相談(第一次フルホト荒野迎撃戦)


 洞穴に卵があったことと、ギャリックサーペントの退治を終えパブロ村長に報告する。今後もギャリックサーペントがルビア王国軍により送られてくる可能性を考え、ウルム村周辺の巡回を強化するようヒューゴとパブロ村長は決める。

 他には、協力体制を早めに作るため、パブロ村長自らがベネト村へ赴くこと、伝書ハヤブサ……小型で黒く二つの地点を覚えさせるとその二ヶ所を往復するようになるアーテルハヤブサによる連絡網をイーグル・フラッグスとベネト村、そしてウルム村で作ることなどを話し合った。


 パブロ村長との話し合いを終えたヒューゴは、怪我中のケーディアが休んでいる治療所へ向かう。治療が済み訓練に耐えられる体力が戻るまで、ウルム村で静養するよう伝えた。


 ――傭兵隊を組織しているのだから、こういった怪我や病に対処する仕組みも必要になる。本拠地にも治療魔法を使える鳥紋所持者が欲しいし、ベネト村かウルム村に静養所もあれば助かるな。


 そう考え、後ほどセレナと相談するとヒューゴは決める。


 宿へ戻りパリス等と合流後、フレッドとアンドレ、そしてダニーロは馬でバスケットへ向かうよう指示し、ヒューゴとパリスは先にセレリアのところへ行くことを伝えた。


「三人はゆっくり戻ってきていいからね。どのみちセレリアさんとこれからのことを決めないとイーグル・フラッグスの今後も決められないから」


 ヒューゴとパリスはウルム村を離れ、セレリアのもとへ飛ぶ。ルビア王国軍が撤退した以上、帝国軍本隊も撤退するだろう。セレリア隊も一緒に、ヌディア回廊近辺からは離れている。

 といっても、先日撤退を始めたはずなので、ラダールとマークスならすぐ追いつく距離を移動しているはずだ。


 作戦を一通り終えたヒューゴとパリスは、落ち着いた気持ちで相棒達との飛行を楽しむことができた。


・・・・・

・・・


 ヒューゴの予想と違い、帝国軍本隊はその多くを撤退させていたが、ルーク・ブラシール南西方面司令の司令部の一部とセレリア隊はヌディア回廊そばに残っていた。


 作戦の結果報告のためセレリアのテントへヒューゴとパリスは訪れる。

 テントの中にはセレリアとヤーザンが居た。ヤーザンが戻っているならウルム村方面のルビア王国軍別働隊の件は伝わっていると、ウルム村のギャリックサーペント退治について報告した。


「ウルム村防衛は帝国には直接関係ないのに、ヤーザンさん達に手伝って貰って申し訳ありません。とても助かりました。ありがとうございます」


 頭を下げて感謝するヒューゴにセレリアとヤーザン二人の青い瞳が向けられる。


「いいの。ガルージャ王国では助けられたしね。それに、帝国内に侵攻してきたルビア王国兵を捕えるのは私達の仕事。だから任務の範囲内。ルーク司令の許可も貰ってのことだから気にしないで」

「ええ、パリスさんのおかげで私達はとても楽でした。下山してきた敵兵は戦意を喪失していましたので、戦いにもなりませんでしたよ」

「そう言っていただけると気持ちが軽くなります」


 セレリアとヤーザンの微笑みを見て、ヒューゴも横のパリスと顔を見合わせてホッとした笑顔を浮かべた。


「それより、ギャリックサーペント……だったわね。その蛇型魔獣はグレートヌディア山脈に生息していない魔獣なのね?」

「はい。詳しい人の話ですと、大陸西部の南側にいる魔獣のようです」

「だから、ルビア王国が魔獣を送り込んできたと考えているのね?」

「その通りです。もともとグレートヌディア山脈には居ないギャリックサーペントが十体もウルム村周辺に現れて、その上十体一緒に襲ってくるなんて不自然です。群れで襲う種類の魔獣なら判りますが、ギャリックサーペントは群れない種類のようですし」

「帝国軍本隊も魔獣を引き連れていましたし、ルビア王国は魔獣を戦争の道具に使うようになった……そう考えて間違いないようですね」


 ヤーザンの言葉に、その場の全員が頷く。


「敵軍が連れてくる分には、対応はそう難しくない。でも、今回のギャリックサーペントのように魔獣だけを送り込んでくる場合は面倒なことになりそうです」

「そういうことになるわね。どこに現れるか判らないんじゃ、対応は後手に回る。今回はたまたまウルム村で、防衛の準備があるところだったから被害はさほどでもないようだけれど……」

「その通りです。帝国内の一般的な村や街なら、ベネト村やウルム村のような体制はありません」


 ヒューゴの指摘した事実の深刻さにセレリアとヤーザンの表情が曇る。


「ただ、気付いた事が一つあります。送り込める場所というか、距離というか……には限界があるように感じました」

「どういうこと?」


 ヒューゴは一体が産卵のために、ウルム村襲撃から離れたことを考えていた。産卵の時期に差し掛かっていたなら、他のことよりも産卵に集中するはずなのに、ウルム村を一旦は襲うために近づいてきた。

