看破


 ヒューゴとパリスが到着して二日後、ヌディア回廊出口一帯を覆っていた霧が晴れた。

 暑くなく寒くもない晴天の日、ルビア王国軍本隊をヒューゴは確認する。先遣隊が現れたら叩いておこうと考えていたヒューゴは気持ちを切り替えて偵察する。


 ラダールの上から確認した敵本隊の陣容は、異様な編成とヒューゴの目には映る。

 最前列に、槍や剣などの武器は持っているものの、ボロを纏って防具らしきものは身につけずに、隊列もバラバラで、何より……女子供が半数近くのおよそ一千名の集団。その後を少し間を置いて、狼のような灰茶色の獣? 魔獣? の集団が五百頭程度続き、三列目に、やっと武器も防具も身につけた歩兵、騎馬隊、弓兵隊、魔法兵が整然と隊列を組んで進軍している。


「あれは……兵士じゃない!」


 最前列の集団の様子は、戦いに赴くような勇ましいではなく、刑場へ向かう罪人のよう。逃げられないように、足には太い鎖が繋がれ、引きずりながら帝国軍が待つフルホト荒野へ向かっている。


「何が目的だ?」


 鎖で繋がれているのだから、逃がすためではないのは確実だ。防具もつけていない戦いの素人が戦場の最前線に出たなら為す術もなく命を落すのは必然。……ということは……。


「帝国軍に殺させるため……なのか……?」


 しかし、何のためにそんなことを?

 

「後続への攻撃を減らすためか?」


 ヒューゴは曖昧ながらも一つの答えに辿り着き、この状況をセレリアに急ぎ報告しなくてはとラダールを旋回させる。


 ――馬鹿な! 戦いだからといって、戦えない者を盾にして戦闘を有利に運ぼうだなんて正気じゃない。


 膨れ上がる怒りを抑え、ヒューゴはセレリアのもとへラダールを急がせた。


・・・・・

・・・


 ヒューゴから敵の編成を知ったセレリアは、ルーク・ブラシール南西方面司令へ報告へ向かった。

 パトリツィアが到着するまでは、帝国軍の指揮はルークが執る。パトリツィアからの信頼も厚い将校とヒューゴはセレリアから聞いている。


「イルハムが居ないのが痛いわね」

「うん、ゴーレムで壁を作って貰って、最前線と魔獣を切り離せたら楽なんだけど」

「そうなのよね。でも、私達で魔獣を襲えばいいんじゃない?」

「そうしたいけど、この軍の指揮官がどういう判断するか次第だね」


 ヒューゴの隊で魔獣を倒していく際、問題になるのは敵本隊の動き。帝国軍が敵本隊を牽制してくれるなら、魔獣を倒すのは難しくない。しかし、敵軍全てを受け止めようとしたら、ヒューゴ達は挟撃される可能性が高くなる。また、魔獣を相手にしている間に、魔獣ごと包囲されて魔法攻撃されるようなことになれば、ヒューゴやパリスといえども逃げられない。


「あと、先ほどから考えていたのだけれど、今回の侵攻で、敵が本気で帝国の領土侵略しようとしているのか疑問なんだ」

「こうして攻めてきているのに?」


 軍隊と軍隊がぶつかった結果なら、侵略されたとしても帝国民の感情には恐怖のような強い感情は生まれにくい。被支配層にとっては支配者が変わるだけ。

 だが、被支配層が戦争利用されるとなれば、明日は我が身かもしれぬと話しは変わる。嫌悪や恐怖が多数の人々に生まれ、それは反抗という形を取りやすくなるだろう。


 ルビア王国にとって支配しづらい状況が帝国全土に生まれることになる。

 その状況下でも支配しようとするなら、国民がルビア王国の支配を諦めて受け入れるほどの何かが必要になる。

 お金や権力などの利益を提供するか、戦争利用されることすらも諦めるしかないほどの力を見せるけるかのどちらかになる。そして帝国民の数を考えると前者は不可能だから、後者ということになるだろう。

 とするならば、今回のルビア軍の数では全く足りない。帝国軍に勝利できたとしても、ルビア王国軍が被る被害も大きく、その後帝国領土を侵略する力などないはずだ。


 被支配層が戦争利用されるという悪評を生じさせてでも、今回侵攻してきた理由はなんだ?

