帰村

 イーグル・フラッグスの宿舎は、酔いどれ通りとバスケットの中間地、酔いどれ通りから馬で一日半ほどの場所で建てられることとなる。

 南方には森があり、中にはドラグニ山から続く川が流れている。獣や魔獣もそれなりに生息しているようで、肉類の調達、ラダールとマークスの餌に困りそうにない。その森を越えると海があり、水棲魔獣がいるので魚介類の採取は簡単にはできないけれど気持ちの良い風が吹く。


 セレリアが紹介した工匠が、ヒューゴ等の要望を取り入れて設計し、石工や大工などを集めてイーグル・フラッグスの拠点を建てる。ラダール達の小屋や訓練所などの周辺設備は二月ふたつきほどで、宿舎の建築には四ヶ月ほどかかるという。宿舎は、仲間が今後も増えると見越して二十名の宿泊施設を二軒、会議等を行う建物……隊員本部を一軒建てる。最初の構想よりかなり規模は大きくなった。


 資金は、ブロベルグでの魔獣狩りと、ルビア王国での王族救出の報奨金で十分賄えた。特に王族救出の報奨金の額は想像以上に多く、セレリアから金貨が詰まった革袋を渡される。帝国軍の隊であれば、金銭ではなく、領地や昇級で褒美を与えられるところも金銭で補ったのだろうとセレリアは言っていた。


 革袋の中身を数えてみたら金貨二百五十枚あり、金庫番のセレナがほくほくしていたのは言うまでもない。金貨五枚もあれば、一般の国民なら一年は過ごせる。それが二百五十枚というのだから、ヒューゴ達が驚いたのも無理はない。隊員達へ給与と報奨を渡し、当分任務をこなさなくても隊を維持する余裕が十分ある。

 

 時折、ヒューゴが状況確認に来るとして、イーグル・フラッグスの仲間は休暇を予定通りにとることとした。サーラとカディナを連れてベネト村へ戻るとヒューゴとパリスは決めていた。だが、セレナもガルージャ王国へは戻らずヒューゴと共に過ごすと言う。

 

「それは構わないのですけど、国へ戻らなくてもいいのですか?」

「戻るつもりなら、イルハム達と一緒に戻りました。今は、今後何が起きてもすぐに対応できるよう、ヒューゴさまと考える時期だと考えます」


 確かに、本拠地ができた後のことも考えておかなければならない。本拠地を守護する人員や、帝国との接し方なども考えておかなければならない。

 ヒューゴはセレナの指摘に納得し、サーラとカディナをヒューゴが乗るラダールに、セレナはパリスのマークスに乗り、途中でバスケットへ寄ったあとベネト村へ向かうこととした。


・・・・・

・・・


 バスケットで、ライカッツと会ったヒューゴは、意味ありげなことを言われる。


「こっちから酔いどれ通りへ行き、ヒューゴに会おうと思っていたんだ」

「何か用ですか?」

「次はいつベネト村へ戻るのか聞こうと思ってさ」

「ベネト村には今夜戻りますよ。それで、どうしたんですか?」


 帰村の予定などを知りたいなんてどうしたのかと、ヒューゴは疑問に感じた。ライカッツはバスケットでは警備、ベネト村では狩りで生活を営んでいる。ヒューゴがベネト村へ来たばかりの当時、ドラグニ山の頂上近くにある龍神の祠まで何年も毎日一緒に通ってくれた。もともとベネト村の外で生まれ、村人に助けられて村で暮らすようになったことなど、同じような境遇だったこともあり、何でも話せる間柄だ。

 五歳年上だから兄貴分としてライカッツ自身も自覚しているし、ヒューゴも弟分の自覚を持っている。

 兄弟同然のライカッツが何か隠しているような雰囲気のまま、ヒューゴの予定を知りたいという。


「ああ、えーとだ。明日、俺も村に戻るから、昼過ぎに家の方へ行く……その時にきちんと話すよ」

「はい、判りました。……でも、なんかライカッツさんらしくないですね?」

「ちょっと約束していてだな……ここでは話せないんだ」

「ほんとライカッツさんらしくないですけれど、いいですよ。明日、昼食後は家に居ることにします。都合の良いときにきてください」


 セレナ、カディナ、サーラを紹介した後ライカッツと別れ、久しぶりの買い物に夢中なパリスと合流する。軽く食事を済ませたあと、再びラダール達に乗りベネト村へ向かった。


・・・・・

・・・


 結婚前ヒューゴが住んでいた離れもあり部屋もヒューゴの家より多いので、セレナ達三名はパリスの家……ダビド家で預かることになった。

 パリスの兄スタニーも結婚し家を出てる。

 セレナ達三名を宜しくお願いしますと挨拶すると、ダビド夫婦は、自分の家のように使ってくれていいとヒューゴに笑った。

 

 ――ここは僕の実家のようだ。ダビドさん達を見るとホッとするなぁ。


 昔と変わらない温かな空気をダビド家に感じて、ヒューゴも顔をほころばせる。本当の両親に捨てられたヒューゴには、ダビド夫婦こそ両親のように感じている。そして、ダビド夫婦も我が子のように感じてくれていると、根拠はないがヒューゴは確信していた。


