迎撃案(第一次フルホト荒野迎撃戦)

 ルーク・ブラシール南西方面司令から指示を受けて戻ってきたセレリアにヒューゴが進言した案は、ルビア王国軍の後衛に位置する本隊へそれも背後からヒューゴが攻め、その間に前衛と中衛の対応を行うというものだった。


「……詳しくは、帝国軍本隊には下がりながら敵の攻撃を受け流し、同時に、前衛の一般人を包囲して救出していただきます。また前衛を囲みつつ魔獣の集団を左右から攻撃し、半包囲状態で殲滅して貰いたいということです」


 前衛を包囲するのに多くの兵は要らない。中衛の魔獣集団に兵数をかけて左右から力を注げば殲滅できるだろう。ヒューゴの役割は、敵本隊が中衛の魔獣集団を支援できないように、注意を引き付けるということ。


「ヒューゴの力は知っているから、心配していないけれど……」

「僕の予想では、魔獣集団を殲滅されたらルビア王国軍は撤退を始めるでしょう。屠龍を連れてきていないのですから、こちらの火竜に対抗できないことくらい敵も判っているはずですからね」


 ヒューゴの案を聞き、判断に困っているセレリアに、ヒューゴは力説した。

 魔獣集団を殲滅するのに半日もかからない。つまり半日以内にこの戦いは終わるとヒューゴは言う。そして、この侵攻自体は、別の作戦のカモフラージュと断言し、敵の本当の攻略目的であるウルム村への支援をお願いした。


「隊を分けてヤーザンに預け、ウルム村へ行って貰うこともできるから可能だけど……」

「パリスがダニーロをマークスに乗せて、敵を減らしているはずです。ヤーザンさんが背後から……ウルム村近くで攻撃して貰えれば挟撃できます」

「……ねぇ? ヒューゴはどうしてルビア王国軍の狙いがウルム村にあると、そこまで確信しているの?」

「敵軍の陣容がとてもおかしいという点、そして、帝国侵略を本気で考えるなら、帝国と手を組む可能性があるベネト村とウルム村の存在は戦略上放置しておけないからです」


 躊躇なく断言するヒューゴをマジマジと見て、話している最中に浮かんだ疑問をセレリアは口にする。


「もう一つ訊いて良い?」

「何でしょうか?」

「ルビア王国へ侵攻するとしたら、帝国の思惑に左右されないように、ベネト村とウルム村で侵攻軍を作った方が良いと思うのだけど、その辺りはどう考えているの?」

「……ベネト村も……ウルム村も……今のまま守りに徹していた方が良いと考えています」

「それは村人達が危険な目に遭う機会を減らしたいから?」


「もちろん、その通りです。ですが他にも理由はあります。ヌディア回廊を利用する限り、その二つの村の存在は帝国にとってもルビア王国にとっても重要になります。帝国がベネト村やウルム村に自治権を認め、比較的友好的な関係を築いているのはそのためです。もし、ベネト村とウルム村が帝国と敵対したら、ヌディア回廊とフルホト荒野での行動の自由は著しく制限されますし、兵力も増強しなければならない。それは帝国にとって軽い負担ではないでしょう」


「つまり、現状を維持するためには、その二つの村は一定の勢力を保っていなければならない。だから、帝国に隙を見せるような真似……村から多数の兵を出すようなことはできない。そういうこと?」

「その通りです」

「……なるほどね。帝国軍の一員の私に、こうして説明しても構わない状況を維持しているのね」

「そこまで考えていたわけではありませんが、結果としてそういうことになるかもしれません」


 あくまでも前戦で戦っている一人の若者が、後方にいる国の宰相や軍の参謀が考えるようなことを考えて行動している。そのような姿勢のヒューゴがセレリアには不思議に感じた。


「ヒューゴは、勢力間の力関係や、勢力ごとの思惑を考えて自分の立ち位置や行動の予定を決めているのかしら?」

「ええ、そうです」

「普通、そういうことは国の上層が考えることよね?」

「そうなんでしょうね」

「今のような考え方をいつからするようになったの?」

「ベネト村を出てセレリアさんのところへ向かったあたりからです」

「考える必要ができたのかしら?」


「……ゴルディアさん……僕の戦術や戦略の師匠なんですけど……から頂いた本や、ゴルディアさんの経験を記した帳面を読んで、戦争で勝つために大事なことを学びました。その一つに行動の自由や選択肢の数を……味方には多く敵には少なくということがあります。その点を考えていくと、目の前の状況だけを考えているだけでは駄目です。関係する勢力間のことや、その他のことを……大陸全体の視点で見ていかないといけない。そう思うようになったんです」


「少数しかいない集団でも?」

「少数しかいないからです。多数の兵を持っているなら、戦争での選択肢は多い。でも仰る通り、僕らは少数です。だから、僕らにできることは少ない。その少ない人数で効果的に動かなきゃいけない。そういうことです」


「……そう。今は時間が無いからここまでにするわ。でも、この戦いを終えたら、パトリツィア閣下も含めてゆっくり話したいわね。じゃあ、ルーク・ブラシール司令のところへもう一度行ってくる。パトリツィア閣下からあなたの意見を尊重するようにと指示されているみたいだから、ヒューゴの案を考えて下さると思う。少しの間待っててね」

「はい。お願いします」


 ヒューゴのテントから出て行くセレリアを見送り、ヒューゴはルビア王国軍が迫るヌディア回廊方面を見る。

 

 ――帝国軍本隊がどう動こうと、敵本隊の背後で僕が暴れれば、それだけで敵の行動の自由は限られる。了承されなくてもやることは決まっている。



 防具を身につけ、戦いに向かう準備をヒューゴは始める。新帝国歴三百六十一年秋、後に第一次フルホト荒野迎撃戦と呼ばれる戦いが始まろうとしていた。

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