幕間(標的)
ルビア王国軍北東方面軍司令グルシアス・ラメイノクは、アウゲネス・ロマーク国王へ敗戦の報告を行った後、宰相ディオシス・ロマークの執務室へ呼び出されていた。
今回の戦いの意義を事前にディオシスから説明されていたアウゲネスは、敗戦の割に損失した兵数が極端に少なかったこともあり、グルシアスの労をねぎらっただけで叱責等はなかった。
グルシアスは、国王へは感謝の気持ちしかない。しかし、目の前で机の上で手を組んで彼を上目目線で見ているディオシスには嫌悪感を覚えている。確かに、敵の悪鬼による本隊後背の襲撃によって、ルビア王国軍本隊は何をするためにヌディア回廊を通過したのかという状態に陥った。だが、悪鬼の襲来がなくても、魔獣の集団を率いたとはいえ火竜に対抗する術をもたない陣容での侵攻にはそもそも無理があった。
その程度のことくらいディオシスなら理解しているはず。
なのに作戦を強行し、今もグルシアスに敗戦の将としての態度を求めているようで、顔をしかめずにいるよう努めるのに必死にさせられている。グルシアスは嫌悪感を感じないでいられるはずはないのだ。
「今回はご苦労だった。国王陛下も仰っていたように、想定よりも兵の被害が少なく済んだのは、貴殿のおかげだ」
「ハッ。敗戦の責を問われるべき立場の我が身に過分なお言葉ありがとうございます」
「それで、貴殿を呼んだのは、今回の作戦で勝利するために足りなかったものは何かという点だ」
「それは火竜に対抗するための屠龍ではないかと考えております」
屠龍を準備しないディオシスの作戦案への批判に思われるようなグルシアスの返答を聞き、少し眉を寄せてからディオシスは言葉を続ける。
「ふむ。それもそうだろう。だが貴殿の報告では、本隊背後を襲撃されたことが撤退の根拠だったと思うのだが」
「ハッ」
「ということはだ。仮に屠龍を前面に置いた布陣であっても、本隊の撤退は時間の問題ではなかったのかな?」
「そうなります」
「貴殿の報告では、悪鬼なる者は鷲に乗って背後に出現し、彼の者の前に立つ我が軍の兵士を全て倒した……とある。ならば、悪鬼なる者への対抗手段が必要ということではないか?」
「はい。ですが……一般兵はもとより、魔法を使用しようとすると先に倒されてしまい、また回廊の狭さ故に包囲することもできず……私には対応策が浮かびません」
ディオシスに対して弱みを見せるのは悔しい。だが、悪鬼の戦闘の様子を見たグルシアスには、対抗策がまったく浮かばなかった。
「悪鬼の背後に戦力を用意できたら……どうかね?」
「悪鬼が現れた後にということでございますか?」
「その通りだ。最初から配備していたら、背後に入られてしまうだろう?」
「しかし、彼の者は鷲に乗って空中を移動できます」
「ふむ、そうだったな。空中にも魔獣を用意したら大丈夫かね?」
空中に逃げられないなら、兵数に勝るこちらは悪鬼の疲労を待てば良い。時間はかかるかもしれないが、あの悪鬼を排除できればルビア王国軍の行動の自由に幅ができ、戦術を選ぶ余裕もできる。
「あるいは……」
「判った。ありがとう。現場を見た貴殿の意見が聞きたかったのだ。次の作戦はしばらくないと思われるが、いつでも出撃できるよう努めていてくれたまえ」
微笑むディオシスに敬礼し、グルシアスは執務室を出て行く。
部屋にディオシスのみとなると、ヒュドラが脳内に語りかけてきた。
『海からの方はどうなったのだ?』
「向かっているところだ。どうなるかはこれから判る」
『それとお前がこの地にいる限り、魔獣を操れる距離はグレートヌディア山脈あたりまでのようだな』
「ああ、それとウルム村へ送ったギャリックサーペントの一体が産卵のために指示に従わなくなった」
『それは近くても一緒の結果になっただろう。種族維持本能に対抗しえるほどの拘束力は、いかに魔獣紋といえど持っていない』
「ということは、送り込む魔獣の数を増やさないと、作戦の役に立たないかもしれないということか」
『デザートジャッカル程度ならば数千頭拘束できるが、ギャリックサーペントなどの生命力の強い魔獣であればあるほど命令に従わせられる数は少なくなる』
「水棲魔獣だと一体……。意外と不便だな」
『どのような力も使い方次第であろう』
「まあな。いいさ。今回試してみて判ったことを最大限利用するさ」
空中で戦える魔獣はいる。
ヘルリンドという大きな翼を持つトカゲだが、その数は少なく、ルビア王国国内で二十頭程度だ。
ギャリックサーペントと比べると小さいが、大型魔獣にははいる大きさ。強靱な両腕両足と顎を使って獲物を襲う。飛行速度は鳥と比べるとかなり遅い。だが、上空から地上の標的を襲うのならさほど問題にはならない。
――あとは実験だが……ギャリックサーペントのように敵地で行えば早めに対策されてしまう。仕方ない。魔獣捕獲で使ってみるか。
実験ではなく今後の本格的侵攻では魔獣の種類を増やして利用するつもりであった。ディオシスは国内の魔獣を捕獲させ、侵攻軍に組み入れる際に意識を支配している。魔獣使いの力を常時使用するわけにはいかないが、実験のためと割り切った。
――次は……悪鬼なる者……士龍を倒すことに集中する。そうすれば統龍紋所持者同士の衝突を再び起こせるしな。しばらくは力を溜め、準備が整ったら一気に……。
ほくそ笑むディオシスの瞳の先には、まだ見ぬヒューゴの姿が捉えられていた。
◇ 第七章 完 ◇
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