 つまり、ギャリックサーペントへの指示は、ウルム村を襲えというもののはず。ところがその指示に従わずに産卵に入った。指示した者からの距離が遠くなるにつれて、魔獣は従わなくなるのではないかとヒューゴは考えている。


「敵の中に、魔獣を使える者が居るのは確実だと思います。しかし、その者から遠く離れると、魔獣はその指示というか命令に従わなくなるのではないかと」


 この考えに至った理由をヒューゴは説明する。聞き終えたセレリアはヒューゴの予想に頷き、そして重苦しい声でつぶやいた。


「でも、魔獣使いが帝国内に入ってきたら……」

「そうです。多分、どこにでも送り込めるのではないかと考えます」

「魔獣使いが誰なのか特定しなくちゃならないのですね?」

「はい。一人なのかもっと居るのかは判りませんが……」


 一人か複数かと言ったが、現実的に考えると一人だろうとヒューゴは考えている。

 イルハム等幻獣使いは三つ牙の獣紋所持者の中でも希少だ。それでも幻獣使いという力は広く知られていて、失われた紋章ミッシング・クレストというわけではない。

 ところが魔獣使いとなると、強力な力にもかかわらずまったく知られていない力だ。とすると、多分、失われた紋章ミッシング・クレストの一つだろう。

 そんな力を持つ者が二人も三人も居るはずはないとヒューゴは確信していた。


「パトリツィア閣下とも相談して、何か対策を考えなければならないわ」

「ウルム村だけじゃなく、他の村でも見慣れない魔獣に襲われたところがないか知りたいですね」


 セレリアとヤーザンの意見に頷き、ヒューゴはもう一つ提案する。


「ウルム村とベネト村、そして僕等の本拠地の間にアーテルハヤブサを利用した情報共有網を作るのですが、セレリアさんとも作った方が良いと思うのです。どうですか?」


 アーテルハヤブサの飛行速度は、ドラグニ・イーグルとほぼ同じ。誰も乗せていない状態なら、ラダールはベネト村からウルム村まで朝食後に飛び立てば昼前には到着できる。馬で移動したら飛ばしても片道三日から四日かかる距離を一日で往復できる。ベネト村からヒューゴ達の本拠地までも一日で往復可能だ。

 往復する場所を覚えさせるのに一月ひとつきほどの訓練が必要だが、身体は中型の鳥より多少大きい程度で必要な小屋も小さくて済む上に餌もそう多くなくて良い。

 アーテルハヤブサを利用すれば毎日連絡可能になる利点に比べ、飼育する負担はさほど大きくないのではないかとヒューゴは言う。


「そのハヤブサは、グレートヌディア山脈に生息しているの?」

「南側には居ません。ですのでベネト村では利用していなかったんです。ですが北側には生息していて、ウルム村では北グレートヌディア山脈に以前あった村々とは連絡で使っていたとのことです」

「今のところ遠距離間の連絡は、馬を利用した伝令か、統龍紋所持者が竜達の意思伝達を利用したものです。統龍紋所持者を除くと、相当の日数をかけていますので、ヒューゴ氏の提案に私は賛成です」

「そうね。私の隊だけなら、どこからの許可も要らないからすぐにでも導入しましょう」


 ウルム村に問い合わせ、アーテルハヤブサの数をどの程度用意できるか確認するとヒューゴは決める。

 他に報告することはないか確認し、ヒューゴとパリスはセレリアのテントから出る。


「ねぇヒューゴ」

「ん? なんですか?」

「イーグル・フラッグスの人数……急いで増やしていきましょう」

「どうしたんだい? 増員はもちろん考えているけれど、信用できる人物か慎重に見極めないと」

「それは判ってる。でも、今回思ったんだけど、ヒューゴはできるだけ前戦で戦わない方がいい」

「そう考えた理由があるんでしょ?」


「ウルム村方面の対応なんだけど、今回は仕方ないけれど、ギャリックサーペントを退治するのはやっぱり別の人に任せられるようにしなきゃダメだと思う」


 ヒューゴは一人で対処できた。だが、同じ事を複数の人数でこなせるようにならないと、ちょっと強敵が現れただけでそこにヒューゴが縛られることになる。今は人数が少ないからどうしてもヒューゴに頼む機会が多い。だが戦局全体を見られるヒューゴが個別の敵の相手をしなくてはいけないのは、将来問題になりそうな気がするとパリスは言う。


「どうしてもヒューゴじゃなきゃダメって時はあるだろうけれど、そういう機会を減らせるようにしなくちゃダメなんだわ」

「んー、そうかもしれないね」

「私も一つの任務をヒューゴに頼らずにこなせるよう勉強する。イルハムやレーブなら今でも任せられるでしょうし。だから、増員を積極的にすすめていきましょ」


 判ったよと答え、ベネト村からセレナが戻ったら、彼女の意見も聞いてからきちんと決めようとヒューゴは自分のテントへ向かった。

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