誘う者(救出作戦)
ヒューゴがセレリア隊のテントに顔を出したのは、翌朝になってからだった。
どこかの川で服と身体を洗ってきたのか、衣服に血の跡が多少残っているだけで、怪我をしている様子も見えない。ヒューゴを見つけた隊員達もセレリアもホッと胸を撫で下ろす。
「ハリド殿の遺体は、布で包み棺桶に寝かせました。後で本隊から防腐魔法を使える者が来てくれるそうですので、処置を終えたら馬車に乗せて……サマド様のもとへ送ろうと思います」
先に戻っていたイルハムがヒューゴに報告する。ヒューゴもイルハムも表情は静かだった。
「そうか、イルハム自身で連れ帰ってあげて」
「感謝いたします」
ヒューゴの気遣いに返事したイルハムの瞳から涙が一つ零れる。
続いて、セレリアが作戦の成功をその場の全員に伝える。
「ゼナリオとアスダンの国王夫妻はパトリツィア閣下のもとへ預けた。
報告を終えたあと、セレリアはヤーザンとともにテントから出て、パトリツィアの居る司令部へ向かう。ヒューゴ達もテントの外へ出て、セレナが居る馬車へ戻った。セレリアが戻り、次の指示があるまで馬車周辺で待機とし、ヒューゴも近くの草むらに座る。
ヒューゴの横にパリスが座った。
「……僕はやり過ぎたかもしれない」
ため息をついてパリスへ話しかけた。
「イルハムから状況は聞いたわ」
「いや、イルハムを逃がしてからのこと……敵を皆殺しにしてきた……」
「八つ当たりしちゃったのね?」
八つ当たりという言葉に抵抗を覚えたヒューゴは、ハッとした表情でパリスを見る。しかし、思い返してみると、八つ当たりと言われても当然のようにも思えて頷いた。
「うん、多分そう。幼い子でも
「ヒューゴ。……あなたにとってルビア王国の存在とその方針は受け入れがたいものなんだわ。仕方ないとは言わないけれど、諦めるしかないことなのかもね」
「きっとそうなんだろうね。僕はどうしたらいいのかなぁ」
「私には判らないわ。でも、あなたは
ヒューゴの肩をポンッと叩いて、パリスはセレナが居る馬車へ入っていった。
ゴロッと身体を横にして目をつぶる。
『力を使うのが怖いのか?』
ヒューゴの頭の中で士龍が問いかけてきた。
――そうじゃない。使い方で悩んでいるんだ。
『ふむ、それならば悩むがいい。力を持つ者が悩みもせずに力をふるうことほど怖いことはないからな』
――士龍も悩むことがあるのかい?
『大昔にはあったのかもしれない。今は……ないな』
――そうか。……そうだ、僕は少しは成長しているのかな?
『ああ、成長している。皇龍の定めに届くかは判らんが、おまえが成長していることだけは保証してやろう』
――皇龍の定めか……士龍は教えてくれないんだよね。
『時が来れば判る。来なければ判らぬ。そういうものだ』
――今は、まぁ、いいか、他に考えるべきことがある。
『一つだけ言っておこう。おまえが戦う限り、力の使い方で悩まぬ日は来ないのだ。それは士龍の力を持っていても持っていなくてもだ。覚えておけ』
――判ったよ。うん、今日はっきりと判った気がする。
士龍の声が聞こえなくなる。
昼にもセレリアが戻るにも時間はまだあると、ヒューゴは眠りに身を任せた。
・・・・・
・・・
・
「ヒューゴ! 起きて! セレリアさんが呼んでる」
パリスの声で目覚めたヒューゴは身体を起こし、目をこする。
「判ったよ。すぐに行く」
起き上がって、セレリアのテントへヒューゴは一人向かう。テントに入ると、セレリアとヤーザンが待っていた。
二人の表情を見るとあまり良い報告ではないようにヒューゴは感じた。
セレリア達の前に置かれた椅子に座ると、セレリアが言いづらそうに口を開く。
「実は……アレハンドラ・アル=バブカル殿下を除く
「……話はそれだけですか?」
「パトリツィア閣下は反対してくださったのだけれど、帝国から随伴してきた帝国軍総本部の参謀がそこだけは譲らないの」
「……みんなのところへ戻ってもいいですか?」
「最後まで話を聞いてちょうだい。引き渡さないと金龍のブレス攻撃も厭わずに戦争を継続すると言ってきたの」
「僕の知ったことではありません。僕にとっては、
セレリアの言葉でもまったく聞く耳を持たないヒューゴに、ヤーザンが落ち着いた声で話しかける。
「金龍のブレスを使うということは、フルホト荒野のような死の土地を作るということだ」
「じゃあ、ルビア王国の統龍紋所持者を殺してきます」
「いくら君でも、そんなことができるわけないじゃないか」
「できるかどうかは知りません。僕が生きている限り、
きっぱりと言い切ったヒューゴの顔を、セレリアとヤーザンはジッと見ていた。
「君ならばそう言うと思っていたよ」
