幕間(ギリアムの企み)

 ガン・シュタイン帝国首都エル・クリスト。

 セリヌディア大陸北東に位置する、人口三十万を超える帝国最大の都市。

 

 第二十三代皇帝フランツ・シュテファン・フォン・ロードリアは温和な賢帝と呼ばれている。もちろん、外敵からの防衛には力を尽くすものの、帝国から他国を侵略するような真似はしない。

 大陸は各国が協調しバランスを保って平和を維持すべきという方針で、帝国の覇権などは考えない。

 他国と比べ豊かな領土であることから、税は極力低めに抑え、大陸内の国家では比較的生活しやすい国状を皇帝フランツは築いてきた。


 故に、現皇帝への国民からの評価は概ね良好だ。

 だが、平穏だからこそ現状を嫌う人達も存在する。現状の変化を望む人達にとっては平穏は敵でもある。

 平穏な社会は、現状維持を望む人達が多くなるから、現状に不満がある者にとっては望むモノがある者にとっては都合が悪いのである。


 ギリアム・ザッカルム・フォン・ロードリア。

 現皇帝の異母弟である彼は、現状が変わらない限り、次期皇帝の座は皇太子シルベスト・シュテファン・フォン・ロードリアに渡ることを危惧していた。

 彼は、現帝国で大将軍位の地位にある。大将軍とは、帝国軍で最高位と言っても良い地位だ。

 だが、現実は彼に不満を抱かせている。それは、統龍紋所持者達の存在。

 帝国軍の二大戦力である紅龍と蒼龍、この二頭の統龍と統龍を使役する統龍紋所持者は帝国軍に属しながら、彼らに指示できうる者は皇帝のみ。正確に記すならば、彼らへの命令には皇帝の許可がその都度必要なのである。

 軍の方針が、皇帝の意思と合わないとき、彼らは軍の意思に従わない。

 それは、統龍達を戦略の柱としている軍としては、方針自体を皇帝の意思に合わせる選択を強いられる。


 ガルージャ王国が侵攻してきた際、これを機にガルージャ王国を併呑併合するべきとギリアムは考えた。その方が将来の憂いがなくなると考えたからだ。

 しかし、皇帝は共存を選んだ。


「統龍は守護神であって、侵略の道具にすべきではない」


 この主張により、ガルージャ王国の併呑併合も、ルビア王国への侵攻も皇帝により却下される。


 ギリアムは皇帝の主張を理解できずにいた。大陸で最も強大で豊かなガン・シュタイン帝国は、覇者となり大陸中の国々を治めるべきであると考えている。その方が、国民は豊かになり、他国の侵略を恐れずに済むと。


 ――兄は間違っている。ならば、私が皇帝の地位に就き、ガン・シュタイン帝国にウル・シュタイン帝国時代の栄光を取り戻すべきだ。


 皇帝の地位に就くために必要な血統は持ち合わせている。現在の地位ならば皇太子の即位を邪魔することも可能だ。

 だが、皇帝側の力を削いでおく必要はある。

 ギリアムは、親皇帝側に属する貴族から爵位を奪い、その立場を落として発言力を弱めようと画策していた。それは自身が次期皇帝の座を狙うとき、皇帝側からの反発を弱めることに繋がるから、やらねばならないことと考えている。


・・・・・

・・・


「これはどういうことだ!?」


 ガルージャ王国方面の戦果報告の書類を目にしたギリアムは、苛立ちを隠さずに書類を持ってきた幕僚を怒鳴る。執務室どころか廊下にまで響くその声は、その場にいる幕僚達の肝胆を寒からしめた。


 書類には、ガルージャ王国への戦後の処遇と、各将官の武勲ならびに処遇について書かれている。

 ギリアムの怒りは、その中にあるセレリア・シュルツに関する項目にあった。

 少尉から中尉への昇進と隊の拡充、それに報奨金。

 

 シュルツ家は、遠縁ではあるが皇族の端に連なる貴族だ。

 ウル・シュタイン帝国時代に皇帝の末娘が嫁いだ家で、実際は名乗っていないがフォン・ロードリアを名乗る資格も持ち合わせている。

 親皇帝派の貴族ではあるが、地方貴族でもあり、次期当主は女性で軍に所属している。ギリアムの目には簡単に潰しうる家のはずであった。

 階位が低い内に潰しておくと決め、少尉としては規模の小さい隊の隊長に据え、小規模部隊の隊としては荷が重い任務を与えてきた。セレリアが武勲少ないまま当主に就いた際、取り潰しはできなくとも、発言力を弱めることに繋がる。


 それがどうだ。

 

 過分な任務に就かせたことで、思惑に反する結果となった。

 ギリアムの意向を察した者達が、小さな昇級に留めたとは言え、大きな武勲をあげたことはガルージャ王国討伐に参加した将官の間では周知だという。

 これでは、将来の発言力を強めることになってしまう。


 書類には、統龍紋所持者パトリツィアの名で、セレリアの功績の大きさが皇帝あてで書かれている。単なる一将官の武勲なら気にも留めないかもしれないが、遠縁とは言え縁戚の武勲なら関心を持つだろう。下手をすれば、セレリアを呼び出し面会することもあるかもしれない。

 今後セレリアへの妨害がやりにくくなったと言える。


「しかし……補給基地占領はまだしも、王宮潜入と国王捕縛を成し遂げられた理由はなんだ?」

「セレリア中尉の私兵の協力に拠るものと報告にあります」

「私兵?」

「ハッ、傭兵とのことです」


 ――傭兵か……金か地位を渡して私の手駒にできれば……。


「セレリアの傭兵について早急に調べよ」


 ギリアムは幕僚の一人に指示し、再びセレリアに関する書類に目を落す。


 ――セレリアの任務失敗……いや、排除に利用できるかもしれない。


 ……ほくそ笑むギリアムの視線の先に、ヒューゴの存在がうっすらと浮かんでいた。




◇ 第四章 完 ◇

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