相棒との出会い

 この分だと、もうじき接触するという段階になり、スタニー達もその手に剣を握る。

 

「ドラグニ・イーグルが恐ろしいのは、その爪が鋭く、力も、そこらの魔獣などより全然強いというだけでなく、その羽が強靱で弓も刺さらないし、剣でもなかなか切れない点だ。ダメージを与えるには、魔法か相当強力な打撃しかない。魔法は有効だが、二つ紋程度では大きなダメージを与えられない。残念だが、俺達が剣で斬りかかっても切れないし、魔法で攻撃しても倒すまではいかないんだ。肉食だから人を襲っても不思議じゃないんだが……襲われた経験ある者はこの村には一人も居ない」


 ヒューゴ達とドラグニ・イーグルの間に立つように動き、スタニーは両手で剣を構えた。

 ドラグニ・イーグルは、姿がはっきりと確認でき、目の動きも判るほどまで降り、羽をバサッバサッとはためかせながら空中で停まる。

 そしてゆっくりと……まるで攻撃の意思はないと伝えているかのように、徐々に近づいてきた。


「みんな……騒ぐなよ……下手に動いて刺激するな……」


 スタニー自身も声を抑えて、子供達に指示する。

 他の大人達もスタニー同様に、剣を両手で持ち、ドラグニ・イーグルから目を逸らさぬようにしていた。


 息を殺して事態を見守っている全員の頭上を、バサッバサッと動き、やがて、自分の巣に戻ってきたかのように、スウゥッとヒューゴの肩に降りた。


「えっ!?」

「ヒューゴ、動くな……怖くても我慢しろ! 攻撃してくる素振りはない。もし動きが見えたら、俺が戦う」


 恐怖で重くて身体がガクガクしているヒューゴの視線に、ドラグニ・イーグルの視線と濃い黄色のくちばしの動きが見える。

 堅く強靱なくちばしが、ヒューゴの頭を今にも襲ってくるのではないかと怖くて、背中に冷たい汗が流れた。


 すると急に、グアァァァァアアアアアア! と空に一声叫んだあと、黄色いくちばしを自身の白い綿毛のような胸に納めるように身体を縮ませた。


「……これは……どういうことだ……」


 スタニーが出したは驚きの声だった。

 ヒューゴは不安で、恐る恐る小さな声で訊いた。


「え? 何か……」

「ドラグニ・イーグルはな。上下関係がしっかりしているんだ。両親や年長者のような目上、力が強い仲間に対して服従するんだ。そしてその表現が……今、ヒューゴの肩でしている様子で、くちばしを自分の胸に隠すようにくっつける。つまり、そのドラグニ・イーグルは、ヒューゴに従うと言っているんだ。……人に従ったドラグニ・イーグルなど聞いたことがないし、それも何故ヒューゴなんだ……」


