。
大陸統一した状態をどのように維持するかが判らない。
ルビア王国を作ったロマーク家がウル・シュタイン帝国から離れたのは、クリスティアン皇帝が亡くなった後に地域ごとの経済的事情を考慮しない税制が理由だったと言われている。
地域や民族ごとに差があるのは風習によるものもあり経済面だけではない。
統一という名の下にそれらを無視したり軽く考えた統治は、再び亀裂を産み争いになる。
統一に必要とする様々な犠牲の大きさを考えると馬鹿馬鹿しい結果だ。
だから統一維持の方策に納得できないなら、現状の融和方針を継続し、問題が生じるごとに少しずつ修正していくべきとセレリアは考えているという。
「……現在の方針を維持していくためには、シルベスト皇太子に皇位を継いでもらう方が良い。だから、皇位継承争いの先がどうなるかは判らないけれど、誰が皇帝になろうとも皇太子を失うわけにはいかない。だから……」
「でも、皇太子には護衛が付いているでしょう?」
「ええ、でも、護衛兵だけでは心許ない状況になりつつある気がしているの」
「んー、それでは皇太子には僕のような田舎者ではなく、レーブさんを護衛として派遣するのではどうでしょう? あ、ギリアム閣下には会いに行きますよ。逃げられそうもないようですし……」
王宮内などの貴族と接触する機会が多い場所でも護衛するとなれば、それなりの態度が求められる。礼法などに詳しく護衛の実力もとなるとイルハムかレーブが適任。ヒューゴが留守にしている間は隊長代理はパリスかイルハムに務めて貰うことを考えると、パリスより自制的なイルハムには本拠地に居て貰うべきだし、第一小隊の隊長代理はパリスに務めて貰えば良い。ヒューゴはそう考えレーブを推した。
「レーブさんね。助かるわ」
レーブの
……ヒューゴとレーブは、セレリア隊に伴って帝都へ向かうこととなった。
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