戦後処理と……
ガン・シュタイン帝国とガルージャ王国との間で起きた戦争は、ガルージャ王国首都マーアムの占領により終結した。ガルージャ王国国王サマド・アル=アリーフは王妃ラニア・アル=アリーフと共に、帝国への侵攻を企てた責任をとり廃位の意思を伝えた。
だが、討伐軍総指揮官パトリツィア・アルヴィヌスから伝えられた、ガン・シュタイン帝国第二十三代皇帝フランツ・シュテファン・フォン・ロードリアの意思は、サマド・アル=アリーフの長男、十歳のカスルーア・アル=アリーフをガン・シュタイン帝国首都エル・クリストへ送り教育と訓練を施させよということと、領地の一部をガンシュタイン帝国領へと差し出せという二点であった。
領地の割譲は当然要求されると覚悟していたが、息子を人質に出せという要求は、サマドにとって想定外だった。廃位によって責任の所在を明らかにした方が、帝国皇帝にとって受け入れやすい結果ではないかとサマドは考えていた。だが、国全体を考えると軽い要求であったのは確かで、サマドは帝国の要求に従った。
帝国からの要求が過度なものであったら、国王サマドの弁明をしようと王妃ラニアは構えていた。
しかし、人質の件はサマドと異なり覚悟していたこともあり、また帝国からの要求もラニアの想像を超えるものではなかったため、跪いたまま終始無言であった。
「……今後は、同盟時代同様に共存共栄を目指す。これからは帝国のよき友として、国を治めていただきたい」
皇帝の意思が反映された宣言を伝えた後、パトリツィアはサマド夫妻と食事をとり、今後についての話し合いを行った。
その場では、ガルージャ王国が帝国に戦争を仕掛けるに至った理由が、サマドから語られた。
国王の実弟ハリド・アル=アリーフが攫われたこととルビア王国からの要求、賊の理由不明な増加により国内輸送に乱れが生じ危機感を感じ、将来の食料確保のために帝国国内領地の一部を欲したことなどを伝えた。
「賊の増加については、帝国国内でも報告されていますので、ガルージャ王国だけの問題ではないでしょう」
「この件でも、あくまで噂なのですが……帝国によるガルージャ王国困窮策なのではないかという空気が広がり、食糧不足の危険も相まって好戦的な者達を抑えられなくなったのです。不徳のいたすところでもあり、また、不安に駆られて戦いに乗り出したのも事実で……」
「
パトリツィアに戦争に至った事情と心情、そして帝国皇帝への謝意を伝え、サマド夫婦はマーアムへ戻る。
・・・・・
・・・
・
指揮官用テントにセレリアは呼ばれた。
数人の指揮官の中央に立つパトリツィアの前でセレリアは跪いている。
パトリツィアもその他の指揮官も背筋を伸ばし、軍隊ならではの圧力ある状況があった。
「セレリア、国王拉致作戦の成功は、戦争終結の決定的な一撃となった。私だけでなく、この戦いに参加した指揮官全員がその功を認めている。皇帝陛下へも、しかと伝える故、後に報奨等の下賜があることだろう」
「ありがたく」
セレリアは、跪いたまま慇懃な態度で一礼する。
褒賞授与伝達の儀礼が終わり、指揮官達もテントから出て行く。
その後、テントから去ろうと立ち上がると、パトリツィアが近づいてきてセレリアの耳元でそっとつぶやいた。
「さぁ堅苦しい儀礼はこれで終わりだ。セレリア、君には聞きたいことがいくつかある。そこでこの後、……君の私兵も含めて話し合いがしたいのだが宜しいか?」
――やっぱり気になるわよね。ヒューゴと会わせて良いのか迷うけれど……仕方ないか……。
セレリア自身もヒューゴの背が紫色に輝いた件は気になっている。だが、ヒューゴが自ら話してくるまではと訊くのを躊躇っていた。訊いても話すか判らないとも考えている。
しかし、この部隊の総指揮官で、統龍紋所持者でもあり、帝国で一か二を争う名門貴族のパトリツィアから訊かれて答えないとなると、今後、ヒューゴを作戦に参加させる際に不都合が生じるかもしれない。
それは避けたいが、ヒューゴに命令することもできない。
だから、今の時点でパトリツィアにヒューゴを会わせていいのか判断に困っている。
といっても、セレリアには断れるような類いのことでもない。
「では、どちらでお会いしましょうか?」
周囲に聞かれないようセレリアも声を絞って答えた。
「君のテントへ後で行く」
それだけつぶやいて、パトリツィアはテントを出て行った。
――困ったことにならなきゃいいけれど……。
想定していたこととはいえ、自分の手には負えない話と割り切り、気を取り直して、パトリツィアの後を追うようにテントから立ち去る。
・・・・・
・・・
・
餌を獲り食事を終わらせて戻ってきたラダールの身体を布で拭いていると、ヤーザンが来て、セレリアのテントまで来るようにとヒューゴに伝えた。
パトリツィア閣下が来ることになっていて、ヒューゴとも話しをしたいとセレリアから事前に聞いていた。
――偉い人と話すのは面倒だな。
ヒューゴは、国というものを信用していない。ルビア王国国王を一度は信じ、そして裏切られた経験があるからだ。そして国に忠誠を誓っている軍人というのも、国と同様に信用できない存在だと考えている。
セレリアのように、国とか軍隊とかそういった組織とは関係なく、個人的な友誼と信頼関係があれば別だが、軍人とは距離を置きたいというのがヒューゴの本音だった。
だから、パトリツィアと会うのは面倒なだけで、できるだけ短時間で終わらせたい。
そんな思いだから、これから地位の高い人と会うというのに、着替えもせず、服のところどころに、ラダールを拭いた際についた獣の血が残っていることも気にしなかった。
セレリアのテントにはいったヒューゴの格好を見て、セレリアが慌てたのは言うまでも無い。
「おい! ヒューゴ。せめて着替えてから……」
ヒューゴに近寄り、急いで着替えて来るよう話していると、パトリツィアは明るく笑った。
「セレリア、私も火竜の餌を与えるときなど、そのような格好になる。つまり幼き頃から慣れ親しんだ姿だ。それに、ここは非公式の場だ。私はまったく気にしないぞ」
テントの奥に用意した椅子に座り、パトリツィアは笑顔でヒューゴを見ている。セレリアは、やはり着替えさせた方がと言いかけて、忙しいパトリツィアの時間を無駄にしてもいけないと思い直す。
「ヒューゴ、私の横に」
テーブルを挟んで置かれた椅子に座り、隣の椅子に座るようヒューゴを促す。
「ど、どうも。……あー、はじめまして、ヒューゴといいます」
「うむ、私はパトリツィア・アルヴィヌス、紅龍紋所持者だ。君には是非会っておかなければと思い、セレリア殿に頼んでこの場を設けて貰った」
椅子に座る前に一礼したヒューゴを席に座るようにと手で促し、パトリツィアは自己紹介した。
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