紋章の疼き(マーアム攻略)

 ヒューゴがマーアム王宮に侵入した頃。

 将校用のテントの中には、パトリツィアの他に参謀や各隊の指揮官が数名待機している。状況がどのように動こうとすぐ対応できるよう、入り口から一番奥の椅子にパトリツィアは座っていた。

 武器こそ手にしていないが、防具に身を固め、目を閉じ静かに待機している。

 

 討伐軍総指揮官パトリツィア・アルヴィヌスは、背中の紅龍紋が熱く疼くのを感じていた。動く際に支障があるわけではないが、初めての経験に疑問を感じている。

 周囲の将兵に気付かれないよう、紅龍紋で繋がる紅龍にパトリツィアは心の中で問う。


 ――背中の疼きは一体どうしたことだ?


『……ついにこの時が来たか……あれは士龍だ』


 紅龍から即座にきた返答に驚き、パトリツィアはつい声を出しそうになるが、すぐに気付いて抑える。

 そして紅龍との会話を続けた。

 

 ――では、皇龍が?


『いや、皇龍の気配は無い。士龍のみだ』


 ――だが、士龍は……。


 紅龍に限らず統龍は、代々の所持者の記憶や思いを統龍紋所持者に伝える。パトリツィアも過去の所持者の記憶や思いを紅龍から伝えられていた。

 皇龍と士龍に関する記憶も少しは伝えられていて、士龍の出現は皇龍の出現に伴うという知識は持っていた。


『おそらくだが、皇龍は目覚めてはいる。士龍の力を使う者がいるのだからな。だが、その者は皇龍の定めにはまだ届いていないのだ』


 ――皇龍の定めとは?


『皇龍自身が、自らの目覚め、自らの存在理由、そして皇龍の力を使役させる者を決めた定めだ』


 ――では今、士龍の力を使用している者は?


『皇龍から試されているのだろう』


 ――試す?


『ああ、皇龍紋が発現する者なのかどうかをな』


 ――何故そんなことをする?


 皇龍紋が発現するかどうかを確認するという行為自体、パトリツィアには理解できない。

 紋章が発現したら、所持者の意思に従えば良いものではないのか? と。

 少なくとも統龍紋所持者は、紋章が発現したから統龍とつながりを持つ。紋章が発現する以前から、所持者になる可能性ある者を試す理由が判らない。


『皇龍の考えは我には判らんよ。だが一旦、皇龍紋が発現しその意思が示されたとき、我ら龍族と統龍紋所持者は皇龍紋所持者に従うことになる。考えや気持ちがどうあれ逆らうことなどできんよ』


 ――では、士龍の力を使っている者に従うことになるかもしれないと?


『ああ、その通りだ。いいか? 士龍が発現し、その力を使っている者とは敵対してはいかん。士龍に敵対する統龍は存在しない。つまり、敵対した統龍紋所持者から統龍紋は失われる。……覚えておくといい』


 ――統龍紋が失われるのは困る。だが、その者が帝国に従うとは限らない……。


 彼の者が、帝国に反旗を翻すような集団や国家に味方した場合、統龍は役に立たなくなる可能性が頭に浮かんだ。パトリツィアは、士龍の力を使う者の存在を内心危惧しはじめていた。

 

『我と蒼龍は帝国に従えと決めたのも先代の皇龍紋所持者なのだ。皇龍が帝国から離れろと決めたら、我らはそれに従う。もう一度言うが、我ら統龍は士龍とは敵対できない』


 ――それは皇龍紋が発現する可能性があるからか?


『それが理由かは判らぬが、皇龍が決めたことだからだ』


 ――皇龍とは何だ?


『――紋章であって紋章ではなく、紋章を統べる紋章が皇龍紋。皇龍は定めに従い目覚め、士龍をもって皇龍を育て、覚醒しえた時、新たなる皇龍の定めを選ぶ――』


 ――!? それは……?


『皇龍とは、この世界の行く末を定める龍。次代の皇龍紋所持者が誕生するまでの期間、この世界のことわりを決める龍、そしてその龍の意思を決めるのが皇龍紋所持者』


 ――今、士龍の力を使っている者が、この世界の王……いや、神になるかもしれないというのか?


『その理解は大げさだが、事実に近いとも言える』


 ――では、我らは皇龍が決めた定めに従って生きていると?


『一面ではその通りだ』


 ――何という……。


『しかし、皇龍は必ず生まれてくるわけではない。世界が、今の世を変えたいと望むから皇龍が生まれる。つまり世界の意思が、士龍の力を使用している者に次代の世界を預けたと言えるかもしれない』


 ――では、我々は間違っているというのか?


『それは判らん』


 ――紅龍は、士龍と敵対するのは世界の意思に反すると言いたいのだな。


『その可能性が極めて高い。それに先ほども言ったが、統龍同士は争えても、士龍とは敵対できん。もちろん統龍紋所持者もな』


 テントに伝令役の兵が駆け込んできた。


「報告いたします。マーアムを守護していた、ゴーレムとゴーレムが作っていた壁も消えました。また、マーアム内で騒動が生じているようです」


 報告を聞いたパトリツィアは、意識を戻して目を開く。そして立ち上がり、待機していた指揮官達に命令を下した。


「よし! 全包囲網を狭めよ! 本隊は、慎重にマーアムへ突入。その際、民間人への乱暴、略奪等の行為は厳に禁ずる。背いた者は、火竜の餌にすると伝えよ」


 言い終えると、従者から槍を受け取り、率先してテントからパトリツィアは出て行く。


 ――じきにセレリアが、国王を連れてくる。その時、士龍の力を使用した者と……。いや……まずはマーアム占領を終え、この戦いを終わらせるのが先だ。

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