イルハム救出(救出作戦)

 ヒューゴとパリスは、帝国軍本隊が陣取っている地点よりヌディア回廊近くに用意されたセレリア隊のテントへ戻る。ここで救出した無紋ノン・クレスト三名を、待機していたセレナへ預け、パリスはセレリア隊の支援に、ヒューゴはイルハム隊の支援にそれぞれマークスとラダールに乗って飛んだ。


 セレリア隊は、目標としていた四カ所の補給拠点を襲い、敵の物資に損害を与えて撤退していた。ヤーザン隊と合流し終えたセレリア隊を見つけたパリスは、追っ手がいないか確認するため王都側を旋回する。


 ヒューゴもイルハム隊を発見したが、指揮しているはずのイルハムの姿が見えない。地面に降りて、王族を乗せた隊員は先を急がせレーブだけを残して確認した。


「……イルハムは……まだ王族を救出した地点に残っているはずです」


 レーブには似つかわしくない苦しげな表情で顔を歪ませてヒューゴに報告する。


「王族救出はうまく行ったのだろう? なのに何故?」

「ハリド・アル=アリーフ様を……国王サマド陛下の弟君を……目の前で殺されてしまいました」

「え? 王都に監禁されているはずでは?」

「それが……まったく偶然なのですが、ハリド様を別の監禁場所へ連れて行く最中だったようで、鉢合わせしたのです」

「それで、どうして?」


 レーブ達が王族を乗せ撤退し始め、イルハムがゴーレムを使い追っ手を抑えるためにゴーレムを使った。ここまでは順調に計画通りに進んでいた。しかし、ゴーレムを知っている者が居て、ガルージャ王国の者がいると判り、剣を当てたハリドを連れてきて降伏を呼びかけてきた。

 ヒューゴに忠誠を誓っているイルハムは、ハリドを救出したい思いに苦しみながら降伏を拒絶して撤退を始めた。すると、ハリドの首をその場ではね、敵兵はイルハムを責め、あざ笑った。その様子を目にしたイルハムはとうとうキレて、ゴーレムを使って敵の殲滅を始めたのだという。


「イルハムの魔法力は、サマド陛下ほどではありません。一日くらいならゴーレムを使い続けていても倒れはしません。ですが……それ以上は……」

「判った。僕が行く! レーブはみんなを追ってくれ」

「……イルハムをお願いします」


 親友の身を思うレーブに黙って頷き、ラダールの背にヒューゴは飛び乗った。


・・・・・

・・・


 ゴーレムを徐々に進め、次々に壁を出しては敵を潰すイルハムの姿をヒューゴは確認する。上空からでも、イルハムから感じる怒りの強さが判るほどの空気が戦場にはあった。


「イルハム! 撤退しろ!!」


 降下したラダールから降りてイルハムに叫ぶ。

 ヒューゴの声を聞いたイルハムは、ハッと顔を向け、そして意思を告げる。


「命令違反、申し訳ありません。……ですが……ハリド様のご遺体を持ち帰らねば……」


 血の涙を流しそうなほど悔しげにイルハムは顔をゆがめる。彼の心情を思うと、このまま帰れとは言えないと、それに例え命令しても、今の彼は言うことを聞かないだろうと思えた。


「ハリド殿のご遺体はどこだ! 僕が持ち帰る! 早く教えてくれ!」


 怒りにまかせてゴーレムで敵を倒しつつ、イルハムは敵集団の一カ所を指さした。


「判った。援護してくれ!」


 ラダールにはイルハムの支援を指示し、ヒューゴは剣を腰から抜いてイルハムが示した場所目がけて駆け出した。


 ――ここは王都から近い。援軍も呼んでいるだろう。……時間はかけられない。


 ヒューゴの背から紫色の光が放たれ、人の目では追えないほどの速さで移動し始める。

 