「セレナさん達のことは任せておいて。それより、早くリナに顔を見せてあげなさいよ」


 しみじみとした空気に包まれていたヒューゴをパリスは現実に戻す。こういう所も昔も今も変わらない。だが、おかげで感傷的にならずに済む。


「うん、そうさせて貰うよ。じゃあね」


 ペコリとダビド夫婦に挨拶し、セレナ達に手を振ってヒューゴは五ヶ月ぶりに会う愛妻リナの待つ家へ向かった。


 家に戻る前に、リナの父ヴィトリーノの作業場へ顔を出して休暇で帰ってきたことを伝える。貰った防具の調子は良いことをヒューゴが感謝し伝えると、職人らしく「改良したいところがあれば言ってくれ」と嬉しそうに言う。


「しばらく村に居るので、また仕事で鍛えて下さい」


 村に居る間は、ヴィトリーノの鍛冶仕事をできるだけ手伝うつもりでいた。

 目的を果たしたら、戻ってきて鍛冶職人として生きていこうとヒューゴは考えている。武器や防具を作るのは好きであり、良質の武器や防具はベネト村にとって役立つものと信じている。リナの夫として、そして村のためにできることをと考えるヒューゴには、ヴィトリーノの後を継いで鍛冶職人の道を進むのは自然であった。


「ははは、気を遣わなくていい。今は、自分の目的に必要なことだけ考えていいんだ」

「いや、でも、僕は鍛冶職人の道も目指したいんです」

「……そうか。じゃあ、無理せずに手伝ってくれ」

「はい、昼前はできるだけ来ますので宜しくお願いします」


 挨拶し終えたヒューゴは、隣接する自宅へ向かう。

 自宅の扉を開けると、リナの声が聞こえた。


「……その薬草は煎じて飲んで貰います。解熱の効果があるので……」


 アイナかナリサを相手に、薬草の使い方をリナは教えているようだ。

 ただいまと声をかけると、おかえりなさいとリナ達の声が聞こえる。そのまま中へ入ると、床に薬草を広げてリナ、アイナ、ナリサが座っていた。

 担いでいた革袋から、ブローチ、腕輪、髪飾りを取り出す。リナにはブローチを、アイナには腕輪を、ナリサには髪飾りを渡す。


バスケットで売ってたんだ。気に入ってくれるといいけれど……」

「ありがとう」

「ヒューゴったら気を遣っちゃって……」

「私……頂いてもいいんですか?」

 

 照れながら渡したヒューゴは三人の反応を気にしつつ、恐縮しているナリサに、もちろん使ってよと笑った。

 そして小さな革袋を手に取って、ブローチを眺めているリナに渡す。


「これ、報奨金の一部なんだ。お金、たくさん持っていても使わないからさ……」


 袋を開けてリナが確認すると、金貨二十枚入っていた。


「こんなにたくさん……嬉しいけれど、無茶なことしたんじゃ?」

「ううん、ほら? 僕は帝国人じゃないから、土地とか昇級で報奨を与えられないからと、お金で貰えたんだ」

「土地を貰えるような……危ない仕事だったのね?」

「うっ……でも、僕にはそんな危険な仕事でもなかったんだ……頼りになる仲間も増えたし……そんな怖い目で見ないでくれよ……」


 喜んで貰えると微笑んでいたが、ヒューゴは困った表情に変わった。

 ジト目で見るリナの圧力に負けて、ヒューゴはアイナに目で助けを求めた。


「リナさん、戦いはいつも危ないでしょう? そこら辺りで許してあげてください」

「それはそうなんですけれど、私がキツく言わないと、ヒューゴさんは無茶するんですもの」

「ヒューゴ、リナさんにいつも心配かけていると覚えておくのよ?」


 無言で何度も縦にヒューゴは首を振る。

 その様子を見ていたナリサはクスクスと笑う。


「ヒューゴさまは、奧様に弱いんですね?」

「うっ……そうかもしれない……」


 リナは日頃とても温和で大人しい。だが時折、強く前に出てくることがある。

 ヒューゴがリナとの婚約を決めたときもそうだった。

 自虐的で、自分を好きになる女性がいるなどと想像もしたことのなかったヒューゴに、自信を持てと、自虐的過ぎると、叱るように説教したのはリナだった。そんなに自虐的だと、ヒューゴと結婚したいと思っているリナまで悲しくなると怒った。


 ――僕のことを考えてくれるとき、リナはいつも人が変わったようになる。有り難いな……。


 リナへの感謝を感じていたが、ナリサにまでからかわれそうなので、ヒューゴは別の話題に変えた。


「僕が居ない間に、変わったことはなかったかい?」


 ヒューゴの言葉を聞いた三人は、お互いに顔を見合わせている。

 三人の表情を見て、

 

 ――どうやら何かあったらしい。それも多分一つじゃない。


 ヒューゴは察した。


「実は……」


 ……それまでの少し怒った表情を真面目に変えてリナが話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る