伝承(マーアム攻略)


 豪華な装飾された扉をヒューゴは開く。

 そこには、着替えを済ませ、背後に女性……多分、王妃と思われる女性を守るように立つ、精悍な態度と威厳ある視線をヒューゴに向ける男の姿があった。

 男性も女性も、急ぎ着替えられる服装を着たという感じで、仕立ては立派なものだが布は薄く軽装だ。


 男性は手に剣を持ち、ヒューゴに向けて構えている。

 国王のような立場の高い者が持つものと判る、煌びやかでスラリとした刃が光る剣。


「何者だ?」


 厳しい視線を向け、厳格な態度でヒューゴに訊く男性は、まだ四十歳には届いていないだろうと思われた。

 

 迫る兵の気配を背後に感じ、ヒューゴは答える時間も惜しいと考え、ツカツカと国王の前まで近づいた。

 両手に力を入れ、上からヒューゴに振り下ろしてきた国王の剣筋は鋭い。

 士龍の力を発現させていなければ、両手で受け止めなければ、国王の刃はヒューゴに届いていたかもしれない。


 だが、短剣でガキッと受け、ヒューゴは歩みを止めずに腹部に蹴りをたたき込む。

 そして、腹を押さえて身体をくの字に曲げた国王の背後に素早く移動し、首元に短剣を当てた。


「大人しくしていただければ、怪我はしません。さぁ、ゆっくりと立ってください」

 

 国王はゆっくりと身体を起こして立ち上がる。

 ヒューゴは短剣を首に当てたまま、周囲を見渡した。


「どいてください。そちらの兵は、僕の腕を見たはずです。大人しくしていなければ、この短剣が国王陛下の喉を一瞬で切り裂きますよ? でも、あなた方がおかしな動きをしなければ、この方の命が失われることはない」


 兵士達が近づこうとする動きを止めた。

 その様子を見たヒューゴは、空いた手で国王の肩を掴み扉の方へ押す。

 背後から抑えられた国王は、無言で歩き出した。


「私は陛下のおそばにおります!」


 ヒューゴの背後で女性が叫んだ。

 歩みを止めないヒューゴを刺激しないよう距離を縮めずについてくる。


「ラニアよ。ここで待つのだ。ガン・シュタイン帝国皇帝フランツは、話の判らぬ皇帝ではない」

「仰る通りかもしれません。ですが、こたびの戦のきっかけを証明する者が、陛下には必要となりましょう」

「……、しかし……万が一のことがあっては……」

「待つのが嫌いな女だということを、陛下は十分ご存じのはずです」

「……すまぬな……」


 二人が会話している間に、王座の間についた。

 そのまま王宮外へ向かおうとヒューゴは国王の背を押し歩みを促す。


「私は良いが、王妃を寝間着のまま人前に出せぬ」

「止まって待てというならお断りします。ですが、多少ゆっくり歩きますので……上から何か羽織るくらいの時間はできるでしょ? あと、兵を遠ざけてくださいね」


 国王は、兵に近づかないよう命令した。

 距離を置く兵を見て、ヒューゴも約束を守り、それまでよりゆっくりと王座の間を進む。

 階段を降り、ヒューゴが壊した扉のところで王妃が息を切らして近づいてきた。


「弱ったな。王妃様は計算外だ」


 国王の背が光っていない以上、ゴーレムは動きを止めているはずだ。

 帝国軍は進軍を開始し、もうじきマーアムは占領される。

 その際、この街は多少は混乱するはずで、ヒューゴはその混乱を避けたいと考えていた。


 セレリアを乗せて上空で旋回する相棒に向け、ピィイイッと指笛を鳴らす。


「ラダール!」


 ラダールは降下し、ヒューゴの目の前に舞い降りた。


「セレリアさん、国王陛下を連れて行く前に、王妃様を乗せていって……戻ってきて貰えますか?」


 ラダールの背のセレリアは、国王を捕まえているヒューゴの後ろにいる王妃の姿を視界にいれる


「……王妃も連れて行くの?」

「そういうことになったみたいで、よく判らないのですが、とにかく今は……」


 そうねと言って、王妃に向けてセレリアは手を差し出す。


「これは……鷲? 鷲に乗って?」


 恐る恐る近寄りながらラダールを見て、両手を口にあてて王妃は驚いている。

 王妃の黒い瞳に困惑が浮かんでいるのを見たセレリアは説明した。


「あなた達の国の英雄が鷲に乗っていたというのは聞いたわ。ちなみに、この鷲の名はラダール。今、国王陛下を捕まえている……そこのヒューゴの相棒よ。さ、危険はないから早く乗って」


 チラッとヒューゴを見た後、王妃はセレリアの手をとって、ラダールの背に跨がった。


「じゃ、すぐ戻るから、国王陛下にはそれまで良い子にして貰っていてね。……ラダール、私達のテントまで大急ぎよ? さ、行って!」

 

