洞穴での魔獣退治(第一次フルホト荒野迎撃戦)
フレッド達が紹介した飲食店で、パリスからルビア王国軍別働隊の報告をヒューゴ達は聞いた。
パリス達の断続的な攻撃で敵の兵数が二百名近くまで減り撤退していったので、麓でヤーザン達と挟撃したという。生き残った敵兵は、ヤーザン達が捕縛し連れて行ったとのこと。
ヒューゴ達の情報も伝えながら皆で夕食をとる。
「……明日、ダニーロは僕と一緒に洞穴の奥へ入って貰いたい。ギャリッグサーペントの残りを退治する。それと、洞穴がどこまで続いているのか、可能なら調べたい」
パリスには、フレッドとアンドレと協力して、ウルム村周辺をマークスに乗って巡回して貰いたい。ギャリッグサーペントは居なくても、他の魔獣は居る。ウルム村の壁の修理などの際に、村人に危険がないようにして欲しいとヒューゴは伝えた。
「フレッドとアンドレにも巡回して貰い、マークスに慣れて貰いたいからちょうどいいわ」
哨戒と偵察する際、ラダールやマークス等ドラグニ・イーグルに乗って行うと広範囲の探索に便利だ。ヒューゴとパリスだけが乗れるのと他の隊員も乗れるのでは、作戦の人員配置に違いが出る。
パリスはこの機会を利用してフレッド達二人に慣れて貰うと言い、ヒューゴもフレッドとアンドレも同意した。
治療に専念して貰うケーディアを除く隊員の予定を決め、ヒューゴ達は明日に備えて休む。
・・・・・
・・・
・
松明で照らされる洞穴は、前日と同じく入り口から少し入っただけで真っ暗な空間。松明の灯りが届かない奥の様子はまったく判らない。ヒューゴが前を歩き、ダニーロは後に続く。
「もうじきケーディアと出会ったあたりだ。そこから先に入ると、ギャリッグサーペントがいつ襲ってくるか判らないと用心したほうがいいだろう」
松明を持たないヒューゴの手には槍がある。昨夜、矛先をできるだけ尖らせた槍を二本持っていた。ベネト村で作ったギャリッグサーペント対策用の槍……ヴィエルランスと比べると細く、矛先の材質も工夫されていないため、突き刺したら刺したままにし、次の槍を使って攻撃するつもりでいる。
ちなみにダニーロも背に二本の槍を担いでいる。
ギャリッグサーペント退治の手順は、矛先に炎系魔法を纏わせてヒューゴが突き刺し、その槍につたわせてダニーロが氷系魔法を次々と体内へ放っていくというもの。
槍を刺した後のヒューゴは剣でギャリッグサーペントの攻撃からダニーロを守る。
守る対象が多いとヒューゴの負担が増える。だからヒューゴの他にはダニーロのみ。
――防衛用の装備を用意できれば、魔法で攻撃する者を増やせるな。今度、
ヒューゴは魔獣退治対策にはまだまだ工夫の余地があると考えながら、洞穴の奥へ進んでいった。
壁に松明の灯りで映される、ヒューゴ達の人影の他には動くモノはない。奥は相変わらず真っ暗だった。
コツコツとヒューゴ達の靴音の他に、ズズズッズズズッと重いモノが擦れる音が微かに聞こえた。
ヒューゴはダニーロを手で止め、手にした松明を渡す。
腰を落して槍を構え、奥からの動きに備えた。
シュウウ……という声も聞こえ、ギャリッグサーペントが近づいてきたとヒューゴは感じている。
今まで暗闇しか見えなかった奥に、赤く光る爬虫類の二つの瞳が見えると、ヒューゴは両手に一本ずつ槍を手に突っ込んでいった。
――この場所ではまだこちらが不利だ。ケーディアが言っていた広場まで押し返すんだ。
ギャリッグサーペントの頭部は胴体に比べて堅い。
硬度も工夫したヴィエルランスならまだしも、矛先をただ尖らせただけの槍では刺さる前に曲がる可能性が高い。口から槍を刺すにしても、牙が迫る真正面からでは難しい。側面に回れる程度の空間が欲しい。
シャッと息を吐きながら迫る開いた顎に槍を向け、ギャリックサーペントの攻撃が届かないところからフッ! フッ! と両手で突き出し続ける。
矛先を嫌い、徐々に下がっていくギャリックサーペントに合わせてヒューゴは奥へ進む。ダニーロはヒューゴの視界を意識するように松明で奥を照らいていた。
