無紋救出(救出作戦)

 ラダールが檻の真上まで降りると、その背からヒューゴは飛び降りた。ラダールは事前に指示された通り、檻の周囲の敵の一人にその太く大きな爪で襲いかかる。

 

 ガァアアアアーー!


 ラダールの鳴声に驚き、剣を振り回す敵兵を横目に、ヒューゴは別の兵に向けて突っ込んでいく。檻の近くに居る敵を早く排除し、パリスの無紋ノン・クレスト救出が楽になるようにしなくてはならない。

 今日のヒューゴの剣には躊躇いがない。


 無紋ノン・クレストを助ける。

 タスクとウィルのように、理不尽に殺される無紋ノン・クレストはもう作らない。

 ルビア王国の目的が無紋ノン・クレストも抹殺なら決して許さない。


 ヒューゴの剣にはその思いが込められ、邪魔する者への容赦など一切なかった。


 パリスが檻に近づく動きが見えた。その背後に近づく敵兵に一瞬でヒューゴは近づき、ハッっと息を吐いて首に剣を滑らせる。血を吹きドサァッと倒れる兵に見向きもせずに、ヒューゴは周囲を見回す。

 剣を振り上げ、ヒューゴに近づく兵の横へ移動し、やはり首へ剣を突き刺しすぐに抜く。

 

 リナから贈られた防具には、かけられた魔法のおかげで返り血は付着しないが、頬や髪には吹いた血が飛び散っている。


 バチィッ! という音が鳴り、続いてガンッという音が背後から聞こえた。音のする方へ視線を送ると、パリスが檻の鍵を壊し、扉を引き剥がすように開いていた。

 

 パリスが開けた扉から男性一人、女の子二人が出てきた。じっくり見る余裕はないが、男性は多分、ズルム連合代表国国王ジェルソン・アル=バブカルの長男アレハンドラ・アル=バブカル。女の子二人はまだ十歳にも満たない幼さだ。

 

 ――こんな幼くても処刑しようとしているのか……ちくしょう……。


 そう言えば、ヒューゴがルビア王国の集団農場で殺されかけた時も十歳だったことを思い出す。あの日以来、ルビア王国は無紋ノン・クレストの生存を許さない。幾つの子であっても殺そうとする。そのことを思い出し、今更ながら強い怒りをヒューゴは感じていた。

 

 ――僕等が何故殺されなければならないんだ!? クソッ……こいつら……。  


 怒りで視野が狭くならないよう気をつけているヒューゴだが、感情に引っ張られていつもより身体に力が入っていた。


「パリスさん! 敵兵は僕に任せてみんなを早く!」

「頭を柔らかくしなさい! 大人三人なら最初の予定通りでいいけど、大人一人と子供二人が二人なのだから、ヒューゴも一緒にラダールに乗れるじゃないの!」


 マークスにパリスと大人の男性、ラダールにヒューゴと子供二人。確かにこれならパリスの言うとおり一度に逃げられる。しかし、全員一緒にドラグニ・イーグルに乗るまで、追っ手を防ぐ者が居なくなる。


「だけど……」

「いいからグダグダ言わずに、ここらの敵を減らしなさい! 私も手伝うから」


 救出した三名を背に、パリスは敵に剣を向ける。その様子はヒューゴと違い、瞳に剣呑さは宿っていても自然体であった。

 だが、状況はヒューゴとパリスが感じていたより悪くなる。無紋ノン・クレストが囚われた檻の移動を街道沿いで見物していた人達の中から、パリス達に剣を向けてきた者が五名かたまって現れた。


 パリスの背がオレンジ色に強く光り、剣を地面に落す。次に手を開いて両手を地面に付けて叫んだ。


「まだ練習中なのに……仕方ないわね……。環状雷撃檻ライトニング・サークル・ケージ!」

 

 バンッという衝撃音のあと、近寄ってきた人達に向けて光の矢が地面を走った。光の矢が弾け、クルッと敵の集団を囲んで輪ができる。その輪からガリガリッと音をたてて雷が立ち上がり、輪の中の人達を同時に包み込んでいった。雷でできた鳥かごに囚われた人達は、雷撃のショックでバタッバタッと倒れていく。


「何ですか、それ?」


 パリスの魔法自体見る機会は少ない。だが、ずっと一緒に訓練してきたヒューゴは、他の人よりは知っている。いや、パリスの使う魔法なら全て知っているつもりでいた。

 だが、目の前でパリスが見せた魔法をヒューゴは知らない。

 ヒューゴだけでなく、敵の兵もパリスの魔法に驚き動きを止めている。


「仕方ないじゃないの! ダニーロさんが、魔法の練習ではイメージを言葉で表しておくと成功しやすいって教えてくれたんだもの。頭の中で言葉にしても、まだうまくいかなくて、恥ずかしいけれど口に出して練習しているのよ! 悪い?」


 照れくささを誤魔化すようにヒューゴを怒鳴り、地面の剣をパリスは手にとった。


「いえ、そっちじゃなくて魔法技のほうですよ。今まで見たことがないので……」

「そんなのあとで教えてあげるわよ。今は敵を倒すことに集中しなさい!」


 敵の接近を許さないよう周囲に視線を送りながら、パリスは再び剣を構えた。

 はいと返事しヒューゴも剣を握り直す。


 ハァアア!


 気合いとともに、まだ動きを止めている兵にヒューゴは突っ込んでいった。我に返った敵兵のヒューゴに向けて突いてきた剣をスッと避け、防具のない太腿のあたりを切り裂く。グワッと声をあげ倒れる兵を蹴飛ばし、次の目標をヒューゴは探す。


 一人また一人とヒューゴとパリスに倒され、残った数が十名をきったあたりで、「ここは撤収だ!」と敵兵が逃げ出していった。馬に慌てて乗る者、武器だけを持ち馬のあとを追う者、その様子を見たヒューゴとパリスは、敵兵を追いそうになっているラダールとマークスを呼んだ。


「まずこの人達を乗せよう。最後に僕が乗る」

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