 王妃を背中からしがみつかせ、セレリアはラダールの首をポンッと叩く。

 一瞬姿勢を低くしたあと、翼をバサァッと羽ばたかせてラダールはグングン上昇していった。

 

「おまえは……鷲を相棒にしているのか?」


 ヒューゴに背後から短剣を突きつけられている国王は静かに訊いた。

 ああ、例の話かと思いつつ、ヒューゴは答える。


「そうですよ。ラダールは僕の相棒です。でも言っておきますが、僕はこの地域の人と同じような風貌ですが、ルビア王国で生まれましたし、この地とは縁はありません。英雄バルークとは何の関係もありませんからね」


 後頭部しか見えず、国王がどのような表情で聞いているのかはヒューゴには判らない。

 しかし、肩に乗せたヒューゴの手に微かな震えが伝わっていた。

 短剣を首に当てられても、動揺の気配も感じなかった国王に何が起きているのかヒューゴには判らない。

 

「……おまえがどこの出身かは関係ない。巷で語られている始祖の話には、王家の者しか知らない続きがある。


 ”この国が変わるべき時、我の意思を継ぐ者が鷲に乗って現れる。我の子孫は、その者に力を貸し、共に国を改めよ。さすればこの国の苦難は終わる……”


 とな」

「言い伝えがどうであろうと、この地に来て初めて、バルークという人がこの国の始祖で英雄と呼ばれてると知ったんです。僕とのその人は無関係です」


「……そうなのだろうな。だが、我らにとって重要なことは、言い伝え通りにおまえが現れたということだ」

「言い伝えが、どうしてそんなに大事なんですか? 僕には判らないなぁ」


 言い伝えは言い伝えに過ぎない。

 将来のことを見通す預言なんてものもヒューゴは信じていない。

 神話であれ、伝承であれ、そんなものに生き方を左右されるなんておかしいとヒューゴは思っている。

 毎日の生活を送るだけで精一杯の人が、この大陸にどれだけいることか。

 

「それはだな。我ら王家の者が成人する際、その言い伝え……我らがと呼んでいる言い伝えに誓うからだ。王家の者と婚姻する者も同じだ。式で必ず誓うのだ。命を捧げるとな」


 淡々と説明する国王の声も少し震えている。

 預言に従うことなどとは思っていても、この国の王家ではとても重要なことと、ヒューゴにも判った。


「で? どうしようというんです? 僕は、先ほどラダールに乗っていたセレリアさんの私兵に過ぎませんし、ルビア王国の打倒が終わったら、ドラグニ山のベネト村で待つ妻や友人知人達のところへ戻るつもりです。この国に関わるつもりはないんですけど」

「何? ルビア王国の打倒?」

「ええ、たかが一人の私兵が言うには大きすぎる話ですよね。でも、それが僕の目的なんです」


 一つの国を倒すと、一人のたかが私兵が言うのはおこがましいとヒューゴも判っている。

 例え、ラダールが居て、士龍の力を使えるといっても、一人でできることには限界があることくらいヒューゴには判っている。だがそれでも、無紋ノン・クレストの仲間を殺された恨みは今も残っているし、今後もベネト村を狙ってくる国を放ってはおけない。

 本音とはいえ、英雄のレッテルを貼られるのを避けるためとはいえ、初めて会った国王に話すことではなかったかもしれないとは思っていた。


 ヒューゴに短剣を当てられている国王は、個人が語るには大きな話にも笑わず、再び口を開く。


「……我の名はサマド・アル=アリーフ。覚えておくといい。おまえの名は?」

「……ヒューゴ……」

「ヒューゴか、決して忘れん。これからガン・シュタイン帝国皇帝によって我の身がどうなるかは判らん。だが、この命ある限り、おまえが果たそうとすることに力を貸そう」

「それは、王家の誓約だからですか?」

「確かに王家の誓約が大きな理由だが、他にもある。ルビア王国宰相ディオシス・ロマーク……我が弟ハリドを連れ去り、此度の戦いを起こさねば殺すと脅してきた男の名だ。何が目的かは知らぬが、帝国と我が国の争いを望んだ男だ」

「弟さんは?」


 ルビア王国に捕えられている国王サマドの実弟をどうするつもりなのか。

 家族や仲間を大事にしたいヒューゴは聞かずにいられなかった。


「戦に負けた以上、処刑されることだろう……無念だが、致し方ない……」

「そんなことはないと思いますよ。この国が滅亡でもしない限り、弟さんは処刑されないんじゃないでしょうか?」

「どうしてそう思う?」


 ヒューゴは、戦術・戦略の師匠ゴルディアから教えられたことを思い出していた。

 

 ――確か、ゴルディアさんは、価値が残っているうちに人質を殺すのは、脅しの手駒を失うだけでなく、敵を増やすだけになる。計算高い者ほど、生かしておくことが大きな負担にでもならない限り幽閉しておく。そう言っていた。一国を動かすきっかけになるほどの人質を、そう簡単に処刑するとは思えない。


