王宮侵入(マーアム攻略)
捕虜からの情報で、王宮の位置と内部を確認したセレリアとヒューゴは、テントの外で日の出を待っていた。早朝なら、起きている兵も少なく、侵入後、少しは時間が稼げるだろうと二人は考えている。
王宮奥にいるはずの、ガルージャ国王を捕まえて戦闘不能にすればよいのだから、相手にする兵は少ないほうがよい。
「セレリアさんは、王宮の門の近辺をラダールに乗って旋回しながら、王宮へ入る兵を減らしてください」
「判ったわ。それで、ヒューゴが国王を捕まえたら?」
「王宮外まで出てきますので……」
「ラダールで一旦拾えばいいのね?」
ヒューゴの言いたいことを先読みし、セレリアは言う。
その表情はやや緊張しているようで、いつもの柔らかさが薄いようにヒューゴは感じていた。
「はい、ゴーレムの動きが止まれば、本隊も動けるでしょうし……」
「パトリツィア閣下には作戦内容を報告してあるから、ゴーレムの動きは注意しているはずよ」
「あと、ラダールにはセレリアさんの指示に従うよう言ってありますから、よほど無理な注文でなければ言うことを聞きますからね?」
「ヒューゴ、あなた……無理なことをラダールに言う女だと思ってるの?」
「いえ、念のためですよ」
「……まぁいいわ。あなたも無理は禁物よ? と言ってもこの作戦自体、厳しい作戦だと今でも思っているのだけれど」
「無理はしませんよ。僕にとっては、本来の戦いじゃないんですからね」
「そうなのよね。そのことも引っかかっているの。まだ私に隠していることあるんじゃないの?」
戦争だからと言っても、敵に対してどんな酷いことも許されるわけじゃないとセレリアは考えている。だが、そのような考えを甘いと批判する者も居るのは確かだ。その上、こちらの甘さは味方に損害を出しかねないという意見にも一理あるとも考えている。
ヒューゴは敵国の国民のことも考えて、この戦いを早く終わらせるべきと言った。それはセレリアにとっても甘い考えなのではないかと感じられる考え。
ヒューゴの言うことは間違っていない。だがそこには、セレリアも知らない理由がまだあるのではないかと感じていた。
「うーん、モヤモヤした気持ちを残したまま、戦いに向かうのは良くないと思うので言うのですけれど……。僕は
偉い人達に聞かれたら、眉間に皺を寄せるような話かもしれないので、セレリアさんの胸にしまっておいてくださいね」
セレリアの返事を待たずに、姿勢を低くしているラダールにヒューゴは近寄っていく。その後ろ姿は、幼かったヒューゴが何故剣の修行に真剣に取り組んでいたか、教えたこと以上の何かを、どうしていつも探していたか、その理由の片鱗が伝わってくるようにセレリアには思えた。
「判ったわ。じゃあ、魔法防御だけはかけておくわね。うるさいかもしれないけれど、もう一度言うわ。無理はしないのよ?」
ヒューゴに続いてラダールに近寄り、魔法をかける。
ヒョイとラダールの背に乗ったヒューゴはセレリアに手を差し出した。
「さぁ、行きましょう。今日でこの戦いを終わらせるために」
・・・・・
・・・
・
陽が昇ったばかりで、地平線から空にかけてはまだ赤紫色。
ところどころ白い雲が線のように横切っている。
マーアムの街が小さな丸印にしか見えないほどの上空から、ラダールは羽を開いてゆっくりと降下していく。
乗せているのがヒューゴだけならば、急降下したかもしれない。だが、セレリアが落ちないようにふわぁあと降りていく。
「王宮を囲む塀の内側に僕が降りたら、状況を見て攻撃してください」
「判っているわ。外は任せて」
早朝の国王は、寝室か王座の間にいると、捕虜からの情報で判っている。
ゴーレムを動かすときは王座の間の窓側に設けられたバルコニーへ出て、国王は魔法を使用するという。
どちらも王宮の二階にあり、入り口と王宮内の警備兵、おおよそ二十名を倒す必要がある。詰め所からの増援を防ぐために、王宮外でも騒ぎを起こす必要があり、セレリアにはその役目を担ってもらう。
弓はラダールに乗っている限りまず当たりはしない。魔法はセレリアの魔法で対処可能。
不注意な真似をしなければ、セレリアの身に大きな危険が生じることはないとヒューゴは信じている。
王宮の真上まで降りたラダールに、ヒューゴは突入を指示した。
「一気に降りてくれ! 僕が降りた後は、セレリアさんと協力して頼むよ!」
王宮入り口そばまで、速度をあげてラダールは降下する。
地面に降りられそうなほど低い位置まで降下し、ヒューゴは飛び降りた。
「士龍。おまえの力を使わせて貰う」
入り口に立つ兵を見据えてヒューゴはつぶやき、背中が紫色にカァっと輝く。
服から漏れる光でセレリアにもヒューゴが何かの力を発動させたのが見えた。
「あの光は何? ううん、それは後にしましょう。じゃあ、ラダール、頼んだわよ」
クゥウウ! と喉を鳴らし、ラダールは王宮周囲を旋回し始める。
状況にまだ気付いていない兵にヒューゴは突進した。
その速さは、上空から広い範囲を見渡せるセレリアだから追えると判るほど鋭い。
その力は何なの? と疑問が膨らんでくるが、その気持ちを抑えてセレリアは王宮外を巡回する兵に狙いを定めて氷系魔法を放つ。セレリアの背中の紋章からも獣紋の力が使われるオレンジ色に輝きを放っていた。
巡回兵と門番が、上空から魔法を放ったセレリアに注目する。
上空を指さし、
「鷲に乗った兵?」
「何でもいい! 敵の侵入だ!」
声をあげてセレリアの攻撃に備え、そして弓を抱えた兵が集まってきた。
「こっちは準備できたわ」
……セレリアは敵の注目を集めることに成功した。
王宮入り口の警備兵がセレリアに注目し、ヒューゴに気付いていない。
――よし!
ヒューゴは腰の短剣を手に取り、手前の兵の首に向けて刃を滑らせる。
グゥッと呻き倒れる兵は見向きもせず、入り口の反対側に立つ兵に続いて突進し、同じく首に剣を払う。
カマイタチが通り過ぎたかのように、二人の兵は倒れ、二人目の返り血がヒューゴの足甲にブワッとかかる。
ヒューゴは石の扉に目を向け、肩で押す。
だが、入り口の扉は内側から鍵がかかっているのか、押しても開かない。
「士龍。もっと力を貸してくれ」
腰を落したヒューゴの背中の輝きが一段と増す。
柄が扉に向くように短剣を持ち直し、一気に踏み込み、ハァアアーーーッ!と裂帛の気合を込めてヒューゴは突いた。ゴンッと開いた穴を見て、その周囲に向けて、間髪を置かずに何度も短剣の柄をダンッダンッダンッと突き刺す。
ヒューゴが動くたびに穴の数は増え、内側にある鉄のカンヌキが姿を見せた。
穴の内側に手を伸ばし、鉄のカンヌキをガチャリと外す。
肩で押して扉を開くと、正面に二階への階段が見えた。
ヒューゴの目に映る兵の姿はない。
だが、外の異変に気付いて、王宮内の兵が騒ぎ出すのも時間の問題だ。
二階に向かって玄関ホールを走り抜け、ヒューゴは階段を駆け上る。
その様子は野性の肉食獣が獲物を狙って追いかけるように、しなやかですばやく、そして力強い。
階段を上ると、またホール状の空間があった。
その奥に大きな扉があるのをヒューゴは見つけた。
――あの奥が王座の間、そして、その裏の通路の突き当たりが寝室……。
捕虜から聞いた王宮の間取りをヒューゴは思い出す。
周囲の気配に注意しながら、ツカツカと扉の前までヒューゴは早足で歩いた。
両手で扉を開けると、守備兵の姿がある。
――四名。思っていたより少ない……早朝だからか?
想定より少ない兵の姿を確認し、ヒューゴは短剣を持ち直す。
兵も、血しぶきの跡があるヒューゴを見つけ、
「敵だ!」
「侵入者だ!」
声をあげながら剣を抜き、四人で取り囲むようにヒューゴに迫ってきた。
剣を振り上げ近づいてきた一人の懐に、ヒューゴは瞬時に滑り込む。
目の前から消え、剣の打ち込みどころを失い、兵が戸惑い動きが止まったところへ、ヒューゴは兵の顎の下から剣を突き刺した。ゴリッと骨を削る感触がヒューゴの手に残る。
その後、顎と首の間から吹き出す生温かい血がヒューゴの胸当てにバシャッと散る。
むせるような生臭い匂いがヒューゴの鼻をムウゥッとついた。
頭部まで刺さった剣を素早く引き抜き、ヒューゴは周囲を鋭く睨む。
――この部屋に居ないということは、国王は奥の寝室か……。
士龍の力を発揮している今のヒューゴには、この場の兵を全員倒すのは簡単だ。
だが、こうしている間に、国王は逃げてしまうかもしれない。
兵をいくら倒そうと、国王を逃がしてしまっては意味が無い。
他の三名は、一瞬で倒された兵の姿に動揺している。
様子を確認したヒューゴは、床に触れている足に力を込め、三名の兵の間を一気にすり抜けた。
王座の後ろに見える扉まで駆け、両手で開いてその奥を見る。
ヒューゴを追いかける兵の声が、背後から聞こえる。
「陛下を狙って居るぞ!」
「行かせるな!」
――やはりこの奥にいる。よし!
兵達の反応で、国王の所在をヒューゴは確信した。
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