発想転換


 ブロベルグから酔いどれ通りへ戻る道中、ヌディア回廊方面へ移動する軍の姿を数度見かける。目の前を横切る帝国軍の様子を見て、ヒューゴとセレナはその様子に違和感を感じ話し合っていた。


「ヒューゴさま、これまで中隊規模百名超の軍を四度見かけましたが、どの隊も緊迫した空気で……緊急の増援に向かっているような……」

「ああ、僕もそう感じた」


 幌に覆われた荷馬車から見える、整然と進む帝国軍の表情は堅く、前戦の戦況が好ましい状況とは言えないのが判る。


「僕たちにも声がかかるかもしれない。セレリアさんも呼ばれているんだろうか?」

「どうでしょうね? 現在帝国軍は、ルビア王国を牽制するために動いているはずです。紅龍を連れていって尚苦戦しているとしたら、ルビア王国の金龍が出てきていると考えるべきでしょう。とすると……」

「ルビア王国とズルム連合王国の戦いが終わった?」

「戦争が終わったのか、それとも一時休戦したのか……それはまだ判りません。しかし、ズルム側へ金龍を投入しなくても良い状況なのは確かでしょうね」

「セレナは、この状況で、僕たちは何に気をつけていればいいと思う?」


 進軍する兵達の様子をもう一度見てからセレナは答える。


「セレリアさまが既に出発している場合を考えておくべきですね。何か伝言を残してくださると思いますが、伝言も残っていない場合にも備えておくべきです」


 セレナの進言を聞き、ヒューゴも兵達に目を向けて考える。

 

 ――すれ違いになるとしても、早めに合流できれば……。


「パリスに確認して貰うか……。ヌディア回廊のこちら側に駐屯している部隊が必ずあるだろうから、そこでセレリア小隊を確認できれば、僕たちも途中で進路を変えられる」

「それが宜しいかと思います」


 セレナが居てくれると、ヒューゴは考えを整理できる。イルハムとレーブとは軍事的戦術面の相談はできるが、経済的な面などを含めた全般的な相談はなかなかできない。観察力に優れるセレナは、戦術以外ならほぼ意見を出してくれる。一人だけで考えずに済むようになり、ヒューゴは本当に助かっている。


 御者席でケーディアと並んで雑談しているパリスに声をかける。


「パリス、お願いがあるんだ」

「ん? ヒューゴからお願いなんて珍しいわね」

「マークスと一緒に、ヌディア回廊の出口あたりに多分ある駐屯所へ行って欲しい」

「それは構わないけれど、行って何をしてくればいいの?」

「セレリア小隊がどこに居るか確認してきて欲しい」

「……もう前戦に駆り出されているかもしれないってこと?」

「ああ、その可能性がある。もし、既に回廊に到着していたり、ルビア王国側へ向かっていたりしていたら、僕等も回廊へ向かった方が良い」

「そういうことならすぐ行ってくるわ。ここからなら今日中に戻ってこれる。……でも、基地から向かってる最中かもしれないけれど、その場合は確認できるかしら?」

「駐屯所で確認して、まだ回廊に到着していないようなら、僕等と途中で鉢合わせになるだろ? 僕等は基地に向かっているんだからね」

「判ったわ。早速、行ってくる。……ケーディア、馬車を止めてくれる?」


 馬車が止まると、パリスは御者台からヒョイと降りて指笛を鳴らした。

 ラダールと共に上空を旋回していたマークスが降下してくる。

 地表に降り立ったマークスに乗り、じゃ、行ってくるわとパリスは舞い上がった。


「みんな、パリスが戻るまでここで待機する。パリスが持ち帰る情報次第では、酔いどれ通りには戻らずヌディア回廊へ向かうのでそのつもりでいて欲しい」


 馬車の周囲で騎乗したまま止まる隊員達にヒューゴは予定を伝える。

 ヒューゴの話が終わると、隊員達はキャンプの準備にそれぞれ黙って動き出した。


 セレナは火を焚く準備を、イルハムとレーブは、簡易な馬留を作るために荷台から杭を持ち出している。

 フレッドとアンドレは、周囲を見回ってきますと馬を走らせ、ケーディアは馬の飼い葉を荷台から木箱ごと出していた。

 この場は任せられると、ヒューゴはラダールを呼んで周辺の確認に飛んだ。


・・・・・

・・・


 パリスが戻ってきたのは深夜だった。

 火の番をしていたイルハムが、近くに寝ていたヒューゴを起こす。


「遅くなってごめん。駐屯所のそばにマークスを降ろすわけにはいかなくて、ちょっと時間がかかってしまったの」

「それはいいよ。それで、どうだった?」

「ヒューゴの予想通り、セレリアさん達は回廊そばで待機していたわ」

「そうか……それで?」


 ルビア王国は、牽制のために回廊から出てきた紅龍に金龍をぶつけてきた。統龍同士の戦いは起きていないし、竜同士も戦ってない。

 けれど、ズルム連合王国との戦争も既に終わっていた。

 ズルム連合王国内で意見の衝突が起こり、徹底抗戦していた盟主国ゼナリオとゼナリオと意見を同じくしていたアスダンは、ケンガム、イルナトス、ゲットームの三国の造反に遭い、ルビア王国と挟撃されて敗北した。