やがて開けた場所へ出ると、ギャリックサーペントは身体をくねらせてヒューゴ達を測るように見ていた。
ダニーロは予定通りにヒューゴが持つ二本の槍の矛先に炎系の魔法を纏わせた。
矛先に赤い揺らめきが広がったのを確認したヒューゴは、足に力を込めて地面を蹴った。
ハァアアッ! と気合いを込めて突き出した左手側の槍を、ズブゥッとギャリックサーペントの胴に深々と刺す。炎で焼けた匂いと、流れ出してきた血の生臭さを感じていると、ギシャァアア! と呻きつつギャリックサーペントはその太い尾をヒューゴにぶつけてきた。
ヒューゴは冷静に距離をとって尾の攻撃を避ける。
尾の動きに注意しながら、ヒューゴは右手の槍を構えた。
洞穴の天井が低いため、ギャリックサーペントの動きはどうしても左右に限られる。
それにこれまでの経験で、顎か尾のどちらかに気をつけてダニーロとの間に身を置けば、ヒューゴの槍から逃げられることはないと考えていた。
大きく開いた顎をヒューゴに向けジリジリと近づいてくる。いずれどこかで一気に襲ってくるだろう。
――次の攻撃で……顎から頭に向けて突き刺すことができれば……。
ヒューゴの後ろで、オレンジ色に背を光らせているダニーロの手から青白い光が、ギャリックサーペントに刺さる槍に放たれている。
――もうじきこいつの動きは鈍くなる。その時を狙って……。
地面を擦るように足を動かし、いつでも突進できるよう槍を持つ手と膝に力を込める。
ギシャァア! と叫び、ゆっくりとしたそれまでの動きから、ダニーロに向かって突然顎を突き出して来た。
今だ! とヒューゴは頭部側面へ滑り込むように動いて、大きく開いた口の横から槍を突き入れ、頭部に向けて力を込めた。
ガリッ! と骨をこすった感触に続いて、ズズズッと肉に刺さる感触。
「ケーディアを怪我させてくれたお返しだ!」
もう一度力を込めて槍を両手で押す。今まで伝わってきた抵抗が失われ、ギャリックサーペントの頭部から矛先が現れた。
苦しげに尾をヒューゴにぶつけてきた。だが、勢いこそあるが、急いで腰から引き抜き、ドンッと受け止めたヒューゴの剣には、尾の重さは感じても弾き飛ばすような力はなかった。
痛みで身もだえするギャリックサーペントから離れ、青白い魔法を腹部に刺さった槍に放ち続けるダニーロのそばまでヒューゴは距離を置く。
ギャリックサーペントは痛みに苦しんで身をよじらせているだけで、もはや攻撃できるような状態ではない。
少しずつ……少しずつ……動きが鈍くなっているのが、ヒューゴとダニーロの目には明らかだった。
そして痙攣した次の瞬間一切の動きが止まった。
「ふう。倒し方が判っているから焦りはしないけど、頑丈な魔獣というのは神経を使うね」
額から汗を流しているヒューゴは、もう何も放っていないダニーロに話しかけた。
「そうですね。守って下さっているのがヒューゴさんだから、敵の攻撃を心配せずに魔法を放てました。それでも迫ってくると身構えてしまいます」
「だろうねぇ。ギャリックサーペントはでかいしね」
ギャリックサーペントの上下の動きが制限されるこの空間でも、ヒューゴ達人間から見れば家の二階程度の高さはある。
「ダニーロはギャリックサーペントを焼いてくれるかい? 僕はもう少し奥を調べたいんだ」
ダニーロの鞄から松明を取り出し火をつける。ヒューゴは片手に松明を持って広場の奥へ歩いて行く。
すると広場の奥にある洞穴の手前に、ヒューゴの身体ほどの卵が五つあった。
「産卵していたのか……」
ヒューゴは短剣を殻に軽くぶつけると、ゴンッという音がして殻にヒビがはいった。
「そう堅いものではない。……残していくことはできないな」
まだ生まれていない命とはいえ、やっかいなギャリックサーペントの誕生は望ましくない。
少し引け目を感じつつもヒューゴは力を込めて五つの卵を壊していく。
「これも焼いて貰おう」
ギャリックサーペントの亡骸を魔法で焼いているダニーロのところへヒューゴは向かった。
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