第二部 策謀の舞台

第六章 無紋(ノン・クレスト)達

新帝国歴三百六十一年、春


 花びら一枚でも美しいが、それだけでは花にはなれず、そして美しさも時間や環境で様々な姿を見せる花には及ばない。花が実を結ぶには雄しべや雌しべ、花柱、それらををまとめる花のうてなも必要となる。全てが揃いまとまって花となる。

 ヒューゴが花びらの一枚で終わるのか、それともうてなとなれるのか、それはまだ判らない。

 だが、花とならねば実を結ぶことはない。

 

 パリス等が救い、セレリアが導き、パトリツィア達統龍紋所持者が舞台の中央へヒューゴをいざなった。ヒューゴの周囲に徐々に集まる人々と共に、花となり実を結ぶための一年が始まっているのかもしれない。

 花びらのままでいろと願う人、美しい花を咲かせてくれと願う人、様々な思いがヒューゴに集まり始めていた。


 ……新帝国歴三百六十一年の春が訪れる。


 ルビア王国でメリナ・ニアルコスと会い、酔いどれ通りへ戻った後、イーグル・フラッグス専用の宿舎をどこに建てるか隊員達と相談した。

 セレリアが居るといっても、帝国軍とはぶつかる可能性もある。帝国軍の兵士を客の中心に置いている酔いどれ通りの近くに建てるのは危険かもしれない。かといって、遠すぎてはセレリアとの連絡や相談が不便。

 ヒューゴ達から連絡を取ろうとする分には、ラダールとマークスを使えば問題はない。だが、逆が困る。

 

 酔いどれ通りの近くに隊の宿舎を置けない理由はまだある。

 隊員の訓練場とラダール達の小屋も必要だった。特に、魔法を使っての訓練は帝国軍には知られたくない。

 それでも、食料やその他の物資の買い出しを考えるとあまり離れるのも不便だ。


 なかなか意見がまとまらない中、パリスが意見を出した。


「この際、私が毎日酔いどれ通りまで通うというのはどうかしら?」


 パリスがマークスに乗って通うならば、連絡もつけやすいし、買い出しも楽だ。宿舎ももっと南か西に置き、バスケットと行き来しやすい場所に建てることも視野に入れられる。


「それはとても有り難いんだけれど、毎日同じ時間に行かなきゃいけないんだよ? パリスさんの到着をセレリアさんやヤーザンさんが毎日待たされるようなことは……」

「ヒューゴ……私だってね? そのくらいのことは判るの。心配しすぎなのよ」


 命を助けて貰って以後、ダビド家で家族同然に暮らしてきたヒューゴは、いつまでも幼い頃のパリスの印象が残っている。剣の訓練に夢中になり、家事や母ジネットのお使いを嫌っていたパリスの姿が、ヒューゴのパリス評に影響する。 


「それに、サーラとカディナを……一緒には無理だから一日おきに交代になるけれど……酔いどれ通りやバスケットへ連れてきたい」


 ルビア王国の手から解放した無紋ノン・クレストの女の子、サーラは九歳、カディナは十二歳。

 帝国を歩いていても違和感を持たれない金髪と青い目のサーラは人懐こく明るい。一方、カディナはヒューゴやアイナと同じ外見で、黒髪、黒い瞳、そして薄い褐色の肌を持ち、檻から解放したヒューゴとパリス以外の人間をいつも警戒している風だ。


 ヒューゴは、アイナ達と一緒の方がいいだろうと考え、ベネト村へ連れて行こうと二人に伝えた。しかし、二人ともヒューゴ達と一緒に暮らしたいと言う。宿舎が完成したら、家事を手伝うからとも言う。

 作戦に入ったら隊員は宿舎を空けることになるから、ベネト村へ行った方が安全だと、ヒューゴ達は何度も説明したが、二人はヒューゴとパリスから離れることを怖がった。

 

 宿舎建築の予定がたったら、信用のおける工匠をセレリアに紹介してもらう予定だ。

 その後、隊員全員に休暇を出し建築完了まで身体を休めて貰うつもりでいる。休暇中、ヒューゴとパリスはサーラ達をベネト村へ連れて行き、リナやアイナと慣れてくれればと期待している。しばらくはヒューゴ達と暮らすとしても……いずれはと。

 とにかく、当面はヒューゴ達と一緒に酔いどれ通りの宿で生活していた。


「イルハムとレーブは、もうじきガルージャ王国のマーアムに着くわね」


 ガルージャ王国国王サマドの弟ハリド・アル=アリーフの遺体を、イルハムとレーブはマーアムまで運んでいる。

 ハリド・アル=アリーフとイルハムは幼い頃から知っていて、剣や魔法の訓練も一緒にしていた親しい間柄だったと遺体を回収したあとレーブからヒューゴは聞いた。単に王族と縁戚という間柄以上の関係が、ハリドとイルハムには有ったという。


 ――僕にとってのパリスさんやラウドさん、ライカッツさんのようなものだな。同じように仲良くしてくれたミゴールが亡くなった時を思い出すと、少しだけどイルハムの気持ちが判る気がする。


 イルハムが激怒し命令を無視してしまったことなど当たり前だとヒューゴは感じていた。サマド国王と共に喪が開けるまでの時間まではあげられなかったが、それでも可能なかぎりマーアムに滞在し心を慰めて欲しいとヒューゴは願っていた。


「そうだね。イルハムとレーブには辛い役目だろうけど、でも、彼らにやって貰うしかなかった」

「それもそうですが、その後のことを思えば、二人に任せて良かったと思いますよ」


 怖い表情したセレナがヒューゴに話す。


「どういうことかな?」

「サマド陛下とハリド殿下のお二人は、国民からとても愛されていました。サマド陛下は国の守り手として、ハリド殿下は生活の守り手として頼りにされていたのです。特に、ハリド殿下は気さくなお人柄で、護衛を連れずに民の近くで過ごすことも多く……まぁ、そのおかげで攫われてしまったのですが……」


「そうなんだ。で、イルハムとレーブが殿下の遺体を運んだことが、後々良いというのは?」

「殿下の埋葬は国葬となり、殿下を害した者はその場で国敵と断じられます。全ての国民がルビア王国を国敵として納得して認めるでしょう。そして、仇を討つと皆が誓い、イルハム達に力を貸すことを約すことでしょう」

「……なるほど」


「国民の中には、イルハムとレーブを知っている者も多くいます。二人がこれからルビア王国打倒の手助けをすると知れば、一緒にと考える者が必ず出てきます。ここに戻ってきたとき、二人だけではないと思いますよ。暗殺を生業にしている者を、国王が用意するかもしれません」


 セレナは淡々と話しているが怖い内容だ。セレナ自身からも殺気に似た暗く冷たい空気が感じられる。ハリドがどれほど国民から愛されていたか、そしてガルージャ王国国民の怒りがヒューゴに伝わってきた。

 

「数人仲間が増えても、こちらから攻めることは、まだできるような体制じゃない。ルビア王国は帝国に次ぐ大国だからね。イルハムとレーブ、そしてセレナが身近にいてくれるだけで僕はとても心強いんだ」


「昨年、ガルージャ王国は帝国との戦いに敗れ、国民の中に沈んだ気持ちがありました。ですが、ルビア王国への怒りや恨みが、沈んだ心に火をつけるでしょう。ルビア王国との戦いは置くとしても、国内に気力が湧いてくるのはある意味嬉しいです」


「そうか……。さて、僕らは今できることをしよう。戦うための準備には、安らかに休める場所も必要だよ」


 ……ヒューゴは、イルハム達を思いながら、宿舎建設に気持ちを切り替えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る