気づき

 ラダールとの出会いをセレリアに話し終え、ヒューゴは立ち上がる。

 暗くなった空に光る三日月を見つめ、深く息を一つ吸った。


「……という感じででして、本当に僕から何かをしたというのではなく、ラダールが僕を見つけて来てくれたんです」


 何故ラダールがヒューゴを見つけたのかには理由がある。

 無紋ノン・クレストのままで発現した力がラダールを引き寄せていたと、今のヒューゴには判っている。


 しかし、そのことはまだセレリアにも言うつもりはヒューゴにはない。

 話さない方が良いとか、話したくないということではないが、ヒューゴにとって紋章の力を借りていないという状況は無紋ノン・クレストであった彼のこだわり。

 だから、セレリアには話しておいた方が良いかもしれないと思うところがあっても、話すべき時期が来るまでは黙っているつもりであった。


「不思議なこともあるものね。人には懐かないはずのドラグニ・イーグルが、自ら率先してヒューゴのしもべになりに来ただなんて……」

「一応、その理由も今では見当がついているんですけれど、セレリアさんにはまだ内緒です」


 セレリアもその場で立ち上がり、ヒューゴと共に月を眺めた。


「ふーん、内緒なんだ? ま、誰でも簡単に話せないことはあるわよね。私にだってあるんだし……」

「そういうことです」

「そうだ。あなたの腰の短刀……ガッシュさんに貰った剣なの?」


 腰の短刀に触れ、ヒューゴはセレリアに嬉しそうに言う。


「その通りです。この短刀は、僕の宝物ですから!」

「他の武器は使うつもりはないの?」

「そんなことはないですよ? ただ、今のところ短剣とこの短刀だけで十分なだけです」

「そう? ゲールオーガを切った時だけど、長剣だったら、重さも長さもあるから、もう少しダメージ与えられたんじゃない?」


 ゲールオーガの首や頭に短剣を当てたときの感触を思い出し、ヒューゴはセレリアの言う通りかもしれないと思い至る。


「……そうかもしれませんね」

「いや、責めてるわけじゃないのよ? 私達は、ヒューゴのおかげで安全に大弓を設置して攻撃できたんだしね。ただ、ヒューゴの膂力りょりょくは見た目では判らないほど強いんだから、攻撃で使用する武器は短剣より長剣の方がいいんじゃないかと思っただけなの」


 思うところがあり、反省しているかのようなヒューゴの態度を見て、セレリアは責めているように受け取られたかと慌てる。


「攻撃で使用する武器のことはあまり考えてこなかったなぁと思っただけですよ。せいぜい離れている敵には弓をくらいで……。でもそうなんですよね。集団戦でもその辺で有利不利が出てきますよね」


 戦術と戦略の師匠ゴルディアから受け取った本を読んで、ヒューゴなりにいろいろと考えてきたつもりではあった。多数の敵を倒すために必要なことや、敵をどうやって誘き寄せるかなどだが、武器についての記述がなかったことで、ヒューゴも自然と考えずにいたことに気付いた。


 これまでは、自分自身の能力をどう高めるかにばかり注意を払ってきた。だが、武器で補える場合もあるという、戦闘ではある意味当たり前なことをさほど気にしてこなかった。自身の俊敏さと動体視力を活かして、敵の懐に入り、急所を狙って戦ってきたから短剣でも倒してこれた。

 だが、今回のように急所を狙いづらい場合には、そうはいかない。

 実際、ラダールに乗ったままでゲールオーガを倒せたかと考えると、倒せただろうが時間はかかっただろうとヒューゴには思えた。


「そう、それならいいの。相手によっては使う武器も変えた方が良いのは確かね。騎馬相手だと槍の方が剣より良い場合もあるし……」

「なるほど……セレリアさんありがとうございます。これまで何を考えてこなかったのか、一つ気付けました」


 ヒューゴの表情が和らいだのを見て、セレリアはホッとする。

 

 ――そうだった。ヒューゴがいくら優れた見方ができ、身体能力がいかに素晴らしくても、まだ二十歳になったばかりの青年なんだわ。経験少ないから、視野が狭くなることもあるし、気持ちばかり先走ることもあるのよ。私がその辺を注意してあげられたら……。

 

「焦らずに、前ばかりを見ずに、足下をしっかり見て、自分の技術を優れたものへと改善していけば、ヒューゴならきっと、あなたの望む力を手に入れられるように思うわ。……昔、私と剣の訓練していたときからそうだったように思う」

「はい、気をつけます」


 セレリアは闇夜に浮かぶ三日月がヒューゴの今のように思えた。

 いずれ満月に向けてその姿を変え、輝く光も増していく。その光が、タヒル・シャリポフが期待するような英雄の輝きを見せるのか、それともヒューゴ自身が望んでいるように、ベネト村を救う輝きで終わるのか、今のセレリアには判らない。

 だが、こうして穏やかに過ごす中で見せる素直さはいつまでも失わないで欲しいと願い、今のまま接してもらえるようなセレリアでありたいとも思う。

 ヒューゴと良好な関係をずっと続けていくためには、自分自身も成長しなければならないのだと、セレリアも当たり前のことに気付き、フフフと微笑んだ。


「どうかしたんですか?」

「ううん、私もまだまだ頑張らなきゃって思っただけよ。さ、基地に戻って休むわよ。隊員達とは別に、ヤーザンがベッドを用意したわ。あなたはそこでゆっくり休んでちょうだい」


 上空を見つめるセレリアの横顔には、パリスが憧れた気高さと凜々しさを備えた美しさがあり、強さと穏やかさも伴って、この人はこの先に待ち受ける嫌がらせになど負けはしないだろうなとヒューゴには思えた。

 だが、もし、できることがあり、それが彼女の助けになるのなら、それは嬉しくて誇らしいことだろうなとヒューゴは思う。

 そして、パリスの羨ましげな顔を思い出し、楽しくなってきた。


 ――うん、もっと頑張ろう。

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