無理難題(マーアム攻略)

 ガルージャ王国首都マーアム。

 この砂漠が多い領土の中で、川を利用した交易と豊かな土地から採れる作物、比較的穏やかな土地で育まれる家畜など、この地に人々が集まり賑わうのは自然だった。

 今では英雄バルークと呼ばれる伝説の建国者バルーク・アル=アリーフが、この地マーアムからガルージャ王国の礎を固めたと言われている。


 城壁で囲まれたマーアムは、四方からガン・シュタイン帝国軍により包囲されている。

 各方面は、火竜二体と騎馬隊、弓兵と歩兵で組織され、マーアム占領は時間の問題に見える。

 しかし、各帝国軍の前には、岩や砂でできた壁が立ちはだかり、進軍を許していない。


「あれが幻獣ゴーレムによる防御態勢だ。やっかいなのは、こちらの攻撃と進軍を防ぐだけでなく、あの壁は近づく兵の上に倒れてくるのだ。そして再び新たな壁がすぐ現れる。マーアムの四方を一体のゴーレムが守っているのだ。鉄壁の幻獣とはよく言ったものだ」


 状況を部下に説明させた討伐軍総指揮官パトリツィア・アルヴィヌスは、感心したようにセレリアに話しかける

 木の椅子に座り、テントの奥で微笑むパトリツィアには、侵攻できずにいる焦っているような様子はない。

 

「それで、私の隊に支援をせよということですが……」


 状況を聞く限り、セレリアの隊にできることなど無いように思える。

 火竜を含む、中隊二個隊規模が四方に配置されていて何もできないでいるのだから、十数名のセレリア小隊に何を期待しているのかとセレリアは疑問だった。


 目の前のパトリツィアは、セレリアより二歳ほど年上だが、紅竜紋所持者であり討伐軍総指揮者に相応しい威厳を身に纏っている。紅竜や火竜に命令するとき真っ赤に変わるという青い目には、余裕の笑みがあった。


「いや、何……。このままでもいずれ占領できるのは確かなのだ。ゴーレムは疲れを知らず昼夜問わずに守備している。だが、幻獣使いはそうはいかない。いずれ魔法力の回復が追いつかなくなり、その時ゴーレムの動きは止まる」

「では……」


 やはり我が隊は不要だとセレリアは言おうとした。

 だが、パトリツィアは片手をあげてセレリアの口を止める。


「うむ、少し待て。私もセレリア隊の力を借りる必要はないと考えているのだ。だが、帝都から指示が来てな……。ルビア王国方面への体勢を整えるため早期決着せよ。その際セレリア隊に支援を命じろと付け加えてな。その意味は私にも判らない。だが、大将軍ギリアム・ザッカルム閣下から直々の指示だ。理解できなくとも無視することはできぬ」

「……」

「どのみち、我らはこのまま包囲網を維持している他にできることはない。当面はだがな。……セレリア小隊長……明日までに支援策を考えてもってきてくれ。できることはないと言うなら、それでもいい。君の隊と君に落ち度はないという点は私が保証し、ギリアム閣下に報告する。……すまんな。私は補給についての打ち合わせがあるのでこれで失礼する」


 事情を察しているかのような同情の目をセレリアに向け、その後パトリツィアは部下と共にテントを出て行った。

 立礼して見送ったあと、隊に戻り、できることはないかとにかく考えてみるとセレリアは決める。

 