 それは魔獣の戦争利用しかない。

 魔獣の戦線への投入で、どの程度戦果があがるのか確かめようとしている。


 こちらに幻獣使いのイルハムが居るように、敵には魔獣使いが居ると考えれば、感じている違和感が解消される。


「……魔獣の戦線投入……は、これまで無いんじゃないだろうか……幻獣使いと同じように紋章の力で魔獣を使役する者が居て、その実験?」


 ドラグニ山には居ないはずのギャリッグサーペントが現れたことと、ルビア王国軍が連れてきた魔獣達とが、魔獣を使役する者が居るという考えでヒューゴの中で結びついた。


「ギャリッグサーペントの件も、離れた場所へ魔獣を送り込む実験の一つだったと考えれば、今回の侵攻に魔獣を連れてきたことも実験に違いない」


 ヒューゴのつぶやきを聞いていたケーディアが、ギャリッグサーペントとは? と訊いてきた。ヒューゴはギャリッグサーペントとベネト村が討伐した経緯を話す。


「火竜ほどの大きさの灰色の蛇型魔獣……ウルム村でも対策に追われているぞ?」

「え? どうしてそれを教えてくれなかったんだ」

「パブロ村長から口止めされていたんだ。ウルム村の問題でヒューゴさんの手を煩わせてはいけないと……」

「ああ、もう、気遣ってくれるのは嬉しいんだけど、対応策を教えることができるんだ。ウルム村はベネト村より魔法を使える者が大勢いるだろう? そしたら僕が居なくても対応できる……。あ、もしかすると……ウルム村を襲おうとしているのは魔獣だけじゃない。ルビア王国軍からも別働隊が向かうかもしれない」


 ヒューゴは、ベネト村を侵略しようとしてきたルビア王国軍を思い出した。

 帝国領侵攻の際、ベネト村かウルム村が占領下にあれば楽になる。帝国領に侵入した際、背後を心配する必要もなくなる。だからルビア王国は、ベネト村とウルム村を欲しがっていた。


「ケーディア達、ウルム村出身の隊員達は、急ぎウルム村まで行って欲しい」


 ヒューゴはギャリッグサーペントの倒し方と、ルビア王国軍の別働隊が迫っていた場合の対処をケーディアに伝える。念を押したのは、魔獣とルビア王国軍のどちらかに集中すること。先に魔獣を倒してしまった後にルビア王国軍を迎撃すれば、丈夫で厚い壁に守られているウルム村なら負けることはないと説明した。


「パリス。マークスにダニーロを乗せてウルム村まで飛んで欲しい。別働隊が向かっているようだったら、ダニーロの魔法で別働隊の進行をケーディア達が先回りできるまで邪魔してくれないか。その後、ウルム村へ先回りして、パリスはルビア王国軍への対応に回って欲しい。ギャリッグサーペントの相手はしなくてもいいからね」


 蛇が苦手なパリスは苦笑して頷いた。


「ヒューゴはどうするの?」

「僕はここに残る。敵本隊の対策には考えがあるんだ。それより、ウルム村の方は頼んだよ? 今回の侵攻の本当の目的は、ウルム村占領なのかもしれないからね」

「任せてよ。ダニーロとマークスが居るんですもの。ウルム村へ到着するまでに敵を思い切り減らしておくわ」

「うん、頼むよ。ケーディア達も宜しくね。一つ一つ片付けていけば、必ず勝てるし、こちらの損害も少なくて済むはず。じゃあ、宜しくね」


 その場の全員が頷き、テントから出ていく。


「さて、僕は僕で敵本隊から休憩時間を奪ってやらなきゃな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る