ウルム村防衛(第一次フルホト荒野迎撃戦)

 ウルム村へ向かう途中、もうじき登山口に差し掛かろうかという場所で、二十五名の騎馬兵を率いたヤーザンをヒューゴは見つける。ラダールを降ろし、ヒューゴはヤーザンと打ち合わせをする。

 この場所までの間に、数百の兵が倒れているのをヒューゴは見ている。

 パリスが倒したのかそれともヤーザン達が倒したのか、どちらにせよ事前の予定通りにウルム村へ到着する前にルビア王国軍の別働隊は数を相当減らされているのは確かだろう。


 ヌディア回廊出口での戦闘は終わり、ルビア王国軍本隊は撤退したことをヒューゴは伝え、今後の予定をヤーザンと話す。


「私達はまだ敵と遭遇していません。ですので、あれらはパリスさん達が倒したものでしょう」

「そうですか。もうじき登山口にさしかかります。ですが、ヤーザンさん達は登らずに、麓で半日ほど待機していてください。いずれ逃走し下山してくる敵に見つからないようにしていて下さると、掃討戦は楽になると思います」


 馬から降りヒューゴの話を聞くヤーザンは、敵が敗走してくると当たり前のように言うヒューゴを疑っていない。


「私達は、敗走してくる敵を掃討すれば良い……そういうことですね?」

「はい。もしかするとルビア兵だけでなく、夜盗も混じっているかもしれません。以前、ウルム村が襲われた時は賊ばかりでしたから」

「ルビア王国が帝国内の賊と手を組んでいるのは、セレリア隊長から聞いています。ウルム村占領でも賊を使う可能性があるかもしれないというご意見には信憑性があります」

「はい。ルビア王国兵を捕縛するかはヤーザンさんの判断にお任せします。しかし、賊の方は……」

「お任せ下さい。帝国内に潜伏している賊の情報を手に入れられるよう、数名は捕縛するかもしれませんが」

「ヤーザンさんのお考え通りで宜しくお願いします」


 話し終えたヒューゴはラダールに乗り上昇する。その様子を見送った後、ヤーザンは隊員達に今後の予定を伝えた。


 ウルム村へ向かう途中、森を分ける登山道に敵の別働隊らしき集団を見つけた。その数はおよそ三百名ほどで、上空にはパリス等を乗せたマークスの姿はない。別働隊の登山速度はのろく、今日中にはウルム村へ辿り着くことはできそうになさそうだ。

 

 ――この分ならパリス達に任せておいても大丈夫だな。パリス達にだいぶやられたようだから、もうじき来る夜になったら休みをとることだろう。……今は、ウルム村の方が心配だ。


 夕日が沈みかけた頃ウルム村へ到着したヒューゴは、ギャリッグサーペント五体が村を囲む壁を壊そうとしているところを見つける。村周辺をぐるっと旋回して確認すると、四体のギャリッグサーペントが倒れていた。

 状況を確認できる人……パブロ村長か隊員の誰かが居ないかとヒューゴは下降し、ウルム村上空をゆっくりと旋回した。

 低空で飛行するラダールに手を振る人……フレッドを村の中心あたりの広場に見つける。

 着地したラダールから降り、フレッドとアンドレに声をかけた。


「どういう状況だい?」

「ヒューゴさん! ギャリッグサーペントが一斉に襲ってきたんです……」


 フレッドの説明をヒューゴは黙って聞く。


 今日の昼頃、ケーディア達が到着してすぐ、村を包囲するように地中からギャリッグサーペントが十体現れたらしい。そのうち一体が森へ移動したので、見失ってはいけないと、魔法を使える者を連れてケーディアが追いかけていった。ケーディア達はまだ戻ってきていないとのこと。


 ケーディア達が伝えたギャリッグサーペント討伐法に従って努力している。だが、ギャリッグサーペントに武器を刺す段階で苦労していて、氷系魔法を体内へ放てずにいる。もちろん武器に炎系魔法を纏わせているが、ギャリッグサーペントの攻撃を避けるのが精一杯の状況だという。


「ヴィエルランスのような武器があればいいけど、それを言っても始まらないね。判った。じゃあ、武器を刺すところは僕が受け持つ。フレッドとアンドレは炎系魔法を使える人を一人と、氷系魔法使える人を十人集めてくれ」


 ケーディアの状況がどうなっているのか心配だが、まず、この場でできることを先にすませようとヒューゴは考えた。槍を深く刺すことができれば、氷系魔法を敵体内へ放出していけば良い。ヒューゴなら士龍の力を使えば、ギャリッグサーペントの堅い表皮を貫くことができる。


 ――たかが十体だ。速攻で終わらせてやる。


 そう決意を固めたとき、士龍の声が頭の中で響いた。


『ヒューゴ……お前も竜を使役しているのだぞ? 忘れているのではないか?』


 昔、リナが崖から落ち救出した際に士龍について話し合った時、他の統龍紋所持者と同様に士龍は飛竜を使役していると言った。紅龍が火竜を使役していると同じく、士龍は飛竜を使役しているのだと。

 しかし、ヒューゴが皇龍の定めに至るためには心身の成長が必要で、身体の成長のためには竜に頼らない方が良いとも言っていた。


 士龍の助けを借りて心身能力をあげ、ヒューゴ自身が戦うとき必ず身体への負担が生じる。ヒューゴの身体能力を超えて士龍の力を使うと、使用後に筋肉の断裂などの怪我が生じる。通常は治癒魔法で回復する程度の怪我だが、回復不能な状態になることもある。だから心身能力を上げるにしても加減が必要だ。

 ヒューゴの意識が失われ命の危険が生じるような場合、身体の制御は士龍に移り、その場合は加減されない可能性がある。

 士龍はそう教えた。

 だから、日頃から身体の訓練は欠かさないし、士龍の力は状況に応じて加減して引き出して使っている。


 加減したヒューゴの手に余る事態には、飛竜を使えと士龍は言っているのだとヒューゴは理解した。


 ――飛竜を使えと?


『そうだ。ギャリッグサーペントごとき何体居ようと、飛竜一体でどうとでもなるのだ』


 ――そうかも知れない。だけど今回は必要ないよ。腹部に槍を刺すだけだからね。


『頑固者め。……だが、その性格のせいで、お前の成長が早いのだから文句は言えぬが』


 ――そうか、僕が疲れているから心配してくれているのかな?


『ヌディア回廊での戦いでお前は多少無理をしていた。……皇龍様から、お前を育て守るよう言われているからな』


 ――そうだったね。でも本当に大丈夫だ。それにさ? 士龍の力を借りていようと、できるだけ自分の手で実行していかなきゃいけないと思う。手が回らないときには飛竜にも助けて貰うよ。


『どうしてそう思うのだ?』


 ――紋章の力でも竜の力でも、結局は人の助けでしかないと思ってる。無紋ノン・クレストだった僕は、人の力を誰よりも信じなきゃいけない。そうじゃなければ、無紋ノン・クレストだって人間だと胸を張って言えないような気がするんだ。


『判った。だが何度も言うが、お前の手に余ると判断した時は、お前の意思に関係なく我は前に出ていく。飛竜も呼ぶからな』


 ――十分判ってるよ。


 士龍との会話を終え、ウルム村を囲む壁にある門の前でフレッドとアンドレの帰りを待つ。

 

 ――そうさ。力を借りていても自分の手で何とかしなくちゃいけないんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る