 戦後処理が終わっていないので、ズルム連合王国の今後がどうなるかは判らない。

 けれど、ゼナリオの国王ジェルソン・アル=バブカルの長男アレハンドラ・アル=バブカルとその他二名の無紋ノン・クレストがルビア王国に囚われた。王国首都ゲルムゼンで公開処刑されるのは確実だという。


 帝国軍は、もともと牽制のための出兵で、ルビア王国軍と正面対決する戦力を持ち合わせていなかった。そのために、フルホト荒野周辺にある帝国軍基地から援軍が送られようとしている。


 遠征軍総指揮官のパトリツィアは一時撤退を希望している。だが、帝都からの指示はゼナリオとアスダン両国の王族を安全に確保せよというもの。

 そこで現在、前戦にいる幕僚級で会議している。そこで出てくる作戦次第では、ルビア王国への本格的侵攻も視野に入る。


「セレリアさんからの伝言は、”前戦はもうじき混乱する。その混乱に乗じて何かできないか? あったら自由にしていいわよ。責任は私がとるから”……よ」

「帝国もルビア王国も、どうして無紋ノン・クレストを敵視するんだ? まぁいい。僕は無紋ノン・クレストの処刑は絶対に邪魔するし、ゼナリオとアスダンの王族も可能なかぎり確保する」

「できるの? 普通に考えたら無理よ?」


 いくら有能な仲間がいるといっても、たかが十名程度の傭兵隊にできることは限られている。


「うん、そうかもしれない。だけどここで、無紋ノン・クレストの処刑を見過ごすなら、僕が戦場へ立った意味が無いんだ」

「何か案があるの?」

「今はない。あ、無紋ノン・クレストだけを救出するだけなら、僕とラダールで何とかなる。問題は、一つ騒ぎを起こしたら、別の方の警戒がキツくなるってことなんだ」

「作戦の順番を逆にしたら? これまでの話を聞いていると、ルビア王国は王族より無紋ノン・クレストの処刑を優先すると思うの」

「そうだろうね」

「どのみち無紋ノン・クレスト側の警戒は厳しいのよ。だったら、王族救出の警戒が低いうちに確保して、無紋ノン・クレストの方は後にして、ヒューゴとラダールだけでなく、私とマークスも一緒に行けば……」

「いや、それは考えたよ。でも、パリスさんが危険だ」

「馬鹿ね。あなただけならもっと危険じゃないの」

「僕だけなら、例え失敗して死ぬとしても……」


 昔から、自分を犠牲にして何かを為そうとするところがヒューゴにはある。

 だから、今の言葉も本音だと判るパリスは、今にも平手打ちしそうな勢いでヒューゴに近づき怒鳴った。


「ふざけないでよ! 私はリナにあなたを無事に連れ帰ると約束したわ。私は嘘つきになるつもりはないわよ! それに、本気で戦ったことなんかないじゃない。今回は本気を出すわ。あなたも本気になりなさい。それできっと上手く行くわよ」


 パリスの本気とは、最初から敵の急所のみを狙っていくということ。しかし、敵に対してはいつも急所を狙って倒してきたヒューゴは違う。士龍の力を抑制することなしに使って戦うということ。

 士龍の力を全開にするということは、紋章の力に全面的に依存して戦うということで、無紋ノン・クレストであっても戦えることを証明したいヒューゴには抵抗がある。

 ヒューゴの気持ちも力も知っているパリスが、なり振り構わず使いなさいと言っているのは判っていた。

 だが、自分の存在理由が無くなるのではないかとヒューゴは迷う。

 

「紋章があるからとか、無紋だからということを誰よりも気にしているのはヒューゴ自身じゃないの?」

「!?」

「私と出会う前のあなたがどんな思いをしてきたか知っている。それに、無紋ノン・クレストであってもと、他の人の何倍も頑張ってきたことをちゃんと認めているし、尊敬してるところもあるわ。でも、いい加減に、持っている力を使って何が悪いと思うことも大事よ? それで救いたい命を救えるんでしょ?」


 確かに言われてみると、紋章の有無を誰よりも気にしているのはヒューゴ自身かもしれない。

 それは無紋ノン・クレストだからと差別する人達の感覚とどこかで繋がっているように思えた。


 ――僕はそんなのは嫌だ。


「判った。じゃあパリスにお願いがある。僕がもし暴走したらひっぱたいてくれるかい?」

「クスッ、任せておいて。目が覚めるまで何発でもはたいてあげる」


 苛めっ子のような笑顔に、家族同然に暮らしてきたからこそできる柔らかく包むような光の視線を浮かべ、パリスはヒューゴの胸に拳をあてた。


「よし! まずセレリアさんと合流するため、早朝出発しよう」


 少しは迷いは残っている。だが、ヒューゴは自分の過去と向き合いつつ切り離さないとはいけないことを自覚していた。

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