初仕事

 バスケットで、セレリア、パリス、そしてウルム村からの四名と合流したヒューゴは、早速酔いどれ通りへ出発した。イルハムが戻るまでにはまだ日はあるけれど、賊とルビア王国との関係情報をパトリツィアに挙げたからには、関連した仕事が入る可能性がある。

 イルハムが戻り次第行動に移れるようにしておこうと、セレリアとヒューゴが話し合って決めた。


 酔いどれ通りへ戻るまでの道中、お互いのことをいろいろと話し合った。その中で話題として盛り上がったのは、ヒューゴだけが結婚しているということだった。


「え? ヒューゴさん、奧さんいらっしゃるんですか? それでよく傭兵隊なんか始めましたねぇ」


 フレッドが驚きの表情で訊く。アンドレとケーディアも同じくびっくりしている。


「おかしいかなぁ?」

「いや、おかしくはないんですが、話を聞いていると、ヒューゴさんの奧さんは綺麗でまだ若いみたいですから、いろいろ心配じゃないのかなぁなどと……」

「心配って? 生活のこと?」

「それももちろんあります。他には、困った虫が付かないかとか、若いうちに子供作らなくてはとか……一人身だったら気にならないことが気になったりしません?」

「うーん、パリスさんがよく知っているんだけど、うちの奧さんは僕なんかより全然しっかりしているんだよね。仕事もきっちりしているし、子供のことは、まぁそのうち……」

「ヒューゴさんが気にしていないならいいんです。俺達は一人身なんで、奧さん持ちのことはよく判らないですし、ただ、周りに居た人達を思うと、ちょっとびっくりしました」


 ちなみにダニーロは、数年前、出産時に奧さんと子供を同時に亡くして以来一人身とのこと。そのせいか、ヒューゴが結婚している話題には関わらないだけでなく、止めに入ってきた。


「ヒューゴさんにはヒューゴさんなりの考えがあるんでしょう。奧さんが認めているなら、それでいいじゃないか」


 ダニーロの事情に思い当たり、気まずそうな空気がその場に流れる。フレッド等はしまったという表情。


「あ、私のことを気にされることはありません。確かに妻と子供のことは残念でしたが、それは私の問題です。みなさんには関係のないことですから」


 そう言って、自分の馬の所へダニーロは立ち去る。


「人それぞれに事情があるんだから、ヒューゴのことも含めて、他人の家の話には気をつけましょうね。それで話は変わるのだけど、みんなの宿舎を兼ねた会議室などを持つ建物なんだけど、一つ建てた方が良いと思うの」

「それはそうかもしれませんが、そんなお金ないですよ?」


 任務やその他の話を、誰が聞いているか判らない飲食店や荒れ地でばかりするわけにもいかない。かといって、帝国軍の施設を使うわけにもいかない。

 だから、専用の建物が必要なことはヒューゴも判っている。


 しかし、今は資金に余裕が無い。セレリア経由で貰った報奨金などで、皆の給与を支払っている。先日の賊退治の報奨金も給金で消える予定だ。


「賊退治だと貰える報奨金も知れているわ。だから……」

「だから?」

「フルホト荒野の北に、イゼナウ山という山があるの。その麓にブロベルグという商業が盛んな街があるわ。その街のそばの森に魔獣が大量に発生して、商人の出入りが減っているの。軍に依頼が来たのだけど、ガルージャ王国への遠征があって、またルビア王国への牽制やその後の侵攻のために……要は軍も手が足りないのよ」

「魔獣退治を僕等がやると?」

「ええ、ブロベルグから多額の謝礼も出るし、軍からの依頼という形をとれば支度金と報奨金も出る。会議室を備えた二十名程度の宿舎くらいなら十分建てられる額が貰えるわ。どう?」


 帝国の村や街には駐屯している兵が居るし、巡回している兵もいるはず。それらの兵で倒せない魔獣なら相当癖があるか強いということ。帝国軍もそれくらいは判っているはずだから、ブロベルグという街を守るために何らかの手を打つはずだ。

 だが、セレリアの態度からは、多少焦りというか急いでいる雰囲気がある。

 傭兵に頼むのには、セレリアが言った理由の他にも理由がありそうだとヒューゴは感じた。


「駐屯や巡回している隊では倒せない魔獣なんですか?」

「まあね。ダーバウルフって知ってる?」

「いえ、出会ったことはありませんし、名前も初めて聞きます」

「人の三倍ほどの魔獣で、五頭程度の集団で行動する。力や素早さも相当なものなんだけれど、やっかいなのは、集団を率いるリーダーが賢いってことなの。こちらが一頭ずつ倒そうとしても難しくてね。普通は中隊規模……数十人で取り囲んで一斉攻撃で倒す。でも、中隊規模の軍を動かせないから……」

「急いで僕等に頼むのには他にも理由がありませんか?」

「うーん、まぁ隠すつもりはないんだけど、ブロベルグって友人の領地なのよ。だから優先してトラブルを解決してあげたいな……と思ってね」


 ブロベルグの領主は、ユルゲン・ヒューグラー。

 セレリアの父と、ユルゲンの父の仲が良く、幼い頃からユルゲンとセレリアは知っている。同じ地方貴族で話も合うので、貴族の知人友人は少ないけれど、ユルゲンとは今も付き合いがある。


「で、僕等ならダーバウルフを倒せると?」

「ええ、ヒューゴとパリスちゃん、それとイルハムさんが居れば大丈夫だと思うし、他にも仲間が増えた今なら難しくない任務かなぁと思ってるわ」


 エヘヘ……と照れ隠しするセレリアを、うわぁ、セレリアさん可愛いと言って嬉しそうに茶化すパリス。


 ――まぁ、資金が欲しいのは確かだし、隊員の連携も訓練しなくちゃいけない事情もある。実戦に入る前にきちんと訓練したかったが……。タイミングというのもあるし……やるか……。


「判りました。イルハムさん達と合流したら、ブロベルグに向かいます」

「お願いするわ。軍の方には話しを通しておくし、ユルゲンへの手紙も渡す。宜しく頼むわね」


 こうしてヒューゴの傭兵隊最初の仕事が決まった。

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