第五章 整いつつある舞台

セレリアの立場



 ブロベルグでの依頼ダーバウルフの討伐は、ゴーレムを使えるイルハムが居るヒューゴ達にとっては簡単な仕事だった。ゴーレムの壁で囲い込む地域わなまで誘い込み土の壁で囲んで、ダニーロの氷系魔法で凍結死させて終わる。


 敢えて苦労した点を言えば、罠の場所までの誘導だった。マークスに乗ったパリスがダーバウルフを背後から襲い、フレッドとアンドレが騎乗した状態で弓を打ち込み逃げながら誘いこんだ。この際、ダーバウルフのリーダーに罠の存在を気付かせないよう、リーダーの特定と集中して攻撃すると決めていた。


 だが、敵が街道ばかりを走るわけではないので、見失わぬように神経を使う必要があり、そこが苦労したといえば苦労したところだろう。


 誘導地点の上空にはラダールが旋回し、罠に入らないダーバウルフが居た際には、これを捕える予定だった。だがその必要はなく、ヒューゴとレーブ、そしてケーディアも待機で終わる。


「ありがとうございます。こんなに早く討伐してくれるとは……本当に感謝しております」


 ブロベルグ領主ユルゲン・ヒューグラーが依頼して二日後、仕事の完了を報告に行ったヒューゴに、領主と街の人達が感謝を伝えた。


 討伐の報酬は金貨十枚、ダーバウルフの毛皮一頭につき金貨一枚で買い取ってくれることになり五頭分の金貨五枚。金貨十五枚の収入。このほかに軍から報奨金も出ることを考えると、とても割の良い仕事だと言えた。金庫番のセレナも、これなら良い宿舎も建てられるし、多少余裕を残して隊員に給金も出せるとほくほく顔で喜んでいる。

 ヒューゴとしては、報酬も有り難かったが、隊員達の連携がうまくとれていたことに満足している。今後の戦いを思えば、最大の収穫だったとすら思っていた。


 仕事が終わればブロベルグに用は無いが、一日休養日を設けて過ごすことにする。酔いどれ通りでの食事とは別の料理を楽しむこともできるし、たまには一般の人達が暮らすところで過ごすのも必要と考えたのだ。


 ヒューゴとパリス、そしてセレナを除く隊員達は、それぞれ気の向くままに酒場へ向かう。ヒューゴ達はユルゲン宅で夕食をともにすることとなった。セレリアの状況などを教えてもらいたいと言われたのだ。


「君達も大変だね」


 食事を終え、酒が注がれたグラスを片手にユルゲンは苦笑している。隣の奥方が、あなた何を言うんですと止めようとしている。しかし、苦笑したままユルゲンは話を続けた。


「私は、セレリアとは幼い頃からの付き合いでね。彼女のことは良く知っている。美しく賢い女の子だったよ。でも、負けん気がとても強くてね。私にも同年代の他の男の子にもよく剣の勝負を挑んでいたものさ」


 あの頃はまだ腕力も無かったのにと昔を思い出し、懐かしそうにユルゲンは微笑んでいる。

 どこかの誰かさんと同じとばかりに、ヒューゴが横のパリスを意味ありげに見ると、何よ……私の話じゃないでしょと小声で言い返してきた。


「だから、家督を継ぐ際の箔をつけるためと言って軍隊に入ると教えられたときも、彼女なら自然だと思ったものだ」

「そうでしたわね。美しさを買われて名門の貴族からの、いくつかの申し込みも断って軍隊に入ったと聞きました」


 ユルゲンと奥方が揃って昔話を始める。

 村に迷い込んだ魔獣を、セレリアと共に倒した話や、一緒にいたずらをしてセレリアの父に怒られた話などをユルゲンが話す。そのたびに奥方も、そういえばと別の話をして、セレリアのことをヒューゴ達に伝えるのが嬉しそうだった。


「妻と出会うきっかけもセレリアだったのだよ。帝都へ旅行に行っていた妻が困っていたところをセレリアが見つけ、そして私にこう言ったのさ。女性が困っていたら助けるのは男性の責任よってね。そして自分はさっさとどこかへ行ってしまったんだ。あの時は何て勝手なことをと思ったけれど、今では感謝している」


 そうでしたわねと奥方は慎ましく微笑んだ。


「ああ、すまない。思い出話ばかりしてしまった。これというのもセレリアが随分長い間ここに顔を出さないからだ。では今日君達に来て貰った本題に移ろう」


 これまで微笑んでいたユルゲンの表情が引き締まる。

 何を話すのだろうとヒューゴ達も背筋を伸ばす。


「セレリアが皇室の遠縁ということは知っているかい?」

「それは知りませんでした」

「現在のガン・シュタイン帝国が生まれる前、この大陸を統一していたウル・シュタイン帝国の時代の話だから、貴族でなければ知らなくても当然だな。シュルツ家は、ウル・シュタイン帝国皇帝クリスティアン・マキシム・フォン・ロードリアの末の妹が嫁いだ家なのだ」