「弟さんを殺したら、この国を利用することはもうできなくなるだけでなく、確実に敵にまわすからです」

「……そうかもしれん。だが、確かめる手段はない……」

「それはそうですね。罪人でもないし、敵対国の人でもないのに、処刑したと公にするわけはないでしょうからね」

「うむ、だが、おまえの話を聞いて、希望はあるかもしれんと思うようになった。……一人、人を呼んでもいいか? ……セレリアだったか……おまえの仲間と一緒に妻がここを離れたのだ。我は逃げもせぬし、おまえを捕まえようとも殺そうとも考えぬよ」

「いいですけど、あなたを自由にするつもりはありませんよ」


 それでいいと言って、遠巻きにヒューゴ達を見守っている兵の一人を国王サマドは手招きした。


「謹慎させているイルハム・ジャノフを連れて参れ。急げ」


 国王の指示を神妙な態度でうけた兵は、敬礼した後に王宮外へ駆け去った。

 少しの間のあと、二人の男がやってきた。

 さきほどの兵と、平服を着た鋭い目をした細身の男。

 二人は、ヒューゴ達から十数歩程度離れた場所で跪いた。


「イルハム……おまえの進言を聞き入れず……この有様だ。すまぬ。だが、今は詫びのためにおまえを呼んだのではない。我を捕えている男はヒューゴという名なのだが、このヒューゴに今後付き従え」

「え? 陛下……何を……」


 イルハムは膝をついたまま顔あげ、怪訝そうな表情で聞き返す。

 ヒューゴもサマドが何を言い出すのかと驚いている。


「この者は、バルークの意思を継ぐ者……と言えば、遠縁とはいえ、王家の血を継ぐおまえには判るだろう?」

「ま、まさか……?」

「鷲に乗って王宮へ侵入してきたのだ。他に理由が必要か?」

「ほ、本当でございますか?」

「ああ、本当だ」


 イルハムはヒューゴをジッと見つめ、しばらくそのまま動かなかった。

 

「もう一度言う。おまえは、今この時より、ガルージャ王国を離れてこの者に仕えよ。ヒューゴは、鷲に我を乗せてこの地を離れる。だから、この者を探し出し、必ずそばに控えるのだ。いいな?」

「ハッ! 陛下の仰せのままに」

「この者に誓え」

「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 自分を話の外に置いたまま進んでいく状況に、ヒューゴは呆気にとられていたが、やっと口を挟むことに成功する。


「この……イルハムさんがどうして……」

「我が弟が生きていたとき、おまえに助力を頼むつもりだからだ。そして、あとは判るだろう? 我が王家の誓いゆえだ。今はイルハムを付けることしかできぬが、いずれは……」

「ですから、僕はあなた方の言い伝えの英雄なんかじゃないんです」

「我も言ったはずだ。おまえが鷲に乗ってきたことが重要なのだとな」

「でも、だからと言って……」

「そこのイルハムは、我と同じようにゴーレムを使える。ルビア王国と戦うというのならば、必ず役に立つ。それに、忠義に篤い男だ。一度誓いを立てたら命にかけて守る」


 ヒューゴとサマドの会話など聞いていないかのように、イルハムは、ヒューゴの目の前で短刀を取り出し手のひらをサッと切る。滲んでくる血を別の手の指につけ、額に何やら紋を描いている。

 それはこの王宮の壁に記されていた紋で、星形の各頂点に小さな点が付された……おそらく王家を表す紋。

 記し終えたあと、大地に額をつけ大声で叫んだ。


「我、イルハム・ジャノフは、王家に連なる者としてここに誓う! バルークの意思を継ぐ者ヒューゴに忠誠を誓い、この血この身を生涯捧げると。天よ!地よ! 我の誓いが守られることを確かめよ!」

「これでいい。……ヒューゴ……この者と落ち合う場所を決めてはくれぬか? おまえと会えるようにして欲しいのだ」

「はぁああ……どうしてそう僕の意思を無視して事を運ぶんですか」

「起きてしまったことは、可能なかぎり都合良く利用すべきと我は思うぞ」

「サマド国王……あなたは確かに大物ですよ」

「我を褒めずとも良い。それより落ち合う場所を……」

「褒めているつもりはないんですが……。ここで場所を決めないと……?」

「ああ、イルハムは大陸中歩いて、おまえを探す」

「……仕方ないですね。僕はこの戦の処理が終わったらモアル村へ行くことになっています」

「聞いたな? イルハム、帝国軍に占領され、外へ出ることも出来なくなる前にここを出てモアル村へ向かえ」


 ハッと一礼し、その後、もう一度ヒューゴの顔を確認するように見つめたあと、イルハムは王宮外へ駆け去った。

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