 ――全力を出さなくても、この程度の兵なら……。


 迫ってきた集団の中央を剣でなぎ払う。敵兵には何が起きたのか判らなかっただろう。グゥッと呻き声をあげた兵の胴は半ば切られ、そのまま横に弾け飛ぶようにずれた。剣を素早く抜いたヒューゴの目の前に道ができ、勢いのままに再び突進する。


 次の兵が視界に入る。剣を振り上げようとする兵の横へヒューゴは移動したが、その姿は敵には追いきれなかっただろう。


 ――どこだ? ハリド殿の遺体は……。


 前面で慌てている兵とその周囲を見回し、ヒューゴの右奥前方の荷台から首のない遺体がはみ出しているのが見えた。


 ――あれか?


 剣を握り直し、荷台に向けて進路を変えた。

 ヒューゴの速さについてこれない敵兵は、右往左往している。


 荷台に到着し、そばの兵の一人を背後から捕まえ、喉に剣をあててヒューゴは聞いた。


「この遺体はハリド殿のか? 頭はどこだ?」


 ガクガクと震えながら兵は頷き、そして、荷台の隅に転がっている人間の頭部を指さした。

 確認を終えると、ヒューゴは捕まえていた兵を荷台から蹴り落とし、ハリドの頭を拾う。

 

「ラダール! 来てくれ!」


 荷台の周囲の兵が近づかないよう剣と視線で牽制し、遺体のそばに立つ。

 降りてきたラダールに、イルハムのところへ遺体を持っていくよう指示すると、太い爪で遺体を掴んで飛んでいった。

 

 左脇に頭を抱え、ヒューゴは再び駆けだした。


 ――とにかくこれをイルハムに届けなければ……。


 ヒューゴの剣と動きを恐れ、兵が近づいて来ないのをよいことに、イルハムのところまで一直線に走る。

 ラダールから遺体を受け取ったイルハムは、馬の背に乗せていた。

 

「……ハリド殿で間違いないかい?」


 抱えた頭を見せて、ヒューゴは確認する。

 両手で受け取り、顔を確認したイルハムは涙声で答えた。


「……はい、はい、そうです……」

「よし、このまま持ち帰るのは辛いけど、ここではどうしようもない。途中で布を見つけたら包んであげよう」

「……はい……」

「じゃあ、先に逃げてくれ。僕はラダールと一緒にここで追ってを邪魔するから。イルハムはハリド殿の遺体をちゃんと持ち帰るんだ。いいね!」


 頭を抱え、乗せた遺体の後ろにイルハムは乗り、


「ヒューゴ様……ありがとうございます」

「そんなのいいから……必ず無事で帰ってくださいね」


 イルハムはコクリと頷き、腹を足で蹴って馬を走らせた。馬が去るのを見送り、ヒューゴは再び敵軍に顔を向ける。


 イルハムを追いかけようとする馬に乗った兵を見つけ、ラダールに指示した。


「馬に乗っている兵は全員落してくれ! おまえも十分に注意してくれよ?」


 この場には傷つけて困るような味方はいない。ならば……と、士龍の力を制御可能な範囲で引き出すことを決めた。


 ――もし、怒りで暴走しても、あとで後悔することはないだろう。


 その場を遠目で観察している者のことなど気づきもせず、紫の光を放つ怒りの塊となったヒューゴは、その場の敵軍を蹂躙じゅうりんする。一方的に絶対的な力で、敵を一人一人と肉片へと変えていく。誰一人逃がすことなど考えず、ひたすら動く標的を見つけては剣を振るっていた。

 イルハムが去ったあと、敵兵は三十名以上残っていたはずだが、全てヒューゴ一人に命を奪われる。


 最後に一人立ち、ぶらりと下げた剣も血まみれのヒューゴは、防具だけが銀色に輝く赤い魔物のようであった。

 ルビア王国軍ではこの日より、ヒューゴは悪鬼のようには恐れられることになる。

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