イーグル・フラッグス
イルハムがガルージャ王国から連れてきたのはレーブ・イリイチだけではなかった。
セレナ・ハシムという王妃ラニアの従姉妹。
レーブという女癖にちょっと問題のある男性と一緒に、二十代のセレナを連れてくることとなったイルハムは、かなり疲労したようで、ヒューゴへの報告が済んだ途端黙って宿に向かった。
「ここはパァラダイスだね! パリスちゃんは女神のような美人だし、セレリアさんは男装の麗人、その上セレナちゃんの愛らしさ! 何しろ全員独身だなんて……ああ、神は本当に居るんだね」
さすがに立場を理解はしているのか、セレリアにはやらないものの、今日も綺麗だねと言ってパリスの肩を抱こうとしたり、なんて可愛らしい手なんだと言ってはセレナの手をレーブは握ろうとする。パリスから遠慮のない平手打ちをくらい、赤い手の跡を目鼻立ちのすっきりした整った顔につけても、セレナの蹴りを
「ねぇ? 彼は本当に大丈夫なの?」
イルハムにヒューゴが確認してしまうのも当然。
「ええ、信用できる男なのですが……。あの癖のおかげで官職に就けなくなったのです」
「パリスが切れたら、本当に怖いよ? 大丈夫かなぁ?」
見た目からは想像しづらいが、幼い頃から訓練を重ねてきたパリスの本気の平手打ちには相当な威力がある。手加減した一撃でも、油断して受けたら顎がぐらつくほどなのだ。何度か喰らってその威力を知るヒューゴは、レーブを心配してしまう。
イルハムが連れてきたもう一人セレナは、ヒューゴが傭兵隊を作ると知ったガルージャ王国王妃ラニアがそういうことなら連れて行きなさいと言ってイルハムに預けた。ヒューゴより二歳年上とは思えないかなり幼く見える外見に最初は驚いた。そして、話をしてみると、別のことで驚く。
セレナは一種の天才だった。
観察力がとにかく鋭く、状況の把握も早い。
二つ羽の鳥紋所持者で、治癒魔法はそこそこ使えるけれど、剣や弓は使えない。なのに何故傭兵隊へセレナを入れようと王妃が考えたのかとヒューゴは最初疑問を感じていた。だが、酔いどれ通りで遊ぶ兵等を観察しているだけで、彼らの給金や帝国軍の財政状況、駐屯地の兵員数と構成をおおまかに指摘し、その予想の正しさにセレリアを驚かせた。
また実家が商家ということもあり、数字の把握が速く計算も正確で、ヒューゴの隊には居ないタイプで、現在もっとも必要な人材だった。
セレナは、イルハムと初めて会ったときのように、自分の血で王家の紋を額に書きヒューゴに対して誓約をした。
ちなみに、レーブは誓約はしていない。彼曰く、誓いなどしなくても、約束は守って当たり前なのだそうだ。
堅苦しいことが苦手なヒューゴは、レーブの態度を気に入ったが、それを口にしてしまうとイルハムとセレナの機嫌を損なうかもしれないと黙っている。
ブロベルグへ向かう道中の六日間、昼食前には必ず、レーブの実力を試そうとフレッド達への訓練の目的も含めて一対一の総当たり模擬試合を繰り返した。
結果は、レーブは全勝で、模擬試合に参加していないダニーロを除くフレッド達三名はお互いにほぼ対等の成績。
レーブが使う棒は、両方の先端部分に円錐形の金属がはめられていて、切ることはできないが、突いてよし、払っても受けてもよしの優れた武器だった。途切れずに打撃が繰り出されるので、フレッド等は防戦一方となりがち。観戦していたパリスなど、レーブと手合わせしたいがために、試合に参加したそうにキラキラと目を輝かせていた。
イルハムが推薦するだけの実力がレーブにはある。
ヒューゴは、女癖を除けばと言ったイルハムの言葉に納得していた。
そして、レーブの実力を観る前までは、フレッド等の訓練はイルハムに任せようという考えを改め、レーブに任せることと決める。その最大の理由は、訓練に時間をとらせたら、その間だけはパリスとセレナを口説くことはできないというものだった。
「男の相手は苦手なんですけどねぇ」
苦笑するレーブを無視し、隊長権限で武術の指南役にヒューゴは決める。
戦闘員八名と非戦闘員のセレナを加えて総勢九名となり、ヒューゴの傭兵隊は組織の形が見えてきた。
まだまだ数は足りないが、このメンバーが核となり大きな組織となれば、ルビア王国を相手にする戦いでも戦局に影響を及ぼせるだろうとヒューゴは期待する。
まぁ焦らずに当面はこのメンバーでやっていくさとヒューゴが考えていたとき、セレナから注文が入った。
「隊の名称を決めましょう。ヒューゴ傭兵隊でもいいと言えばいいのですが、これではヒューゴさまを知らない者には威圧感がありません」
「じゃあ、どんな名称がいいと思う?」
新たな隊の名称を決めると、全員に声をかけて募集したところ、ヒューゴの特徴でもある鷲を取り入れた名前が良いということになる。
『戦場の鷲』『ブラック・イーグル』『レーブと鷲の仲間達』などいくつかの候補が出てきたが、パリスが出してきた……『イーグル・フラッグス』に決まる。
隊旗などまだ無いが、いずれ必要になるかもしれないという意見がセレナから出て、その際、この隊名ならば旗のデザインも鷲でよいではないかということでヒューゴは納得した。何よりレーブを除く全員が賛成した。
「じゃあ、僕達の隊の名称はイーグル・フラッグスにするよ。今後この名に傷をつけたら、ラダールにお仕置きしてもらうからそのつもりで」
名称など何でもいいと考えていたヒューゴだが、いざ決まってみると意外と嬉しい。
この名を聞いたルビア王国が恐れるような隊にしていこうとヒューゴは新たな目標を手に入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます