敵本隊退却(第一次フルホト荒野迎撃戦)
目の前には、ヒューゴに倒された兵が多数横たわっていた。
背中の紋章を光らせ魔法を放ってきそうな兵は、魔法の気配を感じた次の瞬間にはヒューゴが操る棒によって頭部か腹部を殴られ意識を失わされている。随時投入される歩兵も為す術無く、ルビア王国軍司令グルシアスが居るところまでジリジリと近づくヒューゴを止められる者は居なかった。
圧倒的な武力を示すヒューゴだったが、人間である以上体力や気力に限界がある。
敵を何十人倒そうと、その後ろには数千人の敵兵が控えているのだから、ヒューゴがいかに強くても一人だけでは勝てない。
それが現実なのだが、グルシアスのもとへ徐々に迫るヒューゴの姿は、敵の目には悪鬼のように映り、恐怖を感じさせていた。ヒューゴが与えている恐怖は、グルシアスの周囲にまで伝わっていた。
恐怖で気持ちが折れている兵は弱い。
その数が増えれば、戦闘の継続は無理になる。
もし、ヒューゴを撤退、もしくは倒せたとしても、帝国軍本隊の攻撃を受けたとき持ちこたえられない。
だが、ルビア王国軍を撤退させるにしても、ヒューゴが目の前にいる。
――悪鬼を倒さねば国に戻ることもできないのか……。
多大な犠牲を覚悟してヒューゴを倒すしかないとグルシアスは考え始めていた。
その時、ヒューゴがいるあたりの上空から巨大な鷲が降下してきて、すぐに上昇していくのが遠目にも判った。
「悪鬼が鷲に乗って去りました!」
状況報告がグルシアスに入るやいなや、次の指示を出した。
「負傷兵を回収しつつ全軍撤退せよ!」
◇ ◇ ◇
「良いタイミングで来てくれたね、ラダール。助かったよ、正直、かなり疲れた」
怪我らしい怪我は一つも負ってはいないが、ラダールの背に抱きつくように乗っているヒューゴの表情には色濃い疲労があった。
魔法を使用しそうな敵兵を倒す時以外では、士龍の力を使わずに体力を温存しながら戦った。だが、敵は休む暇を与えずに襲ってくる。次々と現れる敵を倒し続けていては疲労を回復する余裕はない。体力に相当の自信を持っていたヒューゴだが、限界が近づいていた。
「ウルム村も気になるけれど、一旦、テントに戻って休むよ」
ラダールの背からヌディア回廊を覗くと、ルビア王国軍が少しずつ西へ移動しているのが見える。
どうやら撤退を始めたとヒューゴは安心する。
短時間で戦闘は終了したのだから、魔獣は殲滅しているだろうが、敵味方双方とも兵の損害は少ないだろう。
あとは、一般人をどれだけ回収できたか、そしてウルム村方面の状況。
戦況を聞いてからテントで少し休み、その後ウルム村へ向かう。
ルビア王国軍の別働隊へはパリスとダニーロが居れば大丈夫だと確信している。
マークスに乗って移動しつつ魔法で攻撃する限り、敵にできることはほとんどない。パリスの雷系の範囲攻撃もダニーロの魔法もその威力を十分ヒューゴは知っている。
敵の別働隊がウルム村へ辿り着けるかも怪しい。
問題は、ギャリッグサーペントだった。対処法を知るケーディア達が到着する前に大きな被害を出していなければ良いがとヒューゴは不安を覚えている。
地中を潜り移動できるギャリッグサーペントには、ウルム村を囲む壁も役に立たない。地上に姿を見せている間に倒さなければならない。対処法を知っていれば怖くはないが、知らなければ相当苦労する。
ラダールの背の温かさと疲労で、睡魔がヒューゴを襲ってきた。
「ラダール、少し眠るね。テントまでよろしく頼むよ」
速度を少し落し、ラダールは体勢を揺らさないようヌディア回廊上空を東へ飛んでいった。
・・・・・
・・・
・
ヒューゴに与えられたテントの横で、ラダールが足を折って地面に身体を寄せている。その背には、ラダールを抱えるようにヒューゴが居た。セレリアが近寄ってみると、彼は寝息を立てている。
一人でルビア王国軍本隊び背後を脅かしていたのだ。ヒューゴがどれほど疲れているのかセレリアには想像もできない。ルビア王国軍は撤退し、帝国軍による魔獣の殲滅も終わろうとしている。
このまま休ませてあげたい気持ちがセレリアにはある。だが、フルホト荒野での戦いは終わりだが、まだウルム村方面の戦いがどうなっているか判らない。そしてヒューゴは戦いの前に、ウルム村占領がルビア王国軍の本当の目的だと言った。ウルム村が占領されてしまっては、この戦いだけでなく先々の戦いで不安を残すことになる。
馬で追えば相当な時間がかかる距離だが、ラダールで行けばさほどでもない。状況を確かめて貰わなければならないので、セレリアはヒューゴを起こす。
「ヒューゴ。起きて」
近づいて身体を揺らし、セレリアはヒューゴに声をかけた。ラダールから身体を起こして、ヒューゴは辺りを見回す。セレリアと顔を合わせ、その後ろにテントが並んでいるのを見て、自分の状況をヒューゴは理解した。
「僕はこれからウルム村へ向かいます」
「かなり疲れているでしょ? もうしばらく休んだら?」
「少し休んでだいぶ楽になりましたし、僕は行かなきゃなりませんから」
ラダールから一旦降りて、腕や足を伸ばし身体のこわばりをほぐしながらヒューゴは言う。
その表情はいつもの落ち着いた様子で、焦りや不安をセレリアは感じなかった。
「……判ったわ。でも無理はダメよ? ヤーザンが隊を率いてパリスちゃん達を追いかけたから、向こうで作戦をたてるなら彼とも相談してちょうだい」
再びラダールに乗ろうとするヒューゴに、止めても無駄だとセレリアは判った。
「はい。では行ってきます」
ラダールの首もとをポンッと叩き、また頼むよと声をかける。
羽を広げたラダールが一気に舞い上がっていった。
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