戦況とルークの懸念(第一次フルホト荒野迎撃戦)


 南西方面司令ルーク・ブラシールは、ヒューゴの作戦案の基本的な方針を取り入れつつ、敵本隊への攻撃も行った。


 敵前衛は歩兵で包囲し、中衛の魔獣集団へは火竜を左右に二体ずつ加えた部隊で半包囲する。ここまではヒューゴの作戦案通り。その上、後衛の敵本隊へ向けて、魔法を使える兵主体の部隊を送った。

 ヒューゴの作戦案では、中衛は魔法で攻撃する内容だったが、火竜を使うように変更したのだ。

 魔獣の攻撃にさほどダメージを受けない火竜によるブレス攻撃の方が効率的に魔獣を殲滅できるとルークは考え、そして結果は想定通りとなる。


 ヒューゴの作戦案での短所は、前衛の一般人を救出するための人員と時間の負担が大きかった点。

 ルークはその点を考慮し、救出した敵前衛を帝国軍後背まで連れていく間、中衛の魔獣集団攻撃と防御に要する負担を軽減するため、魔法を使える兵ではなく火竜に替えた。


 遠距離から攻撃できる魔法を使える兵に余剰が出たことを利用し、敵後衛にぶつけることが可能になる。

 

「敵後背をヒューゴくんが攪乱しているおかげで、敵の反応はすこぶる鈍い。いつまでこの状態が続くか判らん。今の内に敵本隊を回廊に閉じ込めろ!」


 早めに対応策を講じていたので、魔獣による被害は少ない。死傷者は二桁に届いていないだろう。敵本隊との協同による挟撃の心配もなく、逆撃可能な状況だ。


 敵軍に屠龍が居ない以上、最初から勝ち戦とはルークも考えていた。屠龍が居れば火竜の攻撃力は相殺され、竜同士は消耗戦となり、人間の部隊の運用で勝敗が決まる。火竜を自由に動かして敵兵力を削れるのだから負けるはずはない。

 だが、火竜も氷系魔法には弱点を持っている。炎のブレスも魔法防御で防がれる。

 通常は、敵の魔法攻撃からどのように守りつつ火竜の攻撃力を最大化するかに知恵を絞る。


 今回の戦いでは、魔法を使える敵兵がヒューゴに振り回されているおかげで魔法攻撃自体見られない。

 魔獣の殲滅と敵本隊への遠距離攻撃に集中できている。


 事前に敵の状況を把握するのは戦いの基本だ。だが、ラダールを使ってのヒューゴの情報収集の早さが、作戦立案と部隊編成に余裕を持たせた。


 想定以上に余裕を持って勝利へ近づく戦況を見守るルークは、セレリアとヒューゴ達を活用するよう指示してきたパトリツィアの考えの正しさを理解する。


「敵の指揮を混乱させる……口で言うのは簡単だが、こうも簡単にやってのけるとは……。ヒューゴくんの戦場での価値は紅龍と同等だな」


 紅龍のブレスは火竜のものとは威力がそもそも違う。昔は豊かな平原だった草原がフルホト荒野と呼ばれる現状を作るほどの破壊的なものだ。それ故に、使えばその後に残るのは人も住めない土地と判り、ルビア王国の金龍も帝国の紅龍も統龍のブレスを使わなくなった。敵を倒すことができても、手に入れた土地が人も住めない状態では何のために占領するのかということになるからだ。

 

 ブレスなしでも統龍の攻撃力は脅威だ。

 だが、いくら攻撃力が高くても、巨大すぎる身体を持つ統龍は運用面で制限がある。ヌディア回廊を通過させるときなど、先遣隊の重要性が増し人数や陣容に苦労することになる。統龍自体がヌディア回廊を抜けられても、後ろに続く部隊が体勢を整えられる状況を準備できなければ、統龍が敵陣で孤立し失う可能性が高まるからだ。


 そういった運用面を考えると、戦局を同じように左右するとはいえ、統龍よりヒューゴの方が上と言える面がある。


「パトリツィア閣下が配下に欲しがっているのも当然だな」


 ヒューゴが動きやすい作戦をたて、それに合わせて他の部隊を運用すれば、統龍が居なくても戦況を有利に運べる。それが判った今、ルークはヒューゴと連携をとっているセレリアの存在が、帝国軍の中で立場に似合わない大きい存在に思えていた。


「個人的友誼による繋がりということだが……。ルビア王国国内での作戦で果たした役割といい、今回の件といい、軍上層は彼女をどうしようと考えているのだろう?」


 セレリアに対しての対応を間違え、ヒューゴが帝国軍と敵対するようなことがあれば、帝国のどこにでも自由に現れられるだけにルビア王国よりよほど怖い存在になりうる。

 パトリツィアとセレリアの発言から察するに、一般兵では兵数が多かろうと相手になりそうにない。そしてそれは今回の作戦で果たしているヒューゴの動きを考えると事実だ。


 セレリアのこれまでの実績を考えると、いまだ中尉で小隊隊長でいるのはルークにも不思議だ。ルークは少将だが、セレリアの三歳上でここまで昇進し得たのは主にパトリックの任務に参加していたからだ。もちろん、与えられた任務をこなしてきたからなのだが、上官に恵まれたのは否定できない。だが、実績だけを考えればセレリアと大差ない。

 中尉と少将という見える形で差がついているのを、セレリアがもし不満に感じたら?

 その不満がヒューゴに与える影響を考えるとルークは不安になる。


 ――今回の戦いでも、ヒューゴくんは彼女の傭兵であり、彼の功績はセレリアの功績としてみるべき。ヒューゴくん抜きで考えても、別働隊の追撃と中衛魔獣集団の翻弄でセレリア隊は戦果を残しつつある。一般的な例で考えるならば今回も昇進は間違いない。もし、これまでのように抑制的な対処が為されるようなら、パトリツィア閣下から具申して貰うべきだろうな。


 目の前で起きている戦いは、戦場へ向かっているパトリツィアの到着を待たずに終わりそうだ。このことをパトリツィアは喜ぶだろう。戦果報告のあと懸念を伝えて、パトリツィアの考えを確認せねばとルークは考えている。


「ルーク司令! 敵本隊が徐々に撤退しているとのことです」


 伝令がテントに入ってきて敬礼し報告する。


 ルークはテントの外へ出て、待機している指揮官達に指示を伝えた。


「よし! このまま押し返せ! 火竜は魔獣殲滅に集中させよ!」

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