セレリアの後側から声がして、パトリツィアがテントに入ってきた。パトリツィアを見ても、ヒューゴの冷たい表情は変わらない。動揺することもなくテント周囲の気配を探り、兵に囲まれている様子はないとヒューゴは感じた。
「処罰するつもりで来たのですか?」
「そう好戦的にならないでくれ。私は相談に来たんだ」
「相談? 僕はけっして渡しませんよ?」
「ああ、それは判っている」
「では、どんな相談ですか? パトリツィア閣下には失礼でしょうけれど、今の僕は長々と話す気分ではありません。手短にお願いして良いですか?」
「金龍と金龍紋所持者と会ってきてくれ」
「戦ってこいと?」
ヒューゴがいくら強くなったと言っても、統龍の金龍を相手に勝てるはずがない。そんなことはヒューゴは判っている。また、そのような無理をパトリツィアが言うともヒューゴは思っていない。
だが、
喧嘩を売るような視線のヒューゴに、首を振ってパトリツィアは否定し話を続ける。
「いや、君が金龍紋所持者と会えば、ルビア王国は、金龍を使って帝国への攻撃はできなくなる」
「僕じゃなく士龍と会えばでしょ?」
「そうとも言えるが、そうではない。士龍は君の意思に従うのだからね」
「会って話せば良いのですか?」
「ああ、そうだ」
――会って話すだけで、金龍による攻撃を防ぐことができるなら楽な話だ。だが、一つ確認しておきたいことがある。
パトリツィアの真意を知りたいとヒューゴは考え、苛ついた気持ちを抑えて訊く。
「……この話をする前に、僕が絶対拒否する申し出をセレリアさんにさせたのはどうしてですか?」
「君がどこまでの覚悟を持っているのかを知る必要があったからだ」
「覚悟?」
「ああ、そうだ。君は知らないようだが、士龍を持つ君は、統龍と統龍紋所持者にとって敵対できない存在なのだ」
「どういうことですか?」
「詳しくはまだ言えない。士龍が現れたと知れば、統龍紋所持者は君の味方になれないかもしれないが、少なくとも士龍の敵にまわることもできない。それは皇龍の定めだからだ。帝国を敵に回してもと君は言った。それは既に敵の……大陸の西側を治めつつあるルビア王国と、東側を治めている帝国の両方を敵に回すということだ。大陸中を敵に回しても君は
「それで金龍はブレス攻撃を使えなくなる?」
「ああ、その通りだ。それが明らかになれば、紅龍を前戦に置いておく理由が無くなり、我が軍の撤退を総本部も反対できない。いや、反対しても、紅龍を失わぬために私は撤退する。士龍は……君は、紅龍による攻撃を望まないだろうからな。皇龍の定めを知る皇帝陛下も納得してくださるだろう」
ルビア王国を倒すにしても、領土を荒野に変えて住民を苦しめる真似はヒューゴはしたくない。その意味で、金龍と紅龍が戦線から離れるのは好ましい。
「……いいですよ。金龍紋所持者と会ってきます。どうしたらいいですか?」
「私と共にメリナ・ニアルコス……金龍紋所持者のところまで行く。それで話は勝手に進むさ」
「士龍に語らせるつもりですね」
「そうなってしまうだろうな」
「……そうですね」
パトリツィアとヒューゴはお互いに視線を切らさない。本音を隠すようなところがあればすぐ気付くだろうと二人とも感じている。
ヒューゴを見つめるパトリツィアの青い瞳が、それまでの真っ直ぐな感じから、遠くを見るように変わった。
「……思いつきで悪いのだが、ヒューゴ君、君は国を作るべきなのかもしれないな」
「は? そんなこと無理ですよ」
「そうとは言い切れん。ベネト村もウルム村も国のようなものだ。その二カ所をまとめて、他の国と渡りあえる体制を作れたなら、それは一つの国と言って良い」
「ベネト村もウルム村も、僕の事情に巻き込みたくはありません」
「そうなのだろうな。だが、君が望まなくても、その必要が出るかもしれない。今は戯れ言と思ってくれていいが……こうして話していると、いつか君が国を作る確信が生まれたよ」
「……」
「その時、私は君と共に戦っているのかもしれないな。……いや、思いつきの戯れ言だ。話を戻そう。ではメリナのもとへ向かおう」
セレリアの小隊とヒューゴの傭兵隊をまとめ帝国へ戻る準備をするようセレリアに指示し、パトリツィアはヒューゴに手を差し出した。握手を求めるようではなく、こちらへ来いと言うように柔らかく出された手にヒューゴは戸惑う。
「この会談はヒューゴ君が主役だ。君が表舞台に出る時が来たのだ。……私がその場へ導こう」
そう言うとニッコリと笑い、パトリツィアはテントの外へ歩き出した。パトリツィアの言葉の意味はヒューゴには判らない。しかし、今はパトリツィアのあとを追うことしかできない。
ヒューゴもまたテントの外へ向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます