パリス奇襲(第一次フルホト荒野迎撃戦)
フルホト荒野を北上する、一千名程度のルビア王国軍別働隊をパリスは発見する。馬を急がせる別働隊は、上空のパリスとダニーロを乗せたマークスに気付いていないようだ。
敵別働隊の背後遠くを、ケーディア達三名が追っている。ケーディア達は、戦いを発見したら敵を迂回してウルム村へ向かうことになっている。
パリス達の役目は、別働隊の進撃を遅らせることと、可能なかぎり敵数を減らすこと。
「ダニーロ。私と交代で魔法攻撃する……それでいいわね?」
「ええ、判っています。私は炎系で、パリスさんは雷撃系で……特に馬を狙う……それでいいですよね?」
「そうよ。ヒューゴは兵士より馬を倒してと言っていた。馬が居なければウルム村まで辿り着ける兵は勝手に減るってね。……じゃあ、そろそろ始めましょう」
マークスが降下する速度に合わせるように、ダニーロのオレンジ色の光が強くなる。パリスは眼下の敵の斜め後ろからマークスを近づけた。
「最初の一撃は先頭から行きます」
ダニーロの声に反応し、マークスは敵集団の先へ向きを変えた。
「
先頭上空に到達するやダニーロは手にした剣を敵先頭の先向け赤色の光を放つ。
赤色の光球が着弾すると、ドォオン! と炸裂音をたて、敵集団に扇形の強烈な炎が地表を走った。
炎は騎乗者よりも高く、そして集団の半分ほどに刺さるように広がった。
炎に触れた馬はヒヒィーン! といななき、足を止め後ろ足で立ち、乗っていた者を振り落とすように暴れる。
立ち上がる馬や倒れる馬に後続の馬がぶつかり、避けられなかった馬を巻き込む。
落馬した兵は炎の熱さから逃げるが、防具の下の衣服に燃え移った炎に包まれ身もだえしている者も相当数いた。
「……雷系と違って、炎系は残るから効果的よねぇ」
地表に残る扇型の炎がまだ燃えているのを見てパリスはつぶやく。
「ですが、瞬間の威力は雷系にまったく及びません」
敵集団がパリス達に気付き、炎の外側へ逃げた兵の弓による攻撃を避けるようにマークスは旋回する。パリスのつぶやきにダニーロが冷静に答える。
「とりあえず、敵が散らばっている間は様子見していましょう」
魔法攻撃を警戒して散開した集団を眺める。敵は進軍の足を止め、魔法が放たれた地点を広く囲むように離れていた。パリスはマークスを矢が届かない高さまで上昇させ、警戒させるように敵頭上を旋回させる。
「そうですね。こちらを警戒して散開している間は、ウルム村への移動はできないでしょうし」
「ケーディア達が先回りする時間は作れそうね」
敵集団に見つからないほど離れてウルム村方面へ駆ける三頭の馬の小さな姿が、上空のパリスには確認できる。
「このまま本隊へ戻ってくれるとこちらも楽なんですけどねぇ」
「命令には従う軍隊ですもの、そうもいかないでしょ」
「ケーディア達が先へ進んだら、次はパリスさんの番ですよ?」
まだ密集しようとせず、パリス達の動きを見守っている敵を確認する。
「ええ、ダニーロは休んでいて、この分だと魔法力回復できる時間くらいとれそうね」
「減らされるのを恐れずに進まれたら、ウルム村へ到着後の戦闘に参加できなかったかもしれません。この状況は助かります」
「でも、敵は魔法を撃ってこないわ。騎兵と弓兵しか参加していないのかしら?」
「それはどうでしょう。マークスの動きが速く、当たらないと判断して弓の攻撃だけに留めているのかもしれません」
「そっか。ウルム村の攻撃まで魔法力節約しているのね」
「その可能性が高いと思います」
「ということは、あの集団には三つ牙以上の獣紋所持者はいないわね」
二つ紋と三つ紋以上では魔法の威力も段違いだが、魔法力の回復速度も多少異なる。三つ紋以上だと、多少魔法を使った程度なら魔法力の消費を気にしない。マークスが近づいた際に、魔法による反撃が無かったことから、パリスは三つ紋以上の紋章所持者は敵にいないと判断した。
「別働隊に貴重な三つ羽鳥紋所持者は随行させないでしょうし……」
訓練している人数が異なるからなのか、三つ羽以上の鳥紋所持者は少ない。三つ牙の獣紋所持者と比べると半数ほどだ。三つ牙の獣紋所持者も重要拠点に一人程度だから、三つ羽となると最重要なところに一人居るかどうかというところだ。
王宮は三つ羽鳥紋所持者を宮廷魔法師として抱えているが、上級貴族でも専属として抱えているところは少ない。帝国軍でもルビア王国軍でも本隊に一人か二人は居るが、司令部に置かれているのが通常。別働隊には二つ羽が二人から三人程度というのが一般的だ。
パリスの知っている範囲では……と言ってもベネト村という狭い範囲になるのだが、三つ羽はヒューゴの妻リナのみ。だが、いろんな人から聞いても三つ羽所持者は相当少ないと言うのだから、ダニーロの発言に納得する。
「そうね。この分ならウルム村防衛もそう難しくはなさそうね」
「ギャリッグサーペント退治次第ですけどね」
「うっ……蛇型で私は苦手だけど……大丈夫よ」
「ヒューゴさんから攻略法を教えて貰いましたから、パリスさんの手を煩わせるようなことはないです。安心してください」
「ううぅぅぅ……その分、敵兵は任せてちょうだい。次で思い切り減らしてみせるわ」
蛇を思い出してぶるっと身体を震わせたパリスは、ギャリッグサーペント退治で役に立てない分の気持ちを敵兵にぶつけようと気持ちを切り替える。
「もうじきケーディア達が敵集団を迂回できそうです。もうしばらくここらで敵を牽制しましょう」
「わかったわ」
マークスの高度をやや下げて、敵上空を横切り警戒させる。
そして再び上昇し、また下げて……を繰り返す。
馬を失った敵兵が他の騎馬兵に拾われていたり、怪我を負った兵がヨロヨロと散開した敵兵の方へ歩いている。
あたりには肉の焼けた匂い、馬と人の呻き声、そして敵兵の怒声。
それらに触れたパリスは胸にツキッとした痛みを覚える。
――あなた達が攻めてくるから悪いのよ……。
生き物の苦しみに触れて辛いけれど、敵に憐れみを向けている状況ではないと、パリスは気持ちを切り替えた。
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