国は違っても……

 帝国からの基地守備隊要員は、基地占領後二日目にやってきた。

 ヤーザンがヒューゴに覚悟を促し、セレリア自身も予想していたように、補給基地守備隊が持ってきた本隊からの指示には、ガルージャ王国首都マーアム手前で苦戦している本隊の支援にまわるようにとあった。

 具体的な作戦内容は、本隊との合流地点にて伝えられるという。

 現在のカノール基地から首都マーアムまで五日の行程で、本隊からの指示も本日から五日後だった。途中で妨害がなければいいが、もしトラブルが生じた場合、指示された日に到着するのは難しくなる。


 そこで、セレリア小隊は急ぎ合流を目指すこととなった。

 途中で、既に占領済みの村に立ち寄り、食料などの補給する予定。

 立ち寄る村の名前はモアル村、人口数百名程度の小さな村。


 モアル村に到着したのは、昼食の時間を大きく過ぎたあたりだった。

 補給所へ向かうセレリアと並んで歩き、ヒューゴは村の様子を見ている。


「帝国とは違って、ヒューゴやアイナと同じような褐色の肌の人が多いわね」

「ですね。僕はルビア王国生まれですけれど、父か母が、ルビア王国南側にあるズルム連合王国出身なのかもしれません」

「お父さんやお母さんのことはあまり覚えていないのよね?」

「はい、もうぼんやりとしか……」


 ルビア王国で生活していた当時のことは、ヒューゴにとっては忘れたいことばかりだから、思い出そうとも思わずにいた。集団農場で暮らした無紋ノン・クレストの四人だけが、あの国で生活していた時代の温かい、そして悲しい思い出。


「……そうよね。でも、ヒューゴとアイナさんの肌は、ここらの人達よりかなり薄い色よね」

「ですね。帝国の人達は白い肌の方ばかりですけど、褐色系の肌の人はいろいろ居ますね」

「じゃあ、私は補給所で手続きがあるから行ってくるわ。ヒューゴは適当にブラついていてよ。狭い村だもの、迷ったりしないでしょ?」

「はい、いざとなったらラダールに乗って上から探しますし」

「それは止めておいた方がいいわ。言ったでしょ? この国の人にとっては、鷲に乗ってる人は英雄に見えるらしいから」

「ああ、そうか……それじゃあ、夕食までにはこの場所まで戻って、そこにある木の下ででも待っています」

「いいわ。ではあとでね」


 南国でしばしば見かける大きな枝を持つ木が、狭い空き地の端に三本かたまって生えている。

 補給所からも近いから、ここで待てば見つけやすいだろう。

 ヒューゴは周囲をグルッと見渡し、建物などを覚えている。


 ――じゃ、散歩がてら村の様子でも見るか……。

 

 ヒューゴの見たところ、モアル村は家畜で生計を営んでいる人が多い村だったように思えた。道端に家畜の糞が残っていたり、獣の臭いが風に乗って急に濃く感じることがあるからだ。

 ベネト村でも家畜は飼っているけれど、村はずれの草原がある区画でまとめているから、村の中は意外と獣の気配を感じない。

 

 村の周囲は岩ばかりで、小さなオアシスがあるからこの村がある。

 建物の様子を見ても、どちらかと言えば貧しい村だ。無理に守るべき理由もないから、帝国軍が占領する際、さほど難しくなかったことだろう。


 そう言えば、小さな村とはいっても、まだ日中のこの時間に村人の姿をほとんど見かけない。帝国軍兵の姿ばかりで、村人は窓から覗いている姿や、たまに歩いているくらい。

 占領されてそう長いことではないから、まだ様子見しているのかもしれない。


 砂漠の中の村だから建物が石造りばかりで、空気も土埃がだいぶ混じっている。こういった環境はヒューゴには珍しく感じていた。

 フルホト荒野でも石造りの建物が多いけれど、木造の建物もあるし、壁は石造りでも屋根は木造という建物も多い。つまり、建物の種類がいくつもあるのが普通に目にする光景で、この村のように、どれも同じような建物ばかりなことが珍しいのだ。


 こうして村の様子を眺めながら歩いていると、一つの家の陰がとても騒がしい。

 何事が起きているのかと覗いてみると、ヒューゴより少し若いか、同じくらいの男子四名が、やはり同じくらいの年齢の女子ともう少し若い男子を取り囲んで、責めるように喚いている。