「じゃあ、僕は襲われない?」

「ああ、従順のポーズをとる前から攻撃してくる様子はなかったが、そのポーズをとった以上、襲われるなんてことはないだろう。……地面を指さして、降りろと指示してみろ」


 襲われないと聞いて、ヒューゴは少しホッとしたが、まだ怖い。

 そして、言われたとおり、地面を指さし、降りろと言ってみる。

 すると、躾けられた経験などないはずなのに、ヒューゴが指さした地点へふわっと降り、次の指示を待つかのように視線を合わせてきた。


「やはり……。それじゃあ、この餌を与えてみるんだ。慌てるなよ? ゆっくりでいい。手のひらに肉片を乗せて近づけるんだ」


 スタニーは躾けで使うはずだった肉に近づき、腰の短刀で、ヒューゴの手のひらほどの大きさに切り取る。

 切り取った肉片をヒューゴに取りにくるよう伝えた。

 ヒューゴが肉片に近づくと、ドラグニ・イーグルはその動きを首だけ動かして追う。

 肉片を手に乗せ、ヒューゴはドラグニ・イーグルに近づき、お食べと言った。

 すると、ヒューゴを驚かせないようにと気を遣っているかのように、ゆっくりとくちばしを肉に近づけ口に入れた。 


「……この大きさだと、まだ子供だ。だが、フォレスト・ホークの大人でも敵わない。狼くらいなら、今でも狩ってくる。それに大人になったら、この数倍にはなるんだぞ」

「これでまだ子供……」


 一番最初に見た、狐を狩ったフォレスト・ホークの倍以上はすでにあるのに、これでまだ子供だという。

 そのことにヒューゴは驚きつつ、餌をついばんでいるドラグニ・イーグルの様子を見守っていた。


「その鷲は雌のようだ……名前をつけてあげな。ヒューゴを主と認めているからな。死ぬまでな……」

「名前……。でも、どうして僕に?」

「それは俺にも判らないよ。でも、鷹狩り用の鷹は、ヒューゴにはもう要らないね。その子が居れば十分すぎるほどだよ。主として認めてくれるなら俺が欲しいくらいさ」


 どうして僕に……と、疑問が頭をグルグル回っていた。

 

『おまえには力があるのだ』


 あの夜、聞いた声が響いたような気がした。


「……ラダール……。おまえの名前はラダールだ」


 ヒューゴは、自分に従うらしいドラグニ・イーグルにラダールと名付ける。

 ラダール、無紋のヒューゴに優しく接してくれた、ルビア王国では数少ない珍しい優しい人の名前。

 空腹で倒れそうなとき、他の人は見て見ぬ振りをするのに、彼は食べ物を買って渡してくれた。何度も……。


「ずっと一緒だ、一緒に生きていこうな」


 餌を咀嚼している鷲と視線を合わせて、ヒューゴはつぶやいた。


「ドラグニ・イーグルを飼った人間は居ない。餌もどのくらい必要か判らないし、習性も判らないことが多い。でも心配するな。俺も協力するからな」


 スタニーがしゃがんでいるヒューゴの肩にポンッと手を置く。

 ドラグニ・イーグルを飼うなんて、すげぇなぁ……と他の子供達の驚く声がいくつも聞こえる。

 

「ともかく、当面住む檻を作らなきゃいけない。ドラグニ・イーグルはとても賢いから、ヒューゴからの指示なしに他の動物を襲うとは思えない。でも、用心しておくに越したことがないのも事実だ。何かあって、村に迷惑かけるわけにはいかないだろう? そして、かなりでかくなるから小屋も準備しないといけないなぁ」


 確かにそうだとヒューゴは納得する。

 立ち上がってスタニーを見上げ、わかりましたと返事した。


「じゃあ、戻って作ろう。ドラグニ・イーグルを見てしまったんだ。鷹も怯えてしまって、今日は訓練しづらいだろう」


 ヒューゴに伝えたあと、スタニーは他の子供達にも伝える。


「今日は解散する。鷹を受け取った者は毎日世話と訓練を怠らないこと。次回までにまた鷹を用意しておくから、他の者はそのつもりでいること。では解散!」


 村長の息子らしく、スタニーは他の大人達にも指示をする。

 それらを終えたあと、ヒューゴに笑顔を見せた。


「さあ、晩飯までに作ってしまおう。なに、二人でやれば大丈夫だよ」

「はい。……ラダール……いくよ?」


 餌を食べ終わったラダールに、ヒューゴは声をかける。

 指示された内容が判っているようで、ふわっと宙に浮いたかと思うと、ヒューゴの肩に乗る。

 ラダールが乗ると、ヒューゴにはやはり重かった。

 筋肉痛も残っているせいで顔を少ししかめる。

 だが、自分の相棒だと気持ちを引き締めて、スタニーのあとをついていった。


 帰り道、明日からの祠参りにも連れて行くといいと言うスタニーの提案に頷き、ヒューゴは楽しみが増えたと内心喜んでいた。


 ――ライカッツもきっと驚く。

 道中で、餌の獣を狩らせてもいいな。


 そんなことを考えながら、明日からの生活を思い描いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る