 ウル・シュタイン帝国は皇帝クリスティアン・マキシム・フォン・ロードリアが大陸を統一して建国した。その時代となると今から六百年以上も前の話。ヒューゴ達が知らなくても不思議ではない。


「ガン・シュタイン帝国の皇帝は代々、クリスティアン皇帝の血縁が継いできた。その意味では、傍系でもシュルツ家にも皇位に就く資格はある。だが、現実は直系が継いできて、傍系が就いたことはない」

「皇族とはそういうモノではないのですか?」

「その通りだ。では、何故傍系のシュルツ家の話をしているかというとだ。皇帝が即位する際、クリスティアン皇帝の血縁の家の者が参列し、即位に賛意を示すのが慣わしなのだ。そしてその家の数は五つ。その五つの一つにシュルツ家が入っている」

「つまりセレリアさんは、次期皇帝即位の際には、式に呼ばれると?」

「うむ、しきたりだから呼ばれ参列する程度なのだ。……これまではな」

「今度は違うと?」

「今のまま、皇太子が即位するなら、これまで通りで済む」

「……別の方が皇位に就く可能性がある……そういうことですか?」

「ああ、現皇帝の異母弟にあたるギリアム・ザッカルム・フォン・ロードリアが就く可能性がある」

「でも、それに問題があるんですか? 皇室のことはさっぱり判りませんが……」

「クリスティアン皇帝の血縁にあたる家は、皇太子の即位を望んでいる。つまり、ギリアム殿の即位に反対する可能性が高い。セレリアだけでなく……な」

「するとどうなるのですか?」

「ギリアム殿の即位は認められず、資格を持つ皇太子が即位することになるだろう」

「詳しい事情は判らないですが、それでセレリアさんに何か問題が生じると仰るのですか?」

「彼女は……彼女だけではないが、ギリアム殿の即位に反対しそうな家は疎まれている」

「えーと、話を戻して申し訳ないのですが、皇太子が継がず、ギリアムが皇位に就きそうという根拠は何でしょうか?」

「ここだけの話だが、皇太子は無紋ノン・クレストなのだ。慈愛に溢れ聡明で勇猛な方だが、紋章はお持ちで無い。帝国では無紋ノン・クレストであろうと皇位に就くのは問題は無い。しかし、良く思われないのは事実。そこで、そのことを理由に、皇太子の優先権を下げようとしている」


 皇太子が無紋ノン・クレストという事実は、ヒューゴに衝撃的なことだった。ヒューゴはこの時点で、皇太子に次期皇帝になって貰いたいという期待を持つ。


「そんなことができるのですか? 現在の皇帝が許さないように思うのですけど」

「皇帝陛下のお考えは私には判らない。だが、皇位継承に関しては、元老院に全て預けて口は出されない。そして、この元老院が無紋ノン・クレストである皇太子の即位には良い顔をしていない。陛下には他に御子はいないので、次点のギリアム殿をと元老院は推しているのだ」

「元老院は、無紋ノン・クレストが嫌い?」

「そうではない。だが、前例がないのだ。無紋ノン・クレストが皇帝に就いた前例がないのだ。元老院はそれを嫌っている」

「……それで……僕にどうしろと仰りたいのでしょうか?」


 これまで以上に熱のこもった口調でユルゲンは話し出す。


「セレリアを助けてあげて欲しい。彼女からの手紙には書かれていないが、今回のダーバウルフ討伐も、軍には何度もお願いしていたのだ。だが、私とセレリアの関係を知る、軍の関係者が嫌がらせしていたと判っている。このように彼女の周囲から親しいものを離し孤立させようとしている。私は彼女を信じているし、いつまでも味方でいる。だが、私とは別の決断を致し方なくせざるをえない者もいるだろう。だから、君達ができる範囲では、是非、彼女の味方でいて欲しいし、助けてあげて欲しいのだ」


 頼むと頭を下げたユルゲンをヒューゴは黙って見ていた。助けるのは当然としても、無責任なことは言えないと、何を口にしたら良いのか迷っていた。

 だが……


「お任せ下さい。セレリアさんの力に必ずなりますわ。私はユルゲン様から頼まれなくても、セレリアさんの味方です」


 ヒューゴのようには迷わず、パリスは即座にきっぱりと返事した。


「先に言われてしまったなぁ。でも、僕もセレリアさんの味方です。安心してくださいと言えるほどの力はありませんが、信用してください」


「ありがとう。頼んだ替わりというわけではないが、ブロベルグの近辺で滞在する必要がある時は、是非遠慮無く我が家へ立ち寄ってくれ。宿の用意や資金くらいしかできることはないが、可能な限りの支援はする」

「ありがとうございます。とても助かります」


 ヒューゴは頭を下げ、ユルゲンの申し出に感謝した。


 ……その後、ヒューゴ達は宿に戻り、セレリアと連絡取りやすい酔いどれ通りへ早めに戻ることを決めた。

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