「帝国軍から食い物貰ってこいよ!」

「さっさと行けよ!」

「この村が帝国軍に占領されたのは、無紋ノン・クレストのナリサが居るからだ」

「ヌオムはナリサの友達なんだから、替わりに行ってこいよ!」


 ――ここでも無紋ノン・クレストだからという理由で、理不尽なこと押しつけられているのか……。


 帝国もガルージャ王国も、ルビア王国ほどではないけれど、無紋ノン・クレストの扱いは好ましいものではない。大人が大勢混じって酷い言葉を投げつけていない分、目の前の光景はヒューゴにとっては、同年代の紋章所持者同士の喧嘩とさほど変わらなく感じる。


「この村には無紋ノン・クレストに渡す食べ物なんかない。どうせ帝国軍に媚びて恵んで貰うことになるんだ。ついでに俺達の分も貰ってこい!」


 この言葉を聞いた女子がしゃがんで泣き始めた。


「……ずいぶんと酷いこと言ってるじゃないか」


 ヒューゴも聞いていられなくなって、虐めている男子へ近づいていく。

 突然現れたヒューゴを警戒した表情がいじめっ子達に浮かんだ。


「おまえには関係ないだろ! それともおまえも帝国軍の仲間か」

「帝国軍に知り合いは居るけれど、仲間かと言われれば違う。……だけど、そこのお姉ちゃんの仲間なのは確かだ。僕も無紋ノン・クレストだからな」


 ヒューゴが自分も無紋ノン・クレストと言った途端、苛めっ子達は偉そうな態度をとる。


「ケッ、また無紋ノン・クレストかよ……」

「ああ、そうだ。僕は無紋ノン・クレストだよ。だから魔法は使えない。だけどね? 君達にはできないことができるんだ」

無紋ノン・クレストにできて、俺達にできないことなんかあるかよ」

「じゃあ、見せてあげるよ」


 ヒューゴは指笛を鳴らして、来てくれ、ラダールと叫んだ。

 空に顔をむけているヒューゴを、その場の全員が黙って見ている。

 来たとヒューゴがつぶやいた後、バサッバサッとラダールが降りてきた。

 大人でも大きい方のヒューゴよりも、更に二回り以上も大きなラダールに苛めっ子も他の子も怯えている。


「ちょっとだけ僕を乗せて飛んで、ここに戻って」


 そう言って、ヒューゴはラダールの背にヒョイと跨がった。

 ヒューゴが乗った途端、翼をはためかせ、上空高くラダールは舞い上がる。その後、上空をぐるっと旋回し、ゆっくりと降下した。ありがとうなと、首の辺りをポンッと叩くと、ラダールは再び舞い上がりどこかへ飛び去った。


「で、君達は鷲に乗れるのかい?」


 ヒューゴが女子ナリサの方へ歩きながら、苛めっ子達に問う。


「バルークだ」

「英雄バルークと同じだ」

「そんな馬鹿な……無紋ノン・クレストが……」

「嘘だ、嘘だ……」


 動揺してるとはっきり判る表情と態度で、苛めっ子達は各々おのおの口々にバルークの名をつぶやいている。

 セレリアから聞いたこの国の英雄の名なのだろう。

 ヒューゴは、この国の神話にもなっているという英雄を利用し、今はその効果はあったと感じている。


「鷲に乗れるからと言って、そんなに凄いことじゃない。でも、無紋ノン・クレストにできても紋章持ちだってできないことはあると判っただろ? だから、酷いことは言わないようにしたほうがいいね」

無紋ノン・クレストだなんて嘘だろ!」

「そうだ、無紋ノン・クレストのはずがないさ」

「紋章持っている俺達にできないことが無紋ノン・クレストにできるわけがない」

「嘘ばかり言いやがって……」


 ヒューゴは優しく諭したが、納得せずに騒いでいる。


「しょうがないな。背中晒すのは好きじゃないんだけど……」


 ヒューゴは上着をはだけさせ、片腕を抜いて、背中が見えるように衣服をずらす。


「ほら、ご覧よ。僕の背中に紋章が見えるかい?」


 実際に紋章が刻まれていない背中を見せられ、誰もが無言になった。

 その様子を見て、ヒューゴはさっさと服を直す。


無紋ノン・クレストだろうと、勉強して訓練して頑張れば、君達にもできないことができるって信じたかい? 紋章があったってなくたって関係ないって判ってくれたかな?」


 ――でも、理解したくはないだろうな。


 悔しさを滲ませ、言い返せずにいる男の子達を見ていると、紋章を持っているということがどれほど彼らの誇りなのかがヒューゴには感じられる。


 だが、その誇りはそのままでは薄っぺらいものなのだと、誇りの大きな在処にしてはいけないものだと判らなくてはならない。

 生まれながらに手にしていた力を誇ることはいい。

 しかし、持たざる者と比較して誇るのであれば、持たざる者が別の面で持つ者を凌駕した時、その誇りは、持っている事を誇っていた自分を傷つける。

 傷つくのが嫌だから、怖いから、持たざる者が持つ者を上回ることを認めたくないし、上回る機会を与えない。

 それがどれほど卑怯なことかを自覚してほしいとヒューゴは思っている。


「ちくしょう!」

 