・・・・・

・・・


 セレリア隊に与えられたテントの一つで、セレリアはヤーザンとヒューゴに説明している。


「……というわけだ。この状況下で、我々にできることが何かあると思うか?」


 良い案などないだろうという……期待感など全く感じられない空気が、ヤーザンとヒューゴに向けたセレリアの口調にはある。


「近づくこともできないんじゃ……」


 ヤーザンは空を睨みながら答えた。


「幻獣ゴーレムを僕は知らないのですが、どういう幻獣なのですか?」

「ああ、そうか。自然生息型と魔法召喚型の幻獣がいることを知らなかったか」


 セレリアはヒューゴに幻獣の説明を始めた。

 幻獣には自然に生息しているタイプと魔法で生み出される幻獣がいる。

 ゲールオーガは自然生息型で、ゴーレムは魔法召喚型。

 魔法召喚型の幻獣は、核となる特殊なモノに魔法を使用することで疑似生命を与えられて出現する。

 魔法召喚型にも、生命体型と疑似生命体型があり、前者は自然生息型と同じく、生き物を相手にするのと変わらないが、後者は核を破壊しないと活動を止めずに再生し続ける。


「じゃあ、核を壊せば良いのですね?」

「そうなのだけど、ゴーレムに近づけないのでは無理ね」

「あ、そうか。あと……幻獣使いが倒れればゴーレムは動きを止めるんですよね?」

「ええ、そうよ。でも、国王サマド・アル=アリーフが幻獣使いらしいの。だから、多分、王宮内でゴーレムを呼び出して動かしているはず」

「つまり弓や魔法で攻撃できない場所にいるということですね」

「そういうこと。王宮に入るにはゴーレムの壁を突破しなければならない……」


 セレリアに状況を一つ一つ確認するヒューゴの瞳には力強さがあった。

 その瞳の理由がセレリアには判らないでいる。


「空からなら行けますよ」

「ヒューゴ、あなたに相談もせずにだけど、空からの手段も考えたわ。ラダールに乗れるとしてもせいぜい二人か三人でしょ?」

「そうですね。運ぶだけなら大人三人も可能ですけど、その場合空中での動きは遅くなるでしょう。敵から狙われる可能性を考えると二人が限界だと思います」


 上空高く飛ぶだけなら三人でも問題はないが、敵を攻撃できるほどの低空で素早くとなると難しいとヒューゴは付け加えた。


「二人で王宮へ侵入し、国王を捕まえるなんて無理よ。だから空からもね……」

「侵入するのは僕だけで、セレリアさんにはラダールの上から魔法で援護して貰えれば……」


 難しいことではないように言うヒューゴの自信がセレリアには理解できない。

 マーアムには大勢の兵が居る。

 王宮だけでも数十人以上の守備兵もいる。

 援護があれば、守備兵全員倒すことも可能かもしれない。

 セレリアがラダールに乗って援護できるのは、王宮の外だけ。

 王宮内はヒューゴ一人になってしまう。


「はぁ? 何を言ってるの? あなただけでなんて、そんなの無理に決まってるじゃないの」

「ルビア王国軍をベネト村が撃退できたのは何故だと思います?」


 険しい表情でヒューゴの案を否定しようとするセレリアに、ヒューゴは落ち着いて訊く。


「ううん、知らないわ。あなたが策を使い、村人全員の協力で撤退に追い込んだというのは聞いたけれど」

「敵の総指揮官も各隊の指揮官も僕が倒してまわったんです。ラダールとパリスに協力して貰ってね。それで、パリスに手伝って貰ったことをセレリアさんにやって貰えれば……と」

「でも、王宮内は援護できないわ」

「王宮内に数百や数千の兵士はいませんよね?」

「それはそうだけど……」

「全員相手にすることはないでしょうから、大丈夫ですよ。無理そうなら逃げてきますから、王宮外の兵を倒しつつラダールで飛んでいてください」


 逃げている様子を見かけたら、ラダールで拾ってくださいと、ヒューゴはニコリと笑う。


「ヒューゴくん。君に頼るしかないようだが、本当に大丈夫なのか?」


 セレリアの横に座るヤーザンが冷静に訊いた。


「建物の中というのは、意外と不便なんです。強力な魔法は使えないので、弓だけに注意していれば……あとは敵の懐に入ればいいだけです」

「君は、弓には当たらないと言っているし、敵にどれほどの強者がいるかも判らないのに、近接戦では負けないと言っているんだが?」

「ですから、無理そうなら逃げてきます」

「逃げられるのか?」

「それは心配いりません」

「……そこまでの自信を持てる理由が君にはあるのだろうが……」

「えーと、失敗するつもりはありませんが、もし失敗しても損害は僕だけです。あとこの策は、少なくとも他の隊にはできないことです。そのことだけを考えても、試してみる価値があるんじゃないですか?」


 ヒューゴの身を危惧するヤーザンの冷静な瞳を、柔らかな笑みを浮かべてヒューゴは見つめ返した。ヤーザンは、セレリアの立場を考えてのことだとヒューゴの気持ちを察している。これがヒューゴのの一つなのだと理解し口を閉ざした。

 セレリアも同じく、自分の身を考えてのことと気づきヒューゴに問う。


「……私のメンツと立場を……考えてのことなの?」

「それもありますが、他にも理由があります。このような包囲網がずっと敷かれていては、マーアムで暮らす人達の生活……食料事情は悪くなるだけです。国王や兵士はそれでも諦められるのでしょうけれど、一般の人が辛いのは嫌なんです」

「それだけ?」

「僕は、無理難題を押しつけられても逃げたくないんです。国の事情、立場ごとの事情、知ったことではないんです。セレリアさんの立場の安全は、僕の目的に繋がっている。だからやれることはやるんです。この作戦を僕とセレリアさんの二人だけで成功させたら、これだけ大勢の兵が見ているんです、セレリアさんへの評価は確実になるんじゃないですか?」

「それはそうだけれど、あなたはそれでいいの?」


 はいと明るくヒューゴは返事する。


「それじゃ、この案をパトリツィア閣下に提出するわ。いいのね?」

「ええ、構いません。細かいことは、セレリアさんとあとで相談して進めましょう」


・・・・・

・・・


 その夜、セレリアから提出された案を見たパトリツィアは、面白そうに、しかし、どこか思うところのある表情をする。


 ――セレリアの私兵……か……。

 私の統龍紋が疼いているのは、その者の影響なのか?

 まさかな……。

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