 苛めっ子達のうちの一人が、捨て台詞を残して駆け去ると、他の三人も続いて去る。

 ナリサと呼ばれていた女の子と、ヌオムと呼ばれていた男の子が一人ずつ残っている。


「どうしたら……どうしたら、私も強くなれますか?」


 ヒューゴの服を掴んでナリサが真剣な瞳で訊いてきた。

 肌の色がヒューゴより少し濃い少女の気持ちが理解できる。


 無紋ノン・クレストでも皆と一緒の視点で見て欲しいと。

 そのために自分は何を手に入れたらいいのかと。


 その切実な気持ちが、強くなれますかという一言から感じられる。


 ――判るよ。

 この大陸に住む大多数は、紋章を一つしか持っていない。

 それらの人の多くは魔法を使える可能性があるというだけで、特別に訓練するわけでもないから実際に使える人はほとんどいない。

 二つ紋以上の紋章を生まれながらに持つ人はほんの一握り。

 一つ紋で生まれ、訓練して二つ紋に至る人もほんの一握り。

 ベネト村のように、村人全員が幼い頃から何らかの訓練を厳しくしていても、二つ紋以上に至る人は半数より少し多い程度だろう。

 はっきり言えば、魔法を使える人は少ないし、魔法以外の……紋章が持つ力が発現する人はもっと少ない。多くの人は無紋ノン・クレストと変わらない。だけど、紋章がないというだけで無紋ノン・クレストを蔑む。

 

 少女ナリサを見るヒューゴの瞳には、ある種の怒りと、ある種の悲しみが同時に存在している。

 気持ちは痛いほど判るが、どうしたらいいかと言われると答えを持っていない。


「……おうちの人は……君を助けてくれているかい?」


 ナリサはうつむいて首を振る。

 そうだろうとヒューゴは予想はしていた。

 ルビア王国では、預かって育てる人がいるだけでもマシという環境だった。ガルージャ王国はルビア王国よりマシかもしれないが、同じような点はあるだろうと予想している。

 多分、無紋ノン・クレストを下手にかばうと、かばった人にも問題が生じる。

 だから、身内でかばいたくてもかばえないこともある。

 

 ナリサのところもきっとそうなのだろう。


「僕は帝国の人間じゃないけれど、帝国の手伝いをしている。つまり、今、ガルージャ王国と戦争している人間だ。……そんな僕と一緒に来るつもりはあるかい?」


 ここに居ても、彼女ナリサは手に職を持つこともできないに違いない。

 結婚相手を探しても見つかる可能性は低い。

 アイナと同じように、望まない仕事に就かなきゃいけないかもしれない。

 だったら、ヒューゴと共に来て、ベネト村で新たな人生をアイナと共に生きたほうが良いのじゃないかと考えた。


「いいんですか?」


 彼女の瞳に希望が微かに光る。


「え? ナリサ……行っちゃうの?」


 ヌオムが驚いたように訊く。


「うん、ヌオムは私に優しくしてくれる。でもそのせいであいつらから虐められるでしょ? おじさんとおばさんだってそう。私を引き取ったから、いろんな人から嫌がらせされる。そんなの嫌なのよ」


 心当たりがあるヌオムは、うつむいて黙った。


「まぁ、すぐという話じゃないんだ。そうだな。三十日以内に僕はこの村に戻ってくる。それまでによく考えて決めて欲しい。いいね?」

「本当に戻ってくる?」

「ああ、必ず戻ってくる。帝国軍の補給所の上に鷲が飛んでいたら、僕がいる証拠だから忘れないでね。……戻ったら、ヌオムのお父さんとお母さんにもきちんと話さなきゃいけない。さぁ。今日は帰りなさい。僕もそろそろ戻らなければいけないんだ」


 不安そうな顔をするナリサの頭を撫で、ヒューゴは笑顔で約束する。

 ナリサの手を握るヌオムの目には涙が溜まっていた。

 

 ――ナリサと離れるのは嫌なんだろうな。無紋ノン・クレストだからと、親戚でも蔑む人が多いのに、……良い子だ。


 ほんの少しだけ温かな気持ちになり、二人と別れたヒューゴはセレリアと別れた場所にある木を